厚生省公安局本部ノナタワー。その一階には一般来局者のための総合案内カウンターやテーブルと椅子と低い衝立で構成された談話スペースが設けられている。
正面ゲートを通り抜けその総合案内カウンターを横目に談話スペースまでやって来た人物をオシュトルは淡い笑みでもって出迎えた。 「公安局へよくぞ参られた、ハク。道中何もなかったであろうか」 「おう。ってか心配し過ぎなんだよ」 そう言って苦笑し、ハクがオシュトルの背後にいた二係の面々および総合分析室から出てきたマロロに視線を向ける。 「あ、えっと。久しぶりのヤツとはじめましてのヤツがいるよな。自分はハクと言う。先日は自分が誘拐された件でとても世話になった」 オシュトルの陰から出てハクは頭を下げる。そう、本日ハクがここを訪れたのは、反シビュラ組織の残党に誘拐され、そこから無事助け出されたことに対する礼のためだった。 事件が起こる前からハクを知っていた者も、また知らなかった者も、わざわざ礼を言うため来局したハクに揃って目元を和らげる。自分達の行動によって誰かの命が救われたというのはそれ自体喜ばしいことであるが、やはり直接礼を言われるとまた更に嬉しく思ってしまうものなのだ。 ただし事が事だった割にハクの態度も彼の礼を受ける側のメンバーの態度もそれほど深刻さが漂っていない。それもそのはず。ハクは事件の詳細な記憶を失っており、またオシュトルを除く二係のメンバーとマロロはハクがどのような状態で助け出されたのか正しく知らされていないのだから。 ハクがドミネーターを操って犯人らを全員殺害したという事実はオシュトルとミトの胸にのみ秘められている。記憶を消されたハクと現場を見ていない他の者達には『ハクが多少の暴行を受けた』『犯人は全てオシュトルがドミネーターで対処した』『その際のドミネーターのモードは犯人らの犯罪係数が軒並み高かったためエリミネーター・モードであった』『気絶させられていたことに加え、頭を殴られたことと精神的なストレスが原因で事件時の記憶がハクの頭から消えている』ということが伝えられ、それらが正式な報告書にも記載されているのだ。 ハクの記憶が消えているということが多少ネックではあったものの、当の本人があっけらかんとしているため、公安局側の面々も重い気分にならずに済んでいた。また決して軽いとは言えなかったハクとオシュトルの怪我は政府未公認の医療技術も使った上で急速に回復させられたため、これらの嘘がまかり通る結果となっている。 最初に全体へ謝意を告げた後、続いて一人一人に礼をして回っているハクをオシュトルは少し離れた所――考え事をしていたためハクを出迎えた位置から一歩も動いていなかった――から眺める。「世話になった、ありがとう」「無事でよかった」と交わされる会話は実に和気藹々としており、初対面どころか話を聞いたことさえほとんどなかったマロロまでもがハクに好意的な態度を見せていた。 一人に礼を告げ終えれば、次の一人へ。そうやって丁寧に感謝の意を示すハクを、謝意を受け取った後のメンバーが視線で追いかける。潜在犯認定されている執行官にも分け隔てなく接するハクはそれだけで貴重な部類に入るが、彼らが視線でハクを追ってしまうのはそれ一点のみが理由という訳ではないだろう。 彼らがハクを見つめてしまうのはきっと彼が美しいからだ。 無論、表面的な話ではない。確かにハクの容姿は醜くなく、どちらかと言えば整っている方だが、人目を引く類のものではなかった。皆が惹かれているのはその内面――……精神である。 自分達に向けられるクリアホワイトの笑み。決して汚れないサイコパス。ドミネーターを向けずとも判る、それはこの社会において何よりも尊重され、重要視され、憧れと好意を持って受け入れられるべきものだ。 シビュラが支配するこの國に生れ落ちた者として、ハクほど美しいものはいない。 少なくともオシュトルにとってはこの世で一番尊く、綺麗なものだった。 「おーい、オシュトル」 皆と話していたハクが振り返り、オシュトルを呼ぶ。「今行く」と答えて歩き出すオシュトル。 フロア内に設置されているスキャナーの前を通り過ぎれば、自動的にそのサイコパスが計測された。公安局本部ビルの一階に設置されたそれは色相だけでなく犯罪係数までも素早く弾き出す。 そのログに残ったのは―― 《対象者:公安局刑事課オシュトル監視官。色相はクリアブルー。犯罪係数38》 計測はそこで終わらない。 ハクに近付くにつれ、オシュトルの色相はより美しく、そして犯罪係数はより低くなっていく。 《26……15……8……6……3……》 オシュトルがハクの肩に手を触れた。その手を取ってハクが微笑む。 《現在のオシュトル監視官の犯罪係数は「0」。シビュラにより秩序が保たれるこの世界において実に理想的な市民と言えるでしょう》
白
亜
の
メ
サ
イ
ア
2016.04.04 pixivにて初出 |