未だ家柄重視の一部の貴族達はオシュトルの足を引っ張るためあれやこれやとちょっかいを掛けてくるのだが、それも難なく往なせるようになってしばらく。煩わしさが軽減されたおかげで己の職務にも余裕ができてきたオシュトルは、何とかしてもっと民の近くでこの國に尽くす方法はないかと考えた。
 地位が上がれば上がるほど、自分が本来望んでいた『民と苦楽を共にする』という生き方は非常に難しくなっていく。右近衛大将という八柱将に次ぐ高い地位についた今、オシュトルはそれを痛いほどに感じていたのだ。
 結果、生み出されたのは『ウコン』という存在。その身を縛る煩わしい地位や家などなく、自由奔放に、己が信じるまま進む義侠の風来坊。蓬髪に髭を蓄えた精悍な顔つきと豪快な笑い方をする男はたちまち市井の人々に受け入れられ、ウコンの信念に共感した者達がその下につき、仕事を手伝ってくれるようにもなっていった。
 そうして手探りで始めたウコンとしての活動も軌道に乗り始めた頃、オシュトルは一人の不思議な少年と出会った。

* * *

「自分が知っているタイミングより早いんだが」
「たいみ、ぐ……? どうしたのじゃハク」
 絵草子を広げて読んでいたアンジュはそこから顔を上げて、現れた叔父の姿に小首を傾げる。
 ここは宮廷の最上階にある天子アンジュの私室。以前は殺風景だった空間にもハクが帝室に加わってからは様々な書物が並べられるようになった。ハクが聖廟の地下空間の他にこの部屋でもアンジュの勉強を見てくれるため、自然とそうなっていったのだ。
 しかしながらアンジュが現在読んでいた草紙はハクから勉強を教わる際に使用するものではない。きっかけはハクに言われて市井について調べたことだったが、これは色々と調べていく中でアンジュ自身が興味を持ち、手に入れたものである。
 アンジュとさほど変わらぬ年齢に見える叔父がどこか気だるげな様子で――これはいつも通りだが――草紙を指差して尋ねる。
「それラウラウ先生の本か」
「おお! ハクはラウラウ先生を知っておるのか!」
 アンジュは草紙を胸に抱きながら目を輝かせた。
 残念ながら手元にあるのは一部の界隈で非常に有名な作家の著書ではなく別の作家の作品なのだが、ともあれこういった系統の書物に興味が無さそうだったハクがラウラウの名を口にしただけでも胸にくるものがある。何せ語り合えるヒトがアンジュの周囲にはいないのだ。
 しかしアンジュの期待に反しハクはまったくもって熱のない声で「知ってはいるが、自分はそっち系の書物の愛読者じゃないぞ」と釘を刺してくる。
「なんじゃ、つまらんのう」
「すまんな。だがそのうちお前の仲間も見つかるだろうさ。意外と近くにいるかもしれんし」
「そうじゃな! この素晴らしい男同士の友情物語を好む者が少ない訳がない! 出会えた暁には是非とも深く語り合いたいものじゃ……!」
 その時のことをアンジュはうっとりと夢想した。そして、
「いつか来るその日のためにもより多くの草紙を集め、研鑽に励まねば!」
「素直に新作が出たから買いに行きたいって言っても良いんだが」
「そ、そんなことは!?」
「ないとは言わせん」
 はぁ、とハクが溜息を零す。アンジュの肩がビクリと跳ねた。
 男同士の友情を扱った書物の存在を知ってから、アンジュはこっそり宮廷を抜け出して町に下り、乙女が集まる小路に通っていた。貨幣を使って品物を『購入する』という行為もすでに学んでいたし、変装も衛兵の隙を突くのもきちんと考えれば難しくない。そうして誰にも知られず、また迷惑をかけず、上手くやれていると思っていたのだが……。ハクの反応を見るに、どうやらアンジュの脱走はばっちりバレてしまっているらしい。いや、たった今バレてしまったのか。
 周りの者に頼めばすぐに揃えられる勉強用の書物ではなく、この手のものはアンジュ自ら足を運ばなければ集められない。つまりこの時点でアンジュが一人で町に下りているのだと叔父に推測されてしまったのだろう。ハクがラウラウ先生の名を出したためそのことがすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。完全にアンジュの失態だ。
 天子たる者、そのように軽率に宮廷を抜け出してはならない。そう叱られてしまうと、脳裏に尻叩きの準備万端なムネチカの姿が浮かんで身構えるアンジュ。ハクがアンジュに手を上げたことは無いが、八柱将でありながら天子アンジュの指南役兼教育係でもある女武人が淑やかな見た目に反し強烈な一撃を放つことを知っているが故の反射である。
 おまけにハクはそんなムネチカ以上にアンジュの勉強に熱心だ。本気で彼女が次の帝になるために必要なことを最短期間で叩き込もうとしている。それをアンジュも感じているからこそ、勉学とは関係のない書物のためにやってはならないことを繰り返していた事実を簡単には許してもらえないだろうと思ったのだ。
 しかし、
「まぁアンジュも勉強頑張ってるし、息抜きは必要だよな」
 そう言って、ぽん、と頭を撫でられる。アンジュと同じ子供の手だというのに、ハクに頭を撫でられると胸の奥がふんわり温かくなって口元が緩んだ。
「が、がんばっておるかの」
「ああ、アンジュは頑張っている。自分と初めて会った時とは見違えるようだ」
「そ、そうか……!」
 大切な草紙のはずなのに、腕の中のそれを皺が寄るほど強く抱き締めてしまう。確かに自分自身でも勉強を頑張っているとは思っていたが、アンジュをここまで導いてくれたハク本人からそう言われるとまた格別だった。
 今はまだ政に関わると言ってもハクの助言が無ければ何もできない状態だが、いつかはハクが手直しせずとも十分な案を出すことができるようになるのだろうか。……ハクのように、なれるだろうか。
 期待を込めてほんの少し高いところにある深い琥珀色を見つめる。
 ハクは優しく微笑んで、
「でもまぁそう頻繁に脱走されても困るし、何なら自分が買ってきてやろうか?」
 予想外の提案にアンジュは固まった。この叔父、変なところで懐が深いというか許容範囲が広すぎる。そもそも彼も帝室の一員なのだが、その辺りはハク的に大丈夫なのだろうか。
 しかしながら件の小路の店に並んでいるであろう新作はアンジュが喉から手が出るほど欲するものであったし、また宮廷を無断で抜け出すのがいけないことだとも知っており、なおかつ自分が勉強をいくらしてもし足りない状態であると理解していた。したがってアンジュは、
「一覧を作るので少し待ってもらえるか」
「一冊じゃないのか」
「うむ」
「判った」
 任せろ、という叔父の声を聞き、おもむろに机に向かい墨をすり始めた。

* * *

「あのお姫さん、挙動不審具合が新しい草紙を仕入れて来る直前のルルティエとそっくりなんだよなぁ。しかしまさか一冊じゃ済まんかったとは」
 風呂敷に包まれた薄い荷物を片腕に抱きながら少年がそう独りごつ。
「だがまぁあいつが頑張っているのは事実だしな。これくらいは自分がしてやらんと」
 自分自身もまだまだ幼い子供のくせに、まるで小さな子供を見守る大人のような口調と表情だった。しかしそんな違和感に周りの者達は気付かない。少年の榛を溶かしたような艶のある黒髪も聡明そうな深い琥珀色の瞳もそれなりに整った目鼻立ちも着物から覗くひょろりと細長い成長途中の手足も、一つ一つはやけに魅力的で本来ならば目立たぬはずがないのに、それらを併せ持つ少年の雰囲気は上手く周囲に溶け込み、雑踏の中の一風景と化している。
 己を別の誰かや何かに切り替えて他人の認識を操作することに慣れてしまった者の仕草だ。少年は己が目立つべき場所と目立ってはいけない場所をよく知っている。決してこれくらいの齢の少年ができるような真似ではなかったが、事実、少年にはできてしまっていた。
 しかしその少年の歩みが不意に止まる。少し離れた所で町の住民達が集まって楽しげに談笑している姿があった。その人々の合間にちらりと翻る浅葱色の長羽織。金色の金具の装飾が昼の陽光を弾いてきらりと輝いた。
「……」
 少年の薄い唇がきゅっと引き結ばれる。小さな変化は誰にも見咎められることなく、やがて緩み、そっと息を吐き出した。
「もうそんな時期か」
 紡がれた独り言にはどこか懐かしさが宿っている。民に寄り添って生きるのがお前の本来の望みだもんな、と続く言葉は本当に小さく、少年自身の耳にもほとんど届かない。半ば口の動きだけのそれを告げた少年は、次いで行く手にあるそのヒトの集まりに少し困ったような顔をして、周囲に視線を走らせた。
「……面か」
 琥珀色の双眸が路上に止まっていた屋台に向けられる。子供用の小物や菓子を扱っているらしく、少年と同じかそれより下の年頃の子供等が小銭を握り締めて目を輝かせていた。
 その屋台の隅に、申し訳程度に動物や仮面の者(アクルトゥルカ)を大雑把に模したお面が飾られている。特に後者は実物を間近で見たことがないらしくかなり適当な造りで、大体の色味と顔につける位置くらいしか合っていない。だが少年は屋台に近寄り、持っていた金子(きんす)で顔の上半分を隠すお面を買い求めた。
「お。ぼっちゃんはオシュトル様がお気に入りかい?」
「あー、うん。まぁそんなところだ」
 へらりと笑い安っぽいお面を受け取った少年はそのままそれを顔に当てる。実物とは異なり頭の後ろで紐を結んで固定する仕様で、手早く装着した少年は店主に礼を言って雑踏の中へ突っ込んでいった。
 そして浅葱色の長羽織を肩に掛けた男の横を通り過ぎる。
「ウコンさんがこの町に来てくれて助かったよ!」
「おう。役に立てて何よりだ。また困ったことがあったらいつでも言ってくんな」
 住民の謝意にそう答えて豪快に笑う蓬髪の男。彼の後ろを少年はそっと通過し、視線をやることも話しかけることもなく去って行った。

* * *

「二十五センの豚(ブルタンタ)の角煮の饅頭(マムトゥ)が三つ、二十三センの野菜饅頭が五つ、二十二センのスクル饅頭が一つ、二十センの甘く煮た豆の饅頭が九つ、合計十八個で四百十五センだ。たくさん買ってくれたから豆の饅頭を一つオマケしとくよ。熱いから気を付けて」
「お? おお、ありがとな」
 客の男が言われた値段に一瞬首を傾げるものの、恰幅の良い饅頭屋の女将さんの笑顔にうっかり頷いて財布を取り出す。だが饅頭代が支払われる前に顔の上半分をお面で隠した通行人の少年が足を止めて二人の会話に口を出した。
「その金額、オマケだって言った豆の饅頭の代金を加算したとしてもちょいと高いぞ。正しくは饅頭十八個で三百九十二セン。追加の豆饅頭の分の金額を上乗せしたら四百十二センだ」
「え」
「なに適当なこと言ってんだいガキんちょ。ほらほら、買わないならどこかへ行きな」
 客の男が目を丸くし、饅頭屋の女将はしっしと手を振って追い払おうとする。だが薄い風呂敷包みを片腕に抱えた少年は小さく溜息を吐き、「うっかりならまぁ仕方が無いが、わざとやってるなら検非違使に連絡だな」と、ぼそぼそとした声で呟いた。その小さな声が聞こえた女将は顔色を変えて更に苛烈に少年を非難する。
「ヒトさまの商売に頭の悪いガキがふざけたイチャモンつけてんじゃないよ! とっととどっかへ行かないと――」
「殴るか? 蹴るか? 生憎他人よりちょっとばかり躰が頑丈ではなくてな、そんなことをされるとひとたまりもないんだが……。しかしその前に、あんたの言った金額が正しいと思うなら自分達の目の前で計算器を使ってそれを証明すればいい。商売をやってんだから計算器くらい持ち歩いているだろう?」
 子供らしからぬ雰囲気できっぱりと少年が告げた。女将の顔色が怒りでドス黒くなっていく。まさに一触即発、他の通行人達もなんだどうしたと幾人か足を止め、客の男の方が慌て始めたその時、
「そうだな。饅頭売りの女将さんとそこのガキの暗算、どちらが正しいかちょいと時間を割くくれぇはしてやってもいいんじゃねぇかぃ」
 騒ぎに足を止めた通行人の一人がひょいと顔を突っ込んできた。蓬髪に髭面という風体でありながら決して不潔そうには見えず、その場の雰囲気を一瞬で明るく変えてしまえる力強さを感じさせる男。その男が肩に掛けている浅葱色の羽織がふわりと風をはらんではためいた。
「あんたは確か……ウコンさん、だっけ?」
 最近よく巷に現れる風来坊に男性客が目を丸くする。ウコンは帝都の住民のために何くれとなく世話を焼いてくれる男だ。言葉を交わすのは初めてでも印象は悪くない。自然と頬が緩んだ。
「おう。なんか困ってるみてぇだから首を突っ込ませてもらったんだが……代金の計算の話だろ? だったら俺も見ててやっから、さっさと計算しちまいな。それで問題解決。ガキの方が間違ってたなら拳骨の一発でも食らわせて許してやんなよ」
 そう言ってウコンと呼ばれた男は渦中の少年を見遣る。少年が『右近衛大将オシュトル』の仮面を模したお面をつけていることに気付き一瞬だけ動きを止めるが、次の瞬間にはニッと歯を見せて笑い、少年の頭を豪快に撫でた。
「な、ボウズ。それでいいだろ?」
「……そうだな」
 ぐらぐらと頭を揺らされながら硬い声で答える少年。初対面でちょっと馴れ馴れしすぎたか、と内心でウコンは反省するものの、『ウコン』の性格ではこれくらいやってみせるだろうと、まだ少々調整中の人物像に思いを巡らせた。
 義侠の男として名を知られ始めているウコンの登場に二進も三進もいかなくなった女将は苦虫を噛み潰したような表情で計算器を取り出した。ウコン、客の男、お面の少年、それから通行人も何人か足を止め、計算器で計算し直す女将の手の動きを見守る。
 そうして――


「ボウズ、やるなぁ」
「あんた最初からこっちの計算が正しいって判っていたんじゃないか」
「まぁな。だがボウズだけだと、言い負かされんじゃなく力で負かされていただろう?」
「そうだな。正直なところ、助っ人してくれてなきゃちとマズかった」
 少年の暗算が正しかったことが証明され、実際より高めの金額を告げた女将は気まずそうな顔をしながらも正しい金額を客から受け取った。女将がわざと誤った金額を指定したのか、それともうっかり間違えてしまっただけなのか、それは明らかにされなかったが、しばらくこういうこと≠ヘ起こらないだろう。
 饅頭屋の前を離れて二人は町をぶらつく。正確には目的地があるらしい少年にウコンがついて行っているだけなのだが、嫌な顔はされていないのでウコンはひとまず良しとした。何となくこの少年と離れ難かったのである。
「ありがとう、助かった」
「あん?」
「だからさっきのことだよ。確かあんた、ウコン、だっけ? あんたが来てくれたから自分は痛い目に遭わずに済んだ。前に付き合いのあった奴のせいなのか、どうにもああいうのが見過ごせなくてな」
「ほう。そりゃなんともお人好しな奴がいたもんだ。ボウズ自身も大概お人好しみてえだがな」
「あいつほどじゃないさ。自分はあいつみたいに國や赤の他人に尽くせる性質じゃない」
「ははっ、そうかい」
 ウコンは言葉を交わしながら、随分と年齢に不相応な話し方をする少年だと思う。まるでそれなりに齢を重ねた大人を相手にしているかのようだ。
「ま、その礼は有り難く受け取っておくぜ」
 しかしそこを深く突っ込むことも躊躇われ、当たり障りのない話題をと次に選んだのは――
「ところでさっきから気になってたんだが、その面は……」
「これか?」
 お面の額部分にある突起に触れて少年が首を傾げた。
「そいつぁ右近衛大将オシュトルの仮面なんだよな?」
「ああ。造りは悪いが、一応は」
 ほっそりとした白い指先で数度お面を叩き、少年は頷く。本物とあまり似ていないことは理解しているらしい。それでもあえて購入したということなのか。
「ボウズは『仮面の者』に憧れてんのかい?」
「憧れてはいないなぁ」
 この姿と成っている時は装着していないが常に持ち歩いてはいるそれ≠フ存在を意識しながら尋ねたウコンに、少年はあっさりと返した。ウコンは拍子抜けして「そうなのか?」と問いを重ねる。
「ああ。『仮面』や『仮面の者』に憧れるとか好ましいと感じるとか、そういうのとは違うな。凄いとは思うが」
 出来損ないのお面に触れながら少年は唇だけで微かに笑ってみせた。
「むしろ自分は――」
 お面に空いた二つの穴から覗くのは濃い琥珀色。幼さに比例しない深みを宿したそれがどこか遠くを見るように細められる。

「オシュトル、さま、が好きなんだろうな」

「っ」
 少し不慣れな感じで、しかしとても大切そうに紡がれた名にウコンの心臓が跳ねる。息を呑むウコンに気付くことなく、少年は半ば独白となる言葉を続けた。
「うん。そう……だな。オシュトル、さま、は、こっちのことなんて欠片も判らないだろうし、何とも思っていないだろうが、それでも自分はあのヒトが好きだ。あのヒトのためになるなら、どんなことだってやりたいと思う。無論、自分ができる範囲のことしかやれないが」
 遠く遠く、ウコンには見えないどこか遠くに焦点を合わせて少年は告げる。
 きっと自分の隣にオシュトル本人がいるなど、この子は思ってもみないのだろう。と、ウコン――否、オシュトルは胸中を襲うむず痒さに口元をほころばせた。
 少年が抱くそれはただの憧れと言うには少々色味が異なっているように思われる。けれど決して悪いモノは含んでいない。むしろ向けられたオシュトル本人の中で得も言われぬ喜びを生み出させた。
 右近衛大将オシュトルに好意を向けてくれる民は数多くおり、少年もそんな多数の中の一つであるはずなのだが、何故かそれらとひとまとめにできない特別な印象を受ける。もしこの少年が望むなら、今すぐにでもオシュトルとしてこの子を召し抱えたいなどと思考を暴走させてしまうほどに。
 しかしその案は理性と常識でもって押しとどめ、風来坊ウコンとして少年の言葉に返答する。
「ボウズみたいな奴が共に國のため働いてくれたら、オシュトル様もきっと喜んでくださるはずだぜ」
「ははっ」
 少年は声を上げて笑った。しかしオシュトルと共に働けるのではないかという希望を含ませた笑みではない。あれ? と思うウコンに少年は向き直り、
「だと良いんだがな」
 きっとそんなことにはならない。言外にそう含ませて、それはそれは美しく微笑んでみせた。
 あまりにも美しく儚い笑みにウコンの足が止まる。一方、少年の歩みは止まらない。
「じゃあな、ウコン」
 その声だけを置き去りにして、お面を被った少年は最後までウコンに素顔を見せることなく雑踏の中へと姿を消す。
 何かを間違えた。オシュトルがかつて別の少年に対し思ったのと同じ言葉が頭の中で形になる。しかしあの時と同じで、やはり何を間違ってしまったのか判らぬまま、ただ胸のざわつきだけがウコンの元に残されることとなった。







2016.04.21 Privatterにて初出

1セン=10円くらいかな?と勝手に想像して商品の金額を決めてしまっております。