歴史の修正力という言葉がある。時間遡行等の手法で歴史を変えようとした場合、些細な変化はあっても世界に深く関わる重要な出来事はどう足掻いても必ず発生し、変化を促す前と同じ結末を迎えるというものだ。
つまり、ハクがどれほど悲劇を変えるため奔走しても、カギを握る人物に考え直すよう働きかけても、その人物が心変わりすることはなく、またウズールッシャはヤマトに攻め入って逆に制圧され、トゥスクルへの遠征も行われ、最中に帝は死亡する。ハクがヤマトに残って暗殺を阻止するということもできなかった。 そして帝暗殺と天子暗殺未遂の嫌疑をかけられた右近衛大将は投獄されて拷問を受け、助けに来た仲間達と共に帝都を脱出するも、オシュトルが情けをかけとどめを刺さなかったことで八柱将ヴライに追いつかれ、エンナカムイに辿り着く前に戦いとなり―― (オシュトルは辛くも勝利するが、仮面の力を使いすぎた反動で死亡。その死を隠蔽するため『ハク』が『オシュトル』に成り代わり、エンナカムイにてアンジュを旗頭とし蜂起する) 歴史は変えられない。ハクの親友たるオシュトルは死亡する。 どんなに手を尽くしてもカギとなる出来事は発生し、ヒトの心は行く末を定め、歴史は本筋を辿った。宝石のようにきらきらと輝く日常の中で人知れず奔走し続けたハクは、それを痛いほど思い知らされていた。 ハクが目覚めず、兄に発見されなければ、まだ別の未来があったかもしれない。しかし目覚めてから少し後の時点が『始まり』だったのだから、個人の力ではどうしようもない。それこそコールドスリープのカプセルから出てすぐ自死するくらいでなければ。 (ああ、そうだな。見つかる前に死んでおくのが一番だったのかもしれん) 本筋を辿ろうとする歴史をそれでも無理矢理変化させてしまえるほど大きく、そして根本的な差異。自身がそれに値するなど思い上がりも良い所だと苦笑しそうになるが、最早それくらいしか思い付けなかった。 しかし現実として、己は死なずにここまで来てしまっている。 ハクはうっすらと口元に笑みを刻んだ。 定められたまま繰り返される歴史。たった一本だけの道。眼前に迫るのは親友の死と数多の涙。 ゆえに。 (『オシュトル』は死ぬ。ただしそれは『ハクが成り代わったオシュトル』だ) そして本物のオシュトルは生きる。『オシュトルに成り代わったハク』として。 (配役を入れ替え、世界を騙せ。『オシュトル』は生き残る。きっとそのために自分は『ハク』を欠き、『オシュトル』だけを持って目覚めたのだ) ――『オシュトル』として、死ぬために。 「ハク……どの……?」 オシュトルが目にしたのは、満身創痍のまま追ってきた《大いなる姿》のヴライと、ほぼ万全の状態でありながらもやはり非力でしかないハクによる一対一の戦闘――……ではなかった。 帝都を発って数日後。エンナカムイに向けて荷車を走らせていた一行はヴライが自分達を追ってきていることに気付いた。最初は同じ仮面の者であるオシュトルが出ると言ったのだが、それを誰よりも強く制したのがハクである。おまけに彼は自分がヴライと対峙するとまで言い出した。 当然皆が反対したが、あまりにも自信満々に「策がある」とハクは言う。おまけに今はアンジュ姫殿下の身柄の安全確保が最優先だと彼は続けた。そのための時間稼ぎをしてくるだけだ、と。 また拷問を受けた後のオシュトルでは正直なところ不安が残る、という本音も彼は包み隠さず言葉にした。更に続いた「もしお前に何かあってみろ。『オシュトル』がいなけりゃアンジュのためにエンナカムイで蜂起するにしても民がついてこないぞ」との台詞は的を射ており、今にも飛び出して行きそうだったオシュトルをその場に押し留めるには十分な効力を持っていた。 ハクの言葉は正しく、自分達が今一番に優先しなくてはならないのはアンジュを連れてエンナカムイまで逃げ切ること。そして『右近衛大将オシュトル』が彼女の後ろ盾となること。どちらも欠くことができないオシュトル達には、ハクを言い負かすことなどできなかったのである。 そうして一人で来た道を戻ったハクだったが、やはりあの非力な青年だけでは心配だという空気はすぐに皆の間に蔓延する。ゆえにしばらく進んだ頃、耐え切れなくなったオシュトルがやはりハクを追いかけたいと申し出たところ、反対する者は一人も出なかった。ただし傷ついたオシュトルだけでは不安、しかしアンジュをエンナカムイに送り届けるための護衛も重要ということで、ネコネのみがオシュトルに同行することとなった。 オシュトルとネコネは来た道を戻り、ハクの姿を探す。やがて切り立った崖の一角にある少し広くなった岩だらけの場所に二人は探し人の姿を見つけた。 そして、冒頭へと至る。 今にもハクの傍へ駆けて行きそうなオシュトルだったが、その傷で出て行っても足手まといになるだけ、ハクの策を邪魔してしまう可能性もある、と言ってネコネが兄を岩陰に引き留める。 もし兄とハクの立場が逆であればネコネはもっと冷静さを欠いていたかもしれない。しかし幸か不幸か彼女が最も大切に思っている人物は傍らにおり、視線の先にいるのは大切であるもののその好意は兄に対して抱くほどではない青年だった。 妹に諌められ、オシュトルは岩陰からハク達を窺う。 ただし視線の先に立つのは『ハク』ではなかった。その青年は『右近衛大将オシュトル』の青い衣装をまとい、顔に仮面をつけていたのである。腰に剣は佩いておらず、人型ではなく《大いなる姿》になったヴライと対峙しながら言葉を交わしていた。 ハクよりも崖側に陣取ったヴライは完全に自分の目の前にいる男がオシュトルだと思っているらしい。しかしネコネと本物のオシュトルは知っていた。オシュトルの恰好をしているアレはハクだ。実妹であるネコネでさえ騙し通せるほどそっくりな変装に、彼女ほどオシュトルを知らぬヴライが気付けるはずもない。無論、戦いが始まれば一瞬でバレるだろうが、ハクの口の上手さがこんなところでも役立っているようだった。 風に乗って聞こえてくる会話の内容から察するに、宮廷の天守での戦いにて情けをかけられ首を落とされなかったことを武人にとって大変な屈辱だと怒るヴライに対し、オシュトルがその非を認める形となっている。 ヴライはオシュトルとの再戦を望んでいた。そして今度こそ勝ち、この屈辱を晴らすと。 一方、オシュトルの恰好をしたハクは最後の説得へと挑む。どうしてもアンジュを次の帝として認めてはくれぬのか。聖上を敬愛していた者同士、手を取り合うことはできぬのか。言葉を尽くして助力を乞うも、しかしヴライの意思は変わらない。次のヤマトの頂点には非力なアンジュなどではなく、力ある者が立つべきだと宣言する。 そして意見が決裂したからには、最早言葉に意味はない。 「サア、仮面ノ力ヲ使エ! オシュトル! 貴様トノ決着ヲツケテヤル!!」 迸る覇気はヴライの躰を一回りも二回りも大きく見せる。だが本物のオシュトルではないハクが彼の望む通り仮面の力を使って異形の姿になれるはずもなく、「ドウシタ! 戦エ!!」とヴライの怒りを煽るばかり。 このままではヴライがハクを殺してしまう。それまで成り行きを見守っていたオシュトルが妹の制止を振り切ってついに岩陰から飛び出そうとした、その時――。 「なあ、ヴライ。少しお前に尋ねたいんだが、ここへ来る前からずっと躰が重いと感じていたんじゃないか?」 オシュトルの姿で、オシュトルではない声音がその唇の合間から零れ落ちる。 「ナニ……?」 「躰は痛くないか? 心臓が妙に早く鼓動を打っていないか? 嫌な汗をかいていないか? 呼吸が荒くなってきていないか?」 「一体何ヲ、言ッテ」 突然の異変に訝るヴライ。 異形のモノとなった彼の視線の先で、佇んでいた青い衣の青年が紛い物の仮面を取り去り、それを地面に捨てる。 「ッ、キサマハ!」 「天守で戦った時よりお前の喋り方が随分遅くなっているんだが、自覚はなかったようだな。こうしているうちにも症状は悪化の一途を辿っている。呂律が回っていないし、息も荒い。肌の色は……まぁその姿じゃ判らんが、たぶん本来のものより悪くなっているんじゃないか? 傷口から溢れてる血が止まる気配もなさそうだな。うん、やっぱり上手く効いているらしい。欲を言えばもっとしっかり効いてほしかったんだが、これはある意味想定の範囲内だ」 仮面を外して素顔を晒した青年――ハクが口の端を持ち上げる。 騙されていたと知ったヴライは怒りに突き動かされるままハクを縊り殺そうと駆け出した。だがその足が二歩目を踏むことはない。突然、巨体が膝を折り、体重を支えきれないとばかりに両手を地面についたのだ。 「ウ、グウ……! 躰二、チカラガ、入ラヌ……!」 「おっと、ここに来てますます症状が悪化したか。なぁヴライ、よく確かめてみろ。本当に力が入らないだけか? いやいや、全身重くて痛くて苦しいはずだろう」 跪く形となったヴライを前にハクが泰然と告げる。 「貴様、我ニ何ヲシタ!?」 「何をした、って……。そうだな。そもそもお前は情けをかけられたと思っているようだが、生憎、自分は最初からお前に情けをかけたつもりはない」 そう言ってハクはヴライが近付く代わりに自ら足を一歩前に進ませた。靴底で細かな砂がジャリと悲鳴を上げる。 「瀕死の状態のお前に対し、オシュトルはとどめを刺さないと決めた。が、自分は端からそんなつもりなんてなかったよ。だから皆の目を盗んでお前には強力な毒を盛らせてもらった。自分も己が使っている武器の仕様上ある程度の毒は扱うが、うちの仲間にはそれ以上に強い毒を扱う奴がいてな」 オシュトルは一瞬、薬師であるクオンの顔を思い浮かべた。しかしヒトを治療することを生業とする彼女がヒトを殺めるためにこうも直接的に手を貸すとは少々考えにくい。ならば……と思い浮かんだのは、薬に詳しいわけではないが毒の扱いに関しては長けている者。 (オウギ、か……?) ハクの鉄扇に毒液を仕込むことができるのと同じく、オウギはその刃に猛毒を塗布して戦うのだという。 今はヤマト側の兵を混乱させるためキウルと共に帝都に残って任務に当たっているオウギ。姉のために日向と日陰の両方の世界を歩く彼であれば、仲間達にさえ明かせないようなハクの企みにも一枚噛むことができただろう。 しかしオウギの猛毒をもってしてもヴライを殺すことは叶わなかった。仮面の者の再生能力はハクが予想していたものより強かったのである。 だがハクはこうも言った。『ある意味想定の範囲内だ』と。ならば瀕死の重傷を負い、更に毒で弱らされ、けれどもなおここまで追ってきたヴライに今度こそとどめを刺す手立てがあるということなのだろうか。 オシュトルとネコネが固唾を呑んで見守る中、ハクはゆっくりとヴライの方へ近付いていく。 「フン、毒如キデ我ヲ倒セルトデモ思ッタカ」 足は動かずとも上半身はまだ大丈夫なことを示すように怒りの表情を浮かべ、ヴライが拳を握った。しかしハクは恐れることなく歩き続けている。 「それで倒れてくれれば世話なかったんだがなぁ」未だ鉄扇を握ることすらせず、彼は続けた。「しかしここでケリをつければ問題ない」 「小者ガ戯言ヲ……!」 ヴライが鋭い眼光でハクを睨み付ける。しかしハクは気圧されることもなく、それどころか肩を竦めてヴライの腕がぎりぎり届かない箇所を通り過ぎた。そうしてヴライが立つ位置よりも更に崖の方へ。 逃げ場のない位置へ自ら陣取るなど愚策でしかない。もしやヴライの足が動くなど万に一つもないと過信しているのだろうか。あの頭の回るハクが。それともオシュトルには思いもつかない策があるとでもいうのだろうか。 「大変苛立っているところ申し訳ないんだが」 随分と崖側に近付いたところでハクは足を止め、ヴライの方を振り返った。断崖絶壁まであと数歩程度しかない。そこから先は恐ろしく深い谷。落ちればヴライもハクも互いに命はないだろう。しかしハクに気負った様子はなく、言葉は続く。 「先程の説明に追加だ」 そうして怒り狂うヴライとは対照的な落ち着いた声音で、けれどもその中にどこか嘲りのような色をにじませて、ハクは告げた。 「お前に盛った毒だがな、実は二種類ある。うち一方は自分の仲間から融通してもらったもの。そしてもう一方……微量だが、」 「帝を殺したのと同じ毒なんだ。……さて、何故自分がそんなものを持っていたんだろうな?」 「キサマカ!! キサマガ聖上ヲォォォォァァァァァアアアアアア!!!!!!」 そう叫んだ直後、動かないと思われていたヴライの足が動いた。踏み出した一歩は爆発的な勢いで地面を踏み抜き、巨体がハクに襲い掛かる。元々開いていた傷口だけではなく、その躰の穴という穴から血が溢れ出し、鋼色の肌を赤黒く染めていった。しかし満身創痍で毒に侵されて尚、握り締められた拳にはハクを屠るのに十分な威力を宿している。 ただし幾多の荒事を潜り抜けてきたハクならばそれでも何とか避けられるはずだった。オシュトルもそう判断できるくらいヴライは弱っていた。死にかけていたのだ。 けれど。 「(ま、二種類ってのは嘘なんだが)」 小さな呟きがヴライの耳に届くことはない。唯一オシュトルだけがハクの口の動きからそう読み取っていた。 そうして呟きを落としたハクは避ける素振りを見せず、懐に手を入れる。次いでちらりとオシュトル達が隠れている場所を一瞥し、口元に綺麗な弧を描くと、 「…………嗚呼、これで万事うまくいく」 ずぶり。 異形のモノの右腕が、その薄い腹を貫いて。 「ハクッ!!!!!!」 オシュトルがとうとう岩陰から飛び出した。 ハクの腹が貫かれるのと同時にヴライの脇腹には極々小さな短剣が刺さっている。「……ッ!」と声もなくヴライの巨躯が痙攣し、力を失った。硬い外殻ではなく血を流し続ける傷口を狙って刺し込まれた刀身にはきっと即効性の猛毒が塗られていたのだろう。 本物のオシュトルの登場と相成ったが、すでにヴライは指一本も動かせず、地面に仰向けで倒れるハクの隣にうつ伏せの状態で血の海に沈んでいた。その腕はハクの腹を深々と貫き、地面に縫いとめたままだ。 また傷ついていてもそれなりの威力があったのか、ハクの腹を貫通したヴライの右腕は地面に突き刺さり、大きな亀裂を生んでいる。ピシピシと岩の砕ける嫌な音が辺りに響いていた。 「ハクッ、ハクッ!!」 親友の傍に駆け寄って膝をつくオシュトル。 瞼が半分下りた琥珀色の双眸でハクが見上げてくる。腹を貫かれてもなお、彼は笑っていた。 「ハク、何故そのような……ッ!」 「全ては計画通り、だ。問題、ない」 「其方が死にかけているではないか!!」 無事なら「ふざけるな」と叫んで全力で胸倉を掴み上げていたところだ。矛盾したことを考えつつ、オシュトルはそっとハクの肩に触れる。地面に広がる血液は青い着物を赤黒く染め、不吉な色へと変えていた。 「ハク、どうか早く治療を――。そうだ、ここにはネコネが」 「無駄だ。ネコネの術じゃ、こんな傷、は、治せ、ない」 ごぼり、とハクの口から血が溢れる。色の抜けた顔を赤く穢し、それでもハクの表情に死への恐怖は見られない。それがあまりにも奇妙でオシュトルは言葉を失う。白い仮面の奥で宵闇の色が揺れた。 ハクの唇がゆっくりと弧を刻む。 「よいか。ハクは死んでいない」 「なに、を言って」 本当に突然ハクが何を言い出したのか理解できなかった。しかもその口調は『ハク』ではなく『オシュトル』のもの。ぞわり、と嫌な感覚がオシュトルの背筋を這い上がる。 「ハ、ク――」 「聞け。時間がない」 刻一刻と命を流失させるハクが真剣な目を向けていた。その表情に思わずオシュトルは唾を飲み込む。意識は全てハクに傾けられ、傍らに同じく膝をついた妹の存在にすら気付けなかった。 そんなオシュトルにハクは告げる。 「死んだのはオシュトル。ヴライと戦い、仮面の力を使いすぎた結果、その躰は塩となって崩れた。だが姫殿下をお守りし、エンナカムイにて蜂起するには、ハクではなくオシュトルが必要だ。ゆえにハクはハクの名を捨て、オシュトルの服を身にまとい、オシュトルとなる。……其方は、それだ」 深い琥珀色の双眸がきゅうと満足そうに細められた。 「其方には生きてもらわねばならん。世界は其方の死を求めたが、某もそう易々と親友の命はくれてやれぬよ。無論、其方はハクである故、今後一切ウコンになることは叶わぬ」 「待て、一体何が。わけが判らん」 静かに、そして淡々と。腹の大穴のせいで声を出すことすらつらいはずなのに、それでもオシュトルがきちんと聞き取れるよう一定の調子で説明を続けるハク。だがその内容はあまりにも異常で、オシュトルの頭は理解を拒んだ。 しかし、 「わかれよ。わかるだろ」 ハク≠ェ笑う。 「自分はお前に死んでほしくないんだ。そのためなら身代わりにもなってやる。きっと自分がお前の隣にいたのは、それが理由だったから」 「……ッ!」 オシュトルは息を呑んだ。つまり、それは――。 「それじゃあ、まぁ」 声を失うオシュトルとは対照的にハクはピシピシと鳴り続ける岩場を一瞥した。その一角が、ガラリと崩れる。 オシュトル達のいる足元を本格的な揺れが襲った。 「達者でな」 「ハクッ!!!!」 「兄さま!」 ヴライの一撃によって生じた亀裂からガラガラと音を立てて足場が崩れる。全てが奈落へと落ちる。 ハクへと手を伸ばしたオシュトルは、しかしネコネの悲鳴で我に返った。素早く妹の躰を抱き締めて亀裂の山側へと避難する。ハクへと手が届くことはなく、そうしてオシュトルの親友は数多の岩とヴライの躰と共に谷底へと落ちていった。 「………………………………、」 オシュトルは谷底を唖然とした表情で見つめる。やがて膝からは力が抜け、ぐしゃりとその場に座り込んだ。 「はく……」 深い谷は崩れた岩も親友の躰も見つけることを許さない。地面についた手が無意味に爪を立て痕を刻む。 ハクは身代わりだと言った。本来ならばオシュトルが死ぬはずだったところを、ハクが代わりにオシュトルとして死ぬことで、本物のオシュトルを生き残らせるのだと。 そんなことが有り得るのだろうか。ああ、けれど、ハクは死んでしまった。このために自分はオシュトルの傍にいたのだと、笑って逝った。 ギリ、と噛み締めた奥歯が悲鳴を上げる。 「こうして失うために、ハクっ、其方を傍に置いたわけではないッ!」 叫んでも、叫んでも、親友に届かぬ慟哭だった。時間は戻らず、失った親友のぬくもりを二度とこの手に抱くこともできない。 あの時ヴライの首を落としておけばハクは死なずに済んだのか。己がヴライに情けなどかけたから、こんな結末を迎えてしまったのか。 悔やんで、悔やんで、悔やんで、悔やんで。オシュトルは腰を折り曲げ、草一本生えぬ地面に額づく。 そして絞り出すような声で言った。 「某が『ハク』を殺したのか……ッ!!」 そして私は私を欠いて生まれた理由を知り、役目を果たす。
2016.06.26 privatterにて初出→2016.08.29 pixivにアップ(※加筆修正済み) |