兄から贈られたスーツは驚くほど着心地が良く、綺麗なシルエットに反して窮屈さは微塵もない。しかし夜道を歩く青年――ハクは、呼吸が辛いとでも言いたげにぐいとネクタイを緩めた。
引き出物の入った紙袋が重い。だが躰に力が入らず今にも歩みを止めてしまいそうになっているのは、こんな物理的な重さが理由ではないことくらい判っている。 「義姉さん、綺麗だったなぁ」 殊更明るい声を出してみた。しかし余計に足が重くなっただけで、最早苦笑しか出ない。 こんなことならタクシーを使えば良かったと思う。事実、本日結婚式を挙げた兄夫婦からは揃って「ちゃんとタクシーを使って帰るように。いや、むしろ自分達の新居に泊まっていけ」とまで言われていた。が、勿論そんな申し出を受けられるはずもなく。タクシーで帰ると答えながら、しかし彼らの言う通りに動くのも億劫で、ついつい徒歩などという手段を取っていた。 けれどもここまで来てしまえば大通りに出てタクシーを捕まえるより自力で帰った方が早い。ハクは溜息を一つ零し、止まりそうになる足をなんとか動かす。もう少しで馴染みのコンビニがある。そこに寄って酒とツマミでも買って帰ろうとぼんやり考えた。 「今日はヤケ酒だな」 ぽつりと呟き、見上げた空は星が数えるほどしか見えない。 披露宴で満足に食べられなかった腹がぐうと情けない音を立てた。 煌々と明るい店内に足を踏み入れれば、控えめなチャイムの音が耳を打つ。客の来店を示すそれに商品の補充を行っていた店員が「っらしゃいませー」とやる気のない声を出した。 店内にはハク以外の客が二人。一人は雑誌コーナーで熱心に立ち読みし、もう一人は明日の朝食用だろうか、パンコーナーをうろついている。店員が商品を補充しているのは最奥のアルコールのコーナーで、そこへ直行するのは少々躊躇われた。仕方なく、ハクは雑誌コーナーを経由してゆっくりと歩を進める。 一人目の客が立ち読みしているのは週刊の漫画雑誌で、そう言えば次の月曜日が祝日だから今日が発売日だったのか、と、ふと思う。中高生の頃はそれなりに読んでいたが、いつの間にか手に取るどころか存在を思い出すことすらしなくなっていた。しかし案外こういう事柄は覚えているらしい。ちらりと覗き見た漫画はハクの全く知らないものだったが。 そのまま何とはなしに他の雑誌の表紙を眺めて行けば、とある女性誌に目が留まる。雑誌名はどこかで聞いたことがあるようなものだったので、おそらく有名誌なのだろう。先程の漫画雑誌よりも一回り大きなそれの表紙を飾るのは、一人の男性。あまりこういうことに詳しくない――むしろ疎い方である――ハクですら知っている、今を時めく人気俳優オシュトルだ。 ぱっと見た印象は『綺麗な男』だった。 モノトーンでまとめられたシンプルな服装は禁欲的な雰囲気を漂わせ、けれども襟ぐりから覗く肌色に異性はドキリとするのだろう。赤みを帯びた切れ長の双眸、意志の強そうな二股の眉が印象的。また右目の下にひっそりと存在する泣き黒子は一見冷たさすら感じられる整った容貌に柔らかさと色気を加えていた。男にしては少し長めの黒髪を片手で掻き上げ、綺麗な顔の割に男らしい首筋と、そこから続く耳の付け根を見せている。 (髪は自分と同じくらいの長さか) ハクもまたこの國の一般的な成人男性の中では髪が長い方だった。しかしこの俳優のように計算された長さではなく、ただの無精の結果だ。比較するのもおこがましいと自嘲する。 しかし唯一とも言える共通点を見つけてしまうと、ふと思わずにはいられない。 ――自分もこいつくらい整った容姿をしていたならば、あの女性(ひと)に選んでもらえたのだろうか、と。 (いやいや、たとえ容姿が良くたって、自分が兄貴に敵うはずがない) 自身の考えを即座に否定し、夢物語を頭の中から消し去る。 そう、容姿だけの問題ではないのだ。生まれてこの方、兄に勝ったことなど一つもない。兄本人はハクのことを優れた人間だと褒めてくれるが、彼はいつもその先を行っていた。本物の天才とはこういう人物のことを言うのだと、ハクは生まれた時から見せつけられてきたのである。卑屈になるつもりはなかったが、自己評価をそうそう上げられるはずもない。ハクにとっては兄こそが基準なのだから。 そんな兄が選んだたった一人の女性。そのひともまた素晴らしく、ハクは容易く恋に落ちた。けれど彼女の隣にはあの天才が、決して敵わぬ兄がいる。抱いた思慕の情が結実するはずもなく、ハクは静かに今日という日を迎えたのだった。 ちくりと痛む胸を無視することはできない。けれども兄と本日義姉となった二人は、どちらもハクにとって大切なひとである。だからこそ本心から「おめでとう」の一言を告げることができた。あとは時間がこの痛みを優しいものへと変えてくれるだろう。それまでどうか眠っていてくれと、ハクは痛みを胸の奥へ押しやった。 雑誌コーナーを抜けて適当にツマミとなる菓子や惣菜を見繕い、それから品出しが終わったアルコール類を手に取る。レジで会計を済ませると、缶ビールも薄いプラスチック容器に入った惣菜も全てまとめて一つの袋に入れられてしまい、潰れてやしないかと少々心配になる。が、眠そうなアルバイト店員には知ったことではないようだ。「りがとうございましたー」とまともや気の抜けた口調で、店を出るハクの背中に声をかける。店内に残っている客は雑誌立ち読み中の一人のみで、パンを見ていたもう一人はすでにいなくなっていた。 ずしりと重い引き出物の紙袋を左手に、水物が入っているせいでこちらもまた重いコンビニのビニール袋を右手に持って、ハクはよたよた歩く。コンビニから自分が住んでいるマンションまでは角を一つ曲がるだけでいい。視線を上げれば星の少ない夜空をバックに自宅マンションのシルエットが見えていた。 だが次いで視線を地上に戻したハクは、視界の端に捉えたそれ≠ノ眉根を寄せる。 「ん?」 一軒家の壁に背を預けて地面に座り込んでいる塊。少々近寄ってみれば、それが蓬髪に顎髭を生やした男だと判る。恰好のせいで老けて見えるが、もしかしたらハクと同じくらいかそれより若いかもしれない。 おまけに数歩分の距離をあけても感じられるほどの酒気。相当酔っぱらっているのは明らかで、酒好きかつこれから晩酌予定だったハクでさえ顔をしかめてしまった。 いつもならこのまま通り過ぎただろう。しかし両手の重い荷物が足の動きを鈍くさせていた……はずはないのだが、そう言い訳をする。ハクは酔っ払いの前にしゃがみ込んで「おい」と声をかけた。 「そんなところで寝ていたら風邪を引くぞ。あとこの辺の治安はいい方だが、それでも犯罪者が出ないとは限らんのだからな」 「……っ、ぅ」 「こりゃだめだ」 小さな呻き声しか返ってこない。ハクは溜息を一つ落とし、しゃがんだまま己の自宅マンションを見上げた。そして自身の荷物を一瞥し、更にコンビニまでの距離を確認し、「しょうがない」と独り言つ。 そしておもむろに立ち上がると、小走りでマンションの方へ。炭酸が入った飲料も袋の中にあるのだが、構わず足を動かした。そうしておよそ五分後。再び酔っ払い男の前にしゃがみ込み、自宅の冷蔵庫から取り出してきたミネラルウォーターのペットボトルを相手の口元に押し付けるハクの姿があった。 冷たい水を口にして僅かに意識を取り戻した酔っ払いは、けれども自力で帰路につくことは難しく。再び「しょうがない」と呟いたハクがひいひい言いながら必死の思いで男を自宅へ運び込むのは、その更に十数分後のことである。 強い光が瞼の向こうから眼球を突き刺し、男は呻き声を上げた。無意識に腕で目を覆って光を遮る。しかし意識の覚醒は直後にガンガンと響く頭痛を連れて来て、結局、微睡に戻ることは叶わない。 「ッ、痛ェ……」 慣れた状態に、これは二日酔いだと察する。そう言えば昨夜は途中から記憶が無い。大きな仕事が終了して仲間内で呑めや歌えの大騒ぎをしていたのだが、さて、あのあと自分は何をどうしたのだろうか。無事自宅のベッドに寝転んでいるので、帰宅はできたのだろうが……。 (……ん?) と、そこまで考えて男は違和感を覚える。自分の躰の下にあるシーツやスプリングの感触が慣れ親しんだものと異なっているのだ。それに気付いた途端、二日酔いからくる頭痛は一時的に吹っ飛んだ。一応、己は自分の行動にそれなりの責任を持たなくてはならない身。というより、おそらく世間一般の人々より注視されやすい立場にいる。無論その目を逸らすためこのような♀好をしているが、それでも間違いは犯せない。 ざっと血の気が引く思いと共に躰を起こせば、やはり見慣れぬ部屋の内装が目に飛び込んできた。 (どこだ、ここは) 男の事情を知っている友人の家でもない。全く知らない場所だ。はっとなって隣を見れば、ベッドの上に男以外の気配はなく、そのことだけには胸を撫で下ろす。ついでに昨夜のままの服装だったため、正しく間違いは犯さなかったようだ。これでもし全裸だったならシャレでは済まない。 念のため己の顎に触れると、蓄えられた髭の感触。外れてはいないらしい≠ニ、ほっと一息ついた。本来の姿のままでは騒がれかねない。しかしこの髭を生やし髪をぼさぼさにした状態であれば、他人はほぼ完璧に騙されてくれるのだ。 「さて……」 男は見知らぬ誰かのベッドの上で胡坐をかき、復活した頭痛に顔をしかめながらも思考を巡らせる。 他人の善意を信じるならば、この家の主が道端で酔い潰れていた男を家に入れ、介抱してくれたのだろう。念のためズボンの尻ポケットを確認すれば、財布もスマートフォンも他人に触られた形跡はない。 それから二日酔いと驚愕のせいで気付くのが遅れたが、今自分がいる部屋の外から他人の気配がする。微かに漂ってくる匂いは朝食のそれだろうか? いや、太陽の高さから考えるに昼食かもしれない。だがどちらにせよ胃を刺激するいい匂いだった。 男はゆっくりとベッドから降り、窓際に近付く。ベランダヘと続く掃き出し窓から外を見遣れば、ここがかなりの高所にあることが判った。十中八九エレベーターを使って上がったとは思うのだが、そこそこ鍛えているこの躰を運ぶのは相当な重労働だったに違いなく、介抱してくれた誰かに申し訳なく感じる。 (まぁ運んだのは男だろうが……) 働き始めた頭は、物が少なくシンプル――というより殺風景かつ無骨――な部屋の様子から、ここに住んでいるのが女性ではなく男性ではないかと推測する。複数のひとが住んでいる可能性もあるが、少なくともうち一人は男性だ。それならこの躰を運ぶのも女性よりはつらくなかっただろう。 (仕事は……なんだ? IT系、とか?) どうやら寝室であるこの部屋の一角にずいぶん立派なパソコンとその付属品が据え付けられていた。この辺の仕事に関して男はあまり詳しくないのだが、もしかして在宅で仕事を請け負うタイプの人間なのかもしれない。もしくは正反対で、完全に趣味の賜物、という可能性もあるが。 粛々とこの家の主のプロファイリングモドキをする男は、先程まで聞こえていた調理の音が止んでいることに気付いた。そして微塵も忍ばせることのない足音。近付いてくる他人の気配に、男はドアの方へと振り返る。 ノックは無かった。男が寝たままだと思ったのだろうか。 ドアノブを掴み、もう片方の手で盆を支えていたその人物が、ベッドから降りて立ち上がっている男を見つけてパチリと深い琥珀色の両目を瞬かせる。 「あ、もう起きてたのか」 性別は男性。年の頃は男と同じくらい。目が大きく柔らかな容貌と気配をしているので若く見えるが、もしかしたら少し年上かもしれない。青年はそのままずかずかと部屋に入り込み――おそらく彼の部屋なのだから当然と言えば当然だが――、ベッドの傍にあるサイドチェストの上にその盆を置いた。 盆に乗っていたのはテレビコマーシャルでも良く見かける二日酔いのための薬と、粥が入った皿と匙。薬はスクリューキャップ式の小さな瓶に入った液状のもので、キャップはしっかりと未開封であることを示していた。 「あれだけ酔っぱらっていたら今もまだつらいんじゃないか。とりあえず薬飲んで、その気があったらメシも食え。見ず知らずの人間の手料理が無理だってんなら、近くのコンビニで何か買ってきてやるし」 おそらくコンビニが建っているであろう方向を指差し、青年が淡く微笑んだ。 随分高くなった朝日の中で見るそれはやけにキラキラと輝いているような気がして、男は無意識に胸の辺りの服を握り締める。「胸焼けでもするのか?」と首を傾げたそのひとに、男は「はは」と乾いた笑いを返すしかできない。 「で、どうする? 何か買ってくるか?」 「いや。ありがたく頂戴するぜ」 「そうか」 あっさりと頷き、青年は男に薬を差し出した。それを受け取り、キャップを開けて一気に呷る。どろりとした何とも飲みにくい一品だ。しかし効果は知っている。しばらくすれば楽になるだろう。 薬を飲み切ってふぅと一息ついた男に、次いで差し出されたのは程良い温かさの粥。「ベッドに座って食べてくれていいから」という言葉に甘え、男はベッドの端に腰かけた。そうして匙で掬って一口含めば、 「……うめぇ」 「なら良かった」 何せ一人暮らしの男の料理だからなぁと告げる青年は少し照れたように笑っていて、今度こそその周囲がはっきりと輝いて見えた。とくり、と男の心臓が跳ねる。 「そう言えばまだ名乗っていなかったな。自分はハクという。このマンションに住んでいて、昨日の夜、近くの道端で酔って眠っていたあんたを見つけてここまで連れて来た。余計なお世話だったらすまない」 「いや、助けてくれてありがとうな。俺は――」 この青年の名前はハク、という情報をしっかり脳に刻みながら、男もまた名乗り返す。が、一瞬、自身が告げそうになった本名に慌てて口を噤んだ。「お前は?」とハクが不思議そうな顔をしている。 「ウコン、だ。アンちゃん、俺のことはウコンって呼んでくれ」 「わかった」 そう言って頷くハクにウコンと名乗った男はほっと胸を撫で下ろす。初対面だというのに、どうにもハクの前だと気が緩んでしまうようだ。 「ウコンはどこに住んでるんだ? うちは××町なんだが、ここから遠いようならタクシー呼ぶぞ?」 ハクが告げた地名は昨夜の打ち上げ会場となった所からは近いが、ウコンの自宅からは少々遠い。 正直に答えようとして、けれどもウコンははっと気付く。このまま自宅のことを答えれば、ハクとの縁はこれで終わってしまう。二人は酔っ払いとそれを介抱した者というだけの関係で、しばらくは覚えているだろうが、そのうち日常の記憶の中に埋没してしまうだろう、と。 「……ウコン?」 黙り込んでしまったウコンにハクが心配そうな声で名を呼ぶ。まだ二日酔いが酷いのか? と、ほんのり眉尻を下げる彼の姿にウコンは胸が痛くなった。 (忘れられたく、ねぇ) こんな関係で終わりたくない。もっともっと一緒にいたい。 幼子のような欲求は一瞬にしてウコンの中で膨れ上がり、気付けば、ウコンはハクに向かって頭を下げていた。 「頼む、アンちゃん!」 「う、ウコン?」 何事かと目を白黒させるハクにウコンは粥の入った皿と匙を持ったままという情けない姿で更にぐっと腰を折る。 「実は俺、帰る家がねえんだ。だから拾ってくれたよしみで、しばらくここに置いてくんねえか」 「はあ?」 「厚かましい願いだってのは重々承知してる。だがどうか、もし慈悲をかけてくれるなら、頼む。この通りだ。生活費はちゃんと稼いでアンちゃんに渡すようにすっから!」 「ちょ、待て待て! ウコン、お前っ、はあ?」 ウコンの勢いに気圧されるように、ハクが一歩後ろへ引く。だが顔を上げたウコンの視線の強さに、それ以上引き下がることが叶わない。ウコンはじっとハクを見つめて「頼む」と再度懇願した。自分でも何をやっているのだと冷静な部分が呆れ果てているが、それでも止めるわけにはいかないのだ。 「何なら俺の寝る所は玄関の隅っこでもいいから……」 「いやそれは逆に困るだろ、自分が」 即座にツッコミを入れた後、ハクが「ふう」とわざとらしく溜息を吐いた。 「わーかったわかった」 「アンちゃん?」 「何か理由があるんだな? できれば話してほしいが、まぁそれもできないなら仕方がない」 身を起こしたウコンと視線を合わせてハクが琥珀色の双眸を柔らかく細める。 「自分もちょうど一人暮らしが寂しくなってきたところだったんだ。こんな野郎でよければ、一緒に住んでくれ。あ、部屋は余ってるから、玄関で寝る必要はないからな」 ついでとばかりにそう付け足してあっさりと見ず知らずの人間の同居を許可してしまう家主に「不用心すぎる!」と不安になったが、自身にとって都合が良いことに変わりはなく。結局、ウコンは満面の笑みで「よろしく頼む!」と返すこととなった。 なお、ウコンと名乗ったこの男、付け髭を取っ払って髪を梳れば途端に正体がバレるのだが、ハクが気付いた様子はない。というより考え付かないのだろう。まさか今やテレビでその顔を見ない日はないとされる有名俳優が、こんなところでへべれけになり、一般人に介抱される羽目になっているなんて。 「ああ、うん。こりゃ言えねえわな」 「ん? どうかしたか、ウコン」 「いんや」 首を横に振りつつ、ウコンは笑う。 本当に言えるわけがない。 (まさかウコンの正体がオシュトルである、などと) 「いくら兄貴とほのかさんが結婚して落ち込んでるからって、これはないだろ自分」 ウコンが食べ終わった後の匙と皿を洗いつつ、ハクはぼそりと呟いた。手が泡まみれになっていなければ今すぐ頭を抱えただろう。 「まぁ……」 ちらりと一瞥したのはウコン用にと案内した客間。本日からそこを使う当人は、現在部屋にはおらず浴室に籠っているが。軽くシャワーを浴びてすっきりさせた後、とりあえず生活に必要なものを購入しなければならないので二人で出かける予定になっている。 ハクは、今日が日曜日で良かったな、と近くのテーブルの上に放り出しているスマートフォンの存在を思い出した。在宅かつ個人経営である己の仕事に平日と休日の区別は必要ないのだが、取引先はごくごく普通の企業なのだ。当然、何事かの電話がかかってくるのは基本的に平日のみである。 「いいか。あいつ、別に悪い奴って感じでもなかったし」 色々思うところはある。まず名乗ろうとして口ごもるところからして怪しい。けれどハクは構わないと思った。口にした通り、悪い人間ではなさそうだし、それに、 「誰かが一緒にいてくれた方が気も紛れるだろう」 エゴばかり抱えて、自分のことしか考えない。そんな悪い奴は己の方なのだから。 2016.05.19 privatterにて初出 |