――半年前。

「制度の改正案は皇女さんの名前で出してもらうとして……それでもやっぱこういうことやる奴等がいるから自分がこそこそ動かにゃならんのだよな」
 うんざりとした呟きの後、「はあ」と大きな溜息が続く。
 声の主が両手で抱えていたのは幾本かの書簡。宮廷の役人達がやるような、少ない数を盆に乗せて運ぶなどという丁寧な真似はしない。必要なものは全て一度に持って行くという気概の元、持てる分だけ――もしくは許容範囲をいささか超えた本数を――抱え込んだ様子だった。
 そして細い体躯で何本もの書簡を抱えてはふらふらと不安定な足取りで備品庫から出てきた人物は、扉のすぐ傍に立っていたソヤンケクルの存在に気付き、深い琥珀色の双眸をまんまるに見開いた。ここは各府省の部屋からは少し距離があるため、滅多にヒトが来ることのない場所である。そのため誰かと出会うなど思ってもみなかったのだろう。ソヤンケクルもそうだった。ただしこちらは声が聞こえてくる以前に気配で備品庫に先客がいることを察していたが。
「……ぁ、ぅ」
 元々大きいであろう両目を更に大きく見開いてソヤンケクルを見上げるのはまだ幼いと言っても良い少年だった。
 榛を溶かしたような黒髪を肩につくかそれより少し長く伸ばし、後ろで一つにくくっている。肌は白く、日の下で元気に走り回る子供達からは程遠い。袖と丈短の袴から覗く手足はひょろりと細くて、筋肉が骨の成長に追いついていないことを示していた。
「やあ。こんな所で誰かと会うなんて驚いたよ。君は誰かの小姓かな?」
 一國の皇であると共に帝よりヤマトの全領海の統治を任され、更には八柱将の一柱を担うソヤンケクルの顔を知らぬ者など宮中には存在しない。ゆえにソヤンケクルが名乗る必要はなかった。ただこちらが相手の名を尋ねるだけだ。
 想定していた通り尋ねられた少年がソヤンケクルの名を問うなどという愚行を犯すことはなかった。しかし自らの正体を口にすることもできず、ぱくぱくと無音で口を開閉させる。ソヤンケクルは幼子と相対する時のようにニコリと笑みを浮かべたまま「ん?」と返答を促した。ただし細められたその目は決して笑っていない。
 少年の服装は上等な生地が使われているものの、宮廷勤めの役人がまとう決められた色や様式のものではなく、また彼の所属を示す府省や貴族の紋もついていなかった。つまり宮中を単独で行動できる立場ではないということ。万が一どこかの間抜けな貴族のところにいる小姓だったとしても、それならばすぐに主人の名を明かせば済むだけだ。しかし少年はそれをしない。
「君が持ってるその書簡、少し見せてもらうよ」
 今度は返答など求めなかった。ソヤンケクルは素早く少年が抱えていた書簡の一つを取り上げると、開いて中身にざっと目を通す。そして徐々に顔色を青くしていく少年をじっと見下ろした。
「私の勘違いでなければ、これは右近衛大将のところへ持って行かなくちゃいけないものだと思うのだけどね」
 言葉の通り、それは先日新しく就任した右近衛大将の確認が必要な書簡だった。なお、右近衛大将が確認した後は八柱将の元へ届けられる。もしここで書簡の動きが止まってしまったならば、多くの者が迷惑を被り、その責は右近衛大将が負うことになるだろう。更に付け加えるならば、通常の処理でこの書簡がこんな辺鄙な場所にある備品庫に運び込まれるなど当然のことながら有り得ない。
(ふむ。新しい右近衛大将は馬鹿な貴族達から早速面倒な洗礼を受けているという訳か)
 形だけの笑みを完全に消し去り、ソヤンケクルは地べたを這いずる蟲でも見るような目を少年に向ける。並みの者ならば八柱将『溟海のソヤンケクル』からそんな視線を向けられて平静でいられるはずがない。尻尾を巻いて逃げ帰るか、許しを請うて洗いざらい吐き出すか。そう言う反応を――
(あれ?)
 期待していたソヤンケクルは、しかしこちらを憮然とした表情で見上げる少年に虚を突かれた。
「はあぁぁぁもう」
 少年はこれ見よがしに大きな溜息を吐き、告げる。
「どうやら大きな思い違いをしているようだから訂正させてもらう。この書簡を備品庫に隠したのは自分じゃないぞ。そもそもあんたは見ていただろう。自分がこれを持ち込んだんじゃなく、ここから持ち出そうとしていたところを。こんな所をうろついているどこの所属とも知れない自分を不審に思うのは道理だが、理屈に合わない疑いをかけるのはやめてくれ」
 見た目にそぐわぬ言葉使いと思考でもって少年はソヤンケクルが抱いた疑いを切って捨てた。
「と言うかあんたの方こそなんでここにいる。備品庫に用事か? だったら部下に来させればいいだろう」
「いや、私はここに仕舞いこまれていたものが必要だったから、ちょうど手も空いていたし散歩がてら……だね」
「なんだサボりか」
「休憩と言ってくれ」
 気まずくなって思わず即答する。すると憮然としていた少年の表情がふっと和らぎ、苦笑へと変わった。たったそれだけでソヤンケクルは世界が切り替わったような、もしくは目の前にかかっていた紗が一枚剥がれて光が満ちたような、得も言われぬ心地に陥る。
「――っ」
「ふは……くくっ、そうか。休憩か」
 ソヤンケクルの変化には気付かずに、抱えた書簡の山で口元を隠すようにして少年は肩を震わせた。
 何気ないその動作にまた愛おしさが込み上げてくる。ソヤンケクルは先程抱いた疑心を悔いると共に、目の前の少年が己によって笑ってくれたという事実が嬉しくてたまらなくなった。それはまるで帝からお褒めの言葉を賜った時の感情に似ていたが、流石にこの場でその思考に至ることはない。
 気持ちが正反対に切り替わってしまったためだろう。次いでソヤンケクルが口にした問いかけは随分柔らかい声音で形作られていた。
「君は何故こんなところに?」
「これを」少年が書簡を持ち上げて言う。「公務に私情を持ち込むどこぞのド腐れ官吏が同じくド腐れ上司の指示でこんな所に隠しやがったんだ。それの回収に来たって訳さ。誰にも知られないうちにこっそり右近衛府に届けるつもりだったんだが……まさかこんな辺鄙なところであんたみたいなヒトと遭遇するとは思ってなかったよ」
「じゃあ君は最初から右近衛大将のために……」
「そういうこと」
 少年がふっと口の端を持ち上げる。
「ったく、探すこっちの身にもなれっての。あいつらがオシュトル宛の物を隠すおかげで自分の仕事が滞って仕方ない」
「それはそれは……」
 小姓のようなナリをしていても言うことはどこぞの高位文官のようだ。だが相槌を打ったあとでソヤンケクルはふと違和感を覚える。今、この少年は右近衛大将の名を呼び捨てにしなかっただろうか。またあまりにも自然と会話が続いたため気付くのが遅れたが、先程からソヤンケクルに対する口調は敬語が抜けた雑な話し方をしている。
 誰かの従者ならばこのような失態はするまい。そしてこの程度の年齢で誰かの従者でないにもかかわらず、自由に宮廷内を歩き回り、八柱将とも平然と言葉を交わせる立場と言えば――
(いや、そんなはずは)
 思い浮かんだ答えを即座に否定する。
 急に黙り込んだソヤンケクルを訝って少年が「どうした?」と小首を傾げた。合わせて動いた着物の生地に、光が当たる方向が変わったせいである紋様が浮かび上がる。それを見てソヤンケクルは今度こそ明らかに動揺した。
「っ、その御紋……」
「は? ……あ、あー! いつの間に!? つか何してくれやがってんだあの人は! 禁色使ってないからって油断した……!」
 ソヤンケクルが見ていた袖の付け根辺りの生地を凝視して少年が声を荒らげる。どうやら本人も己がまとう服にそのような仕掛けが施されていたことに気付いていなかったらしい。
 二人が見つめるその箇所には帝本人か帝に認められた者しか使用が許されていない御紋が織り込まれていた。
 ソヤンケクルはついさっき否定したばかりの『答え』を再び頭の中だけで声にする。だが自分の、否、この國全体に共通する認識では、その答えは有り得ないものなのだ。何故なら。
「君は……聖廟の奥に引き籠もって日々を無為に過ごしている無能だと、」
「その認識のままでいてくれれば良かったんだが」
 そうもいかないな、と少年は肩を落とした。
 彼のこの反応はすなわち肯定だ。ソヤンケクルはその場で膝を折り、少年に向かって頭を垂れた。
「数々のご無礼、何卒お許しください。ハク帝弟殿下」
「やめてくれ。今まで通り帝弟は『存在している意味のない愚か者』だと思っていてくれれば」
「そういう訳には参りません」
 きっぱりと告げる。
 そう、最早誤った認識のままでいられるはずがない。愚者の仮面の内側をソヤンケクルは見てしまったのだから。
 もし噂通りに帝弟が愚鈍であるならば、こんなところに姿を現し、就任したばかりの右近衛大将を人知れず手助けするはずがないだろう。つまり帝弟殿下は愚鈍などではなく。そして愚鈍ではない者がわざと愚か者の仮面を被っているというのは、その仮面でもって隠さねばならないものがあるということ。
 ソヤンケクルは顔を伏せたまま深い知性を宿した琥珀色の瞳を思い出す。そして彼が帝室に加わってから起きた変化のことを。より良くなっている民の暮らしぶりや政に関わるようになったアンジュ姫殿下のこと等々、変化は多岐に渡る。
 帝弟という立場にある聡明な少年が何のために己を偽っているのか、予想することは容易い。しかしそれでもあえてソヤンケクルは口を開いた。
「殿下。もしお許しいただけるならば、一つお教え願えますでしょうか」
「ああ、構わんぞ。と言うか口調も戻してくれていい。自分はそうやって誰かに敬われるような人間じゃないからな」
 後半の自己評価には物申したかったがここで指摘しては話がこじれると思い、ソヤンケクルは前半に関してのみ顔を上げて「ありがとう」と返す。本来ならば顔を伏せたままもっと丁寧な言い方をすべきなのだろうが、それは相手の望むところではなかったための行動だ。また跪いたままだと少年は酷く居心地悪そうにしてみせたので、ソヤンケクルはしぶしぶ立ち上がる。
 そこでようやく帝弟から苦い雰囲気が消えた。本当に誰かに傅かれるのが苦手らしい。ソヤンケクルは内心でひっそりと苦笑を零し、許しを得た通り疑問を口にした。
「何故わざわざ無能の真似事を?」
「……答えを解っていながらする問いかけってのは随分と悪趣味だと思うんだが」
「どうしても君の口から聞きたくてね」
 ソヤンケクルがそう答えると、少年は再び大きな溜息を吐いて肩を落とす。両手から零れ落ちそうだった書簡をいくつか受け取れば「あ、すまん」と返された。言い方は雑だが他人にあっさりと謝罪や礼を言えるあたり、その人となりが窺える。
 荷物が軽くなった少年は面倒そうな顔をしながらも「歩きながら説明する」と言って右近衛府がある方向へ足を向けた。と同時に彼が「ウルゥル、サラァナ、位相をずらしてくれ」と告げれば、自分達以外誰もいなかったはずの空間に「「御意」」と二人の少女の声がして辺りに靄が立ち込める。
「これは……」
「目的地まで誰かに見られたくないからな。この靄の中にいれば姿も話し声も他人に気付かれることはない」
「高度な呪法か」
「確か術法だったかな。なあ、お前達」
 話しながら帝弟が振り返った先には白い肌と褐色の肌を持つ双子の巫がいつの間にか現れていた。薄絹で構成された装束を見て「鎖の巫なのか?」とソヤンケクルが呟けば、双子の巫は静かに黙礼する。
「主様の言う通り」
「私達が扱う業(わざ)は術法に分類されます」
「呪法も術法も扱えん自分にはいまいち違いが判らんのだが、まぁそういうことらしい」
 ソヤンケクルを一瞥して少年は歩き出した。
「さて、さっきの問いに関してだが」
 帝弟は前を見据えたまま気負う様子もなく告げる。
「勿論、次の帝位をアンジュに滞りなく継いでもらうためだ。……帝との血の繋がりは自分の方が強い。いくらこちらが新参者であっても國を治める能力が同程度と予想されるなら血の濃い方を選びたがる奴も出てくるだろう。そして帝弟と天子のどちらを後継者にするのか、派閥が別れてしまえば無駄な争いが起こる。これで迷惑を被るのは争っている当事者じゃない。平和に暮らしている民達だ」
 そうだろう? と同意を求められ、ソヤンケクルは頷く。
「ああ、その通りだね」
「だから自分が引っ込むことにした。順当にアンジュには帝位を継いでもらって、自分はこっそり彼女の治世の手助けをする。傀儡政権なんて言ってくれるなよ。そうならないようあの子には今めいっぱい勉強してもらっている最中なんだから。ともあれ、いつか帝位の交代が起こった時にそれが最もこの國の平和を維持できる方法だと自分は思っている」
「そのせいで君が他人から侮られても?」
「全く問題にならんな。そんな安い自尊心はオムチャッコ川の魚にでも食わせてやればいい」
 少年の言ったことは、言葉にするのは容易いが、実行に移すには非常に難しいものである。しかし彼は告げた時の軽い口調と同じように、容易くそれを行えてしまうのだろう。
 ソヤンケクルがヤマトに従属しているのはヤマトがシャッホロよりも大きな國だからではなく、それを治める帝個人に心酔し忠誠を誓っているからである。しかしこの瞬間、ソヤンケクルは帝弟に対しても忠誠心が湧き上がってくるのを自覚した。ヒトとして好ましいだけではない。この少年は統治者としても格別の能力を備えているのだ。
「君では駄目なのかい」
 気付けば、ソヤンケクルはそう問いかけていた。帝の御世が終わるなどそもそも考えられることではないが、もし帝位の交代が起こったならば、新しい帝になるのはハク帝弟殿下ではいけないのか、と。
 少年がソヤンケクルを振り返る。
「自分が、か?」
「そう。確かに君と比べられてアンジュ姫殿下の評価が下がるのは可哀想だと思う。けれどどうにも君の方が能力は高そうだ。圧倒的な力量差を見せつければ後継者争いで派閥が別れることも起こらないだろう。どちらが後継に相応しいのかなんて一目瞭然なのだから。それでも君は今の立場が良いと言うのかい」
 疑問を口にしているうちにソヤンケクルはそもそも自分が何故最初に答えの判り切った問いかけをしたのか、その理由を理解した。
 己は無自覚ながらも帝弟殿下の口から答えを聞くより先に彼の素晴らしさを察していた。だからこそ彼に己の次の主になってほしいと思ってしまったのだ。本人の口から語られたことを逆手にとって、だからこそ貴方が帝位を継ぐべきじゃないのか、と告げるために。
 そんなソヤンケクルの心情を知ってから知らずか、帝弟は肩を竦めた。
「元々あまり人前に出るのは好きじゃないんだ。それに――」
 彼は一旦足を止めて自分が持っていた書簡を全てソヤンケクルに渡す。そしておもむろに顔の横に流れる髪を耳に掛けた。
 露わになった耳には毛や羽根が生えていない。ヤマトには多種多様な耳を持つヒトが住んでいるが、ソヤンケクルが知る中でこの少年のようにつるりとした耳を持つ者はあと一人だけ。それすら、ここまでまじまじと確認したことはなかったが。
 ソヤンケクルの視線が耳に向けられているのを確かめてから少年は続ける。
「ついでに言えば尻尾もないぞ。……自分はこの通り、この地に生きる『ヒト』とは違う。確かにヤマトを作ったのはこれと同じ耳を持つ帝だ。だがその後を継いで國と民を治めていくのは、やはり『ヒト』であるべきだろう。自分はお呼びじゃない」
 こちらを見上げる深い琥珀色の瞳には決して己の意見を曲げぬという強い意思が宿っていた。それに真っ直ぐ射抜かれて、ソヤンケクルは息を詰める。が、やがてゆっくりと肺に溜まった空気を吐き出した。
 残念だが、この瞳には逆らえない。
「仰せのままに。それじゃあ君の本当の姿というのも黙っておいた方がいいね」
「そうしてくれると助かる。もし周りに言い触らそうもんならそれなりの対処をさせてもらわにゃならんからな」
「……ははっ」
 あっさりと怖いことを言ってくれるが、鎖の巫まで傍にいるのだから不可能ではないのだろう。ソヤンケクルは乾いた笑みを漏らし、書簡を抱え直した。
「肝に銘じておこう」


 そんなこんなでハク帝弟殿下とソヤンケクルの初邂逅となった訳だが、こっそり右近衛府に書簡を届けてから僅か三日後、聖廟に引き籠もっているはずの帝弟にソヤンケクルはまたもや宮中で遭遇した。
 まばらながらもヒトが行き交う廊下であったため直前まで鎖の巫の術法により姿を隠していたそうなのだが、ソヤンケクルしかいない時を見計らってあの靄から出てきたとのこと。ぱたぱたと軽い足音で近付いてくるその姿を見るとまるで小動物に懐かれたような心地になってしまうのだが、本人には言わない方が無難だろう。
「殿下は今日もオシュトル君の手助けかい?」
「ハクと呼んでくれ。この前もそうだったんだが、あんたから殿下呼びされるとむずがゆい」頬を掻いて帝弟殿下あらためハクは続ける。「自分が手を出さなくてもあいつなら上手いことやっちまうんだろうが、それでも手間がかかることに違いはないからなぁ。請け負ってやれる分はやってやろうかと」
「でん……失礼、ハク君はオシュトル君が好きなんだね」
「ん? んー。まぁ贔屓はするだろうな。あれはいい漢だから」
 オシュトルのことを思い出しているのだろう。その表情は柔らかく、僅かに伏せられた双眸からは深い愛情が見て取れた。二人の間にどんな繋がりがあるのか知らないが、うらやましい、と鍛え上げられた胸板の奥が僅かに痛む。
「そうだね。流石は帝から仮面を賜った者だ」
 それを気取られぬよういつも通りの自分を意識して告げるソヤンケクルだったが、しかし今度はハクの方が「仮面の者(アクルトゥルカ)かぁ」と、表情に陰りを見せた。
「ハク君?」
「……いや、なんでもない」
 何でもないはずがないのにハクはそう言って口を噤む。詳細を語る気はないらしい。
 ソヤンケクルは軽く息を吐く。出会った当初から子供らしからぬ態度を取る少年だったが、その事実を踏まえても小さな子供が痛みを耐えるように唇を引き結ぶのは見るに堪えなかった。
 ので。
「う、わぁ!?」
「はい、暴れると落ちてしまうからねぇ」
「ちょ、あ、はあ!? あんた何してんだ!」
 ソヤンケクルは骨と皮ばかりで肉のない軽い躰をひょいと持ち上げ、己の片腕に乗せてしまう。いきなり視界が上がって慌てる少年の腕を己の首筋に導き、そこに掴まらせた。落ちたらそれなりに痛いことを悟ったハクは細い腕でひしっとソヤンケクルに抱きつく。
「だっ、誰かに見られたらどうする!」
「鎖の巫のお二人にあの靄を出してもらえばいいじゃないか。さぁ目的地まで運んであげよう。この前もそうだったが、どうやら君はあまり体力がないようだからね。右近衛府まで行くのに随分疲れた様子だったし」
「うぐっ。言い返せん……」
 先日の初邂逅にて、書簡を全てソヤンケクルに預けていたにもかかわらず右近衛府に到着したハクがいささかつらそうにしていたことを指摘すれば、子供はますます大人しくなる。終いには「まぁこれなら楽っちゃ楽だよな」と現状を受け入れる気配を見せ始めた。
 ソヤンケクルは「それじゃあ出発だ」と告げ、ハクの抵抗が再発しないうちに歩き出す。空気を読んだ鎖の巫達が合わせて周囲にあの靄を出してくれた。これによりソヤンケクル達と他の者達との位相がずれ、存在に勘付かれなくなる。
 こうしてハクはしっかり目的地までソヤンケクルに運ばれることとなったのだが、これが意外と心地よく、またソヤンケクル自身もハクにくっ付かれるのが少々……否、かなり楽しかったため、今後とも顔を合わせるたびに繰り返すようになるのだが――。この時の二人はまだ知る由もない。







2016.04.12 Privatterにて初出

オシュハク前提ですが、ずっとソヤハクのターン! 成長期に入る直前くらいのまだちょっと性別が曖昧な部分が残っていてけれどもショタではない少年が逞しい腕に抱き上げられるとか最高だと思います(性癖) なので、ソヤ様ご登場!!(実はヴライさんにするかソヤ様にするか迷いました) ソヤハク増えて…!