「おや。オシュトルさんの邸に行くと言って白楼閣を出られたので、僕はてっきり二人で晩酌でも楽しまれているのかと思ったのですが……まさかこう来るとは予想していませんでした」
 音もなくオシュトル邸の主人の執務室に姿を現したエヴェンクルガの青年が、オシュトルの隣に机を並べて書簡を確認しているハクの姿に目を丸くした。
 本心から驚いていますというその表情に、顔を上げたハクが半眼になる。行灯の光を弾く琥珀の目はもうちょっと歯に衣着せた物言いをしてくれまいかと語っているようだった。
 オウギはくすりと笑う。先日、姉と共に加入した隠密衆の長であるハクは普段から仕事をしたくない楽がしたいと繰り返している。本人もそれを自覚しているからこそ、こうして仕事に励んでいる姿を見られるのが恥ずかしいのだろう。何だかんだでヒトが好い。
「そちらはオシュトルさんのお仕事ですか?」
「あ? まぁな」
 ここ最近、右近衛大将に振り分けられる仕事の量が増えており、当人が大変そうだったので手伝っている。と、ハクは答える。
 宮中行事やら、町で起こる犯罪やら、おまけに貴族からのやっかみやらでオシュトルが目も回る忙しさであることにはオウギも気付いていた。だからと言って手助けするようなことはないのだが……。ハクの方は見ていられなかったのだろう。
 右近衛大将の仕事を一応一般人であるハクが見ても良いのかとも思ったが、本人がこうして隣に座らせていることから察するに問題はないらしい。
「……流石にハクさんがオシュトルさんの名前で署名とかは」
「ははははは」
 筆を走らせながらハクがわざとらしい笑いを零す。その手の動きは、オウギの見間違いでなければオシュトルの名前を記すものだった。トドメとばかりに、二人の机の間に置かれていた右近衛大将の花押印まできっちり押される。場所がそこなのは花押印が二つもないためだろう。
「いやいやいや、それって良いんですか?」
「筆跡が驚くほどそっくりでな」
 ハクではなく、黙々と筆を動かしていたはずのオシュトルが遠い目をして呟いた。横でハクが「頑張って真似てんだよ」と零す。
 裏で義賊と手を組むなどなかなかに狡猾で、巷の噂通りの清廉潔白かと言えば実はそうでもない人物だが、それでもやはりオシュトルは一本筋の通った男である。それがここまで虚ろな目をし、己の代わりに書簡の確認と決裁までさせてしまうとは……。宮中とは、げに恐ろしき所である。無論、ハクに対する信頼が飛び抜けて厚いのも理由だろうが。
「何よりハク殿の判断は信頼に足る。間違いは犯すまいよ」
「おい、オシュトル。そりゃ一応お前ならこう判断するだろうとは思って決裁しちゃあいるが、信用し過ぎもよくないぞ? あとでザッとでもいいから目を通しておけ」
「ほら、このような御仁だ。心配あるまい」
 少し目に光を取り戻してオシュトルが微笑んだ。オウギは肩を竦める。自分も姉共々ハクに助けられた身として、その判断を疑うという意識がほとんどない。全くない、と言っても良いだろう。妙な安心感と言うか、彼になら身を任せたいと思えると言うか。とにかく信じてしまうのだ。
「まったく、この上司サマは……。まぁいい」ハクが一旦筆を置いた。「で、オウギは何の用だ? 隠密衆の方も急ぎの案件は無かったと思うんだが」
「ええ。そちらは特に問題なく」
「じゃあ……」
「単に僕らの長であるハクさんがオシュトルさんに取られてしまっていたので、面白くないなぁと」
「笑いながら言われても信じられんが、つまり皆をほっぽって酒を飲んでいるであろうオシュトルと自分をからかいに来たということか」
「おや、信じていただけないとはさみしいですね」
「大方某が頼んでいた仕事の報告を持ってきたのであろう」
 あっさりとオシュトルが今宵の訪問の理由をバラす。確かにその通りなのだが先程の返答に少しばかりの本音を混ぜていたオウギは小さく息を吐いて、調査結果を認めた紙を懐から取り出した。
(一応、晩酌を楽しんでいると思しき時間帯に仕事の話を持って来たのはワザとなんですけどね)
 あまり己が他人に好かれているという自覚がないらしいハクがその真実に気付くことはないだろう。
 オウギからの報告書を受け取ったオシュトルはその場で軽く確認し「ご苦労」と一言だけ告げる。他に何も言わないのは報告に不足がないからだ。しかしいつもなら気にならないそれが、今は少し引っかかる。まるで厄介払いをされているような気分になってしまうのだ。
「オウギ、どうした。他に何かあるのか」
 立ち去らないオウギを訝ってオシュトルが問う。
「いえ、お忙しいところ大変失礼致しました。では、今晩はこれで」
 一礼し、オウギはその場を辞した。
 来た時と同じく音も立てずに姿を消せば、行灯に照らされながら二人の男が書簡の処理を再開させる。
 家々の屋根を伝いながら白楼閣への帰路につくオウギは小さな小さな溜息を一つ。
「妬けますねぇ。ハクさんは僕らの長なのに」
 呟きが他者に拾われることはない。しかしもしその呟きをあの男が聞けば、彼はきっと憮然とした表情でこう返しただろう。
 ハク殿は某の懐刀であり、ハク殿との時間を奪っているのは貴公等の方であるのだが、と。

* * *

 オウギが持って来た報告書の関係で、オシュトルはウコンと成り数日間帝都を空けることとなった。幸いにもその間に朝議等、右近衛大将が絶対に姿を見せねばならない予定はなく、オシュトルは帝都守護の双璧の片割れである左近衛大将ミカヅチに事情を説明した後、帝都を発ったのだった。


「要人警護とついでの賊退治。どこかで聞いたことのあるような話だが……なんにせよ、忙しい男だな」
 そう言ってハクは独りごちる。
 ただの要人警護だけなら隠密衆が出ればいい。しかし捕らえた賊の引き渡し等のことを考えれば、右近衛大将の姿があった方が都合が良いのだ。また先日まで書類仕事に忙殺されていたため、そろそろウコンと成り自由に動き回りたい頃合いだったのだろう。有事に備えハクを連れていけないことを残念そうにしていたものの、オシュトルは決して悪くない雰囲気で旅支度を進めていた。
 一方、帝都に残ったハクが現在いる場所はオシュトル邸の執務室。不在の主に代わり、己が処理できる分の仕事を確認している最中だった。こちらもオシュトルが帝都に帰ってきてから一応中身を確認してもらう予定になっているが、さて、これらの書簡が本物の右近衛大将の目に入ることはあるのだろうか。
(無いだろうな)
 そしてハクは自身が処理した案件について、オシュトルに必要最低限の口頭報告をすることとなるのだろう。武人として成り上がったオシュトルだが、彼は頭の方も相当キレる。したがって情報の連携はこれくらいで十分済んでしまうのだ。
 今頃ウコンがいるのはあの辺だろうか。そんなことを考えつつ、ハクは筆を走らせる。
 もう少しこれを片付けたら今日は白楼閣へ戻ろう。そう予定を立てていたのだが、しかし仕事が一段落したハクの元に事情を知る家人経由で朝廷から通達があった。
 通達内容はこうだ。
 ――明日、緊急で朝議を行うため、八柱将と近衛大将は全員出席すべし。
 ウコンが帰ってくるのは明後日である。

* * *

 左近衛大将ミカヅチは非常に胃の痛い思いをしていた。「あの強面で胃痛だと!?」と他人に知られれば驚かれかねないが、ミカヅチは非常に真面目で情に厚い男である。したがって同志(とも)の不在時に朝廷からの招集の命があれば、当然どうするのかと苦い顔をしてしまう。
 現在帝都を離れているのはウコンでありオシュトルではない。つまりオシュトルは招集に応じて、本日午後から行われる朝議に必ず姿を現すはず。だがウコンはオシュトルだ。どれだけ早馬を飛ばしても、あれが朝議に間に合うはずがなかった。
 少しでも失態があればここぞとばかりに――そして失態などしていなくても日常的に――突いてくる性悪の貴族達がこの機を逃しはしないだろう。無論多少突かれたところで揺らぐオシュトルではないが、それでも鬱陶しいことに違いはない。代理を立てるにも適任などおらず、良案が浮かばぬまま、やがて朝議の時間を迎えることとなった。

 そしてミカヅチは朝堂の間に現れた『右近衛大将オシュトル』を目にして息を呑む。

 それは紛れもなくオシュトルだった。
(帰還が間に合ったのか)
 どうしてここにと驚いた後、そう思い至ってほっと息を吐く。ついでに「無駄に焦らせやがって」と少々怒りが湧いた。無論、本当の怒りではない。酒を飲んで笑い飛ばせる種類のそれだ。
 こちらが熱心に見ていたためか、当人と目が合う。左右の近衛大将はそれぞれ玉座へと続く大階段の左右に配されるため、言葉を交わせる距離ではない。顔の上半分を仮面で隠した男はミカヅチにひっそりと目礼し、帰還の挨拶と留守を任せていた件への礼としたようだった。
 そうして朝議が始まる。
 旅で多少なりとも疲れているはずなのだが、あの男はいつも通りに背筋を伸ばして清廉な気配をまとっている。聖上や八柱将等から意見を求められれば良く通る声で的確な回答をし、手元に書き付けが無くとも長い条文や規則の文言を諳んじることさえしてみせた。ついでに、聖上の御前であるにもかかわらず右近衛大将オシュトルに恥をかかせようと口を出した殿上人には、キレのある返しをして黙らせるなどの痛快な一幕まで。
 普段通りどころか、今までよりも好調だとさえ感じられる。最近、良い相談役を得たとのことだったので、それが影響しているのだろうか。
 ミカヅチは先日オシュトルの実妹であるネコネと共に右近衛大将の遣いとして自邸を訪れた青年――ハクの顔を思い出し、ほんの僅かに口の端を持ち上げた。特に目立つ要素のないのんびりとした青年だったが、あの人見知りの激しいネコネが頼る等、それなりに優秀な人材であるらしい。
 そんなに素晴らしいのなら少々貸してほしいくらいだったが、折に触れて自身の相談役のことを語る――と書いて自慢すると読む――オシュトルのことを思い返せば、きっと簡単には貸してもらえないのだろうとも思われた。


 つつがなく朝議が終わり、帝が奥の御座所へと姿を消したのを見届けてから各々解散する。なお、各々と言っても位の高い者から退室するのが暗黙の了解となっているため、ミカヅチは帝の退室から左程経たずにその場から離れることとなる。同位の右近衛大将である男もそれは変わらない。そして一つの出口を目指すとなれば距離も近付き、ミカヅチは潜めた声で告げた。
「忙しくしていたようだが、何とか間に合ったか」
「ふっ、ミカヅチ殿には随分と心配をかけてしまったようだ」
 すまぬな、と言いつつ口の端を持ち上げる美丈夫。
「まったくだ。帰ったなら帰ったと教えればいいものを」
「何分(なにぶん)どうなるか判らなかったのでな」
「つまり貴様が帝都に戻ってきたのはついさっきだと……?」
「さあ。某は帝都から出ておらぬ故」
 あくまで帝都を発ったのはウコンである。いけしゃあしゃあと答える男にミカヅチはフンと鼻を鳴らした。
「某は本当のことしか言っておらぬよ、ミカヅチ殿」
「ああそうだな。にしても、貴様、あのハクとかいう男のせいで性悪さに磨きがかかってないか?」
「それは人聞きの悪い。まるで某が元から性悪であったかのようではないか」
 美丈夫がくつりと喉の奥で笑う。
「そういう返し方を指して言っているのだ。先程の、聖上の御前で見せた馬鹿者への切り返しもな」
「ふむ……」オシュトルは顎に指を這わせ独り言のように言った。「やはりあれはオシュトルらしからぬ物言いだったか」
「は? らしからぬも何も、貴様がオシュトルだろう」
 ミカヅチが奇妙そうに片眉を上げる。男はそれを一瞥して「ふふっ」と小さく肩を震わせた。
「そうであるな。いやしかし、流石はミカヅチ殿。前々から知ってはいたが、盟友の目は確かなようだ」
「……」
 そろそろこの男が何を言っているのか判らなくなってきた。ミカヅチは足を止め、周りに他人がいないか気配を探ってから口を開く。
「どういうことだ?」
「ミカヅチ殿、もう一度言っておく」
 盟友たる男もまた足を止め、ミカヅチに正面を向けて告げる。
「某は帝都から出ておらぬ。先日帝都を発ったのはウコン。そして――」


「ウコンはまだ帝都の外だ」


 その最後の一言だけは、先日ミカヅチの邸を訪れた琥珀色の目をした男のものだった。

* * *

 ――翌日、オシュトル邸。
 予定通りに帝都へ帰ってきたウコンもといオシュトルは、自身が不在の間にあった朝議の件をハクから聞いて大笑いした。勝手にハクがオシュトルに成り代わり朝議に出席したことに対し、感謝こそすれ、怒るはずなどない。それくらいオシュトルはハクを買っているのだ。
 ただし最後の最後にネタばらしをされたミカヅチは、唖然としたところをオシュトル(ハク)に置き去りにされ、後日改めて文句を言いに来た。主にハクを信じすぎているオシュトルへの文句だが、オシュトル本人にとってはどこ吹く風。「ミカヅチ殿でさえ騙し通すとは、某の懐刀は本当に優秀であるな」と鼻高々だった。
「それに我が邸の家人達を見ていればミカヅチ殿も判るだろう。ハク殿は真に信頼するに足る御仁。なればこそハク殿が右近衛大将オシュトルに化ける際にも手伝ったのであろう」
「……まぁ確かにそうだが」
 オシュトルに成り代わった後も主人のオシュトルと同等の者としてハクに接する家人の態度を見ていれば、ハクと交流の浅いミカヅチとて彼の人となりを察することはできる。また一番の難関かもしれないネコネでさえ、兄さまのためだと言ってハクの行動に文句を付けなかったらしい。
 むう、と眉間に皺を寄せるミカヅチを前に、オシュトルは笑った。
 同席しているハクがその横で頬を掻きつつ苦笑する。どうやらクジュウリの集落で拾った青年に全幅の信頼を寄せるオシュトルに対して、ハク本人はそんな雇い主のヒトの好さを心配し、また自分に対してなされる評価を過剰なものだと感じているようだ。ハクのそういうところがますますオシュトルに好ましく思わせてしまうのだろう。ミカヅチの中でもハクへの好感度はあっと言う間に高くなっていく。
 今回の成り代わりの件を咎めるつもりが、その気分もすっかり削がれてしまい、ミカヅチは肩から力を抜いた。こちらを置き去りにし、どうせならオシュトルの変装をしたハクの姿を見てみたいなどと乞う双璧の片割れに、更に力が抜ける。ハクの変装は本当にそっくりだったため、もし彼が雇い主の我侭を聞き届けたならば、ミカヅチの目の前にはオシュトルが二人という奇妙な光景が広がってしまうのだろうと思われた。
 ゆえに、
「いっそウコンとオシュトルでやってみたらどうだ」
 その提案はまさに気の迷い。いい年をして阿呆なことで盛り上がる主従にミカヅチも魔が差したのだ。
「うむ、それも面白そうであるな」
「しゃーない。じゃあちょっと着替え貸せ。仮面はこの前紙で作ったのが――」
「某がウコンとなるならば、仮面はハク殿がつけると良い。その方がより本物に近付くであろう」
「は? あ、ああ」
 少し戸惑い気味に、けれども聖上から賜った大切な仮面を渡されるというこれ以上ない信頼の証を断れるはずもなく、ハクが仮面を受け取る。
 そうしてオシュトルはウコンと成り、ハクはオシュトルの衣装をまとった。ハクは最後に受け取った仮面をつけ――
(……なんだこれは)
 ミカヅチの背筋を冷たいものが流れる。
 青を基調とした着物を着た時点では、まだハクはハクだった。しかし仮面をつけた瞬間、その身にまとう空気が変わる。
 そこには『オシュトル』がいた。
 ミカヅチが、民が、國が、想像する通りの右近衛大将オシュトル。その眼差しも、一挙手一投足も、「如何だろうか?」と響く声音も、全てが理想の右近衛大将≠ナある。
 ハクが化けているだけだと頭で理解していても、オシュトル以外の何者にも見えない。あれはオシュトルだと、隣に本物のオシュトルであるウコンが立っているにもかかわらず全身でそう判断してしまうのだ。
 ごくりと唾を呑み込む音がやけに大きく聞こえる。
「だははは! やっぱアンちゃんはすげえな!」
 しかしすぐウコンの声がその緊張感を解きほぐした。知らず知らずのうちに強張っていたミカヅチの躰が僅かにだが弛緩する。「この男、もしやハクに関することなら全て肯定する気か」とオシュトルに対し思ったミカヅチだったが、
(……ふむ、こいつも圧倒されたか)
 笑っているはずのウコンが笑っていない。しかし「クジュウリの時と同じか」と小さく呟かれたのは一体どういう意味なのか。
「もういいか?」
 仮面を外してハクが問う。たったそれだけの動作でハクはハクに戻っていた。
 ウコンが是と頷けば、着替えるためにハクが席を外す。彼の背を見送ったウコンはどかりとその場に腰を下ろし、
「……はは、まずいなこりゃ」
「どうした?」
「俺は馬鹿か。浮かれすぎだ。ホント、何やっちまってんだか」
「おい」
 ミカヅチの声など聞こえていないのか、ウコンは片手で顔を覆い、指の隙間から床を睨み付けて独りごちる。
「折角ハク殿が自身の望む『本物』らしくなってきていたと言うのに、たった一度、いや二度か……それだけの変装でまた『あれ』が戻って来てしまっているではないか」
 後悔の念が籠った、肺から全ての空気を絞り出すような声だった。
 ミカヅチは知らない。クジュウリでウコンが見たハクの『素』が本当はどのようなものであるのか。ハクが『本物』だと望んだ姿は今のハクであり、帝都で過ごす中でようやく彼の望む『本物』に近付いてきていたという事実を。そして朝議という限られた時間と本日のほんの僅かな間だけオシュトルの真似をした結果、帝都で慎重に整えてきたものが一瞬にして剥がれ落ちてしまったことを。
 ウコンにとって今のハクは『ハクになろうとしている《別のもの(オシュトル)》』にしか見えないのだ。
 しばらくしてハクが戻って来る。
 ハクとの付き合いが短いミカヅチにはどこがどう変わったのかよく判らない。しかしハクが目覚めたばかりの頃から彼を知っているウコンは、元の服に着替えてもなお戻って≠オまっていることが判るハクを前に顔を青褪めさせる。
 その表情の変化を見て、ハクであるはずの男は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「すまない。ここでの暮らしでそれなりに取り戻せたと思ったんだが……。何分、アレ≠ニは年季が違うのでな」
 すでにオシュトルの衣装を脱いだというのに口調が混ざっていた。オシュトルと同じ声と調子で喋るハクは奇妙であるはずなのに、何故かそれが自然だとミカヅチでさえ思ってしまう。
「しかしコツは掴んだ。直(じき)、元に戻るであろう。心配めされるな」
 全く安心できない台詞を吐いて、オシュトルに良く似た――否、オシュトルにしか思えない――男は薄い笑みを浮かべた。






私は私を取り戻せるか(後)







2016.06.25 privatterにて初出