一方通行は上条当麻を愛している。
 だから単純な快楽ではなく、互いの心を確かめるために身体を重ねる。その際、一方通行が“受け入れる側”になっているのは、なんとなくそういう流れであったからというのも理由であるが、受け入れる方がより上条に愛されているような気がしたからだ。
 で、あるのだが。

 上条の気持ちを信じられなくなった場合、自分は一体どうすればいいのだろう?

(……ッ!)
「一方通行?」
 それは偶然だった。
 “そういう”行為に衣服は邪魔であるため、上条も一方通行も一糸纏わぬ姿でベッドに身を乗り上げていた。まず始めに上条の右手が伸びて、優しく一方通行の髪に触れる。そんな時だ。ふと一方通行の視界に上条の足が入った。それも付け根に近く、柔らかな部分が。
 上条は赤い目が凝視する先に何があるのか未だ気付いていない。固まった一方通行に少々訝しげな顔をするだけだ。
(なンで……)
 声には出せず、ただ胸の内で呟く。
(なンで、そンな所に鬱血痕があるンだよオマエは…っ!)
 もし空気を震わせていたならば、それは酷く痛々しい叫びになっていただろう。だがその範囲すら飛び越えるように、一方通行の感情はメーターを振り切っていた。
 見据える先には上条の内股につけられた鬱血痕。硬い物にぶつけたために出来る怪我ではない。本人の口どころか視線すら届かないその場所で存在を主張しているのは、一方通行以外に上条と身体を重ねた者がいる事の証明―――キスマークだった。
「ふざけンな」
「おい、一方通行?」
 あまりの怒りに脳が沸騰すると思った。食い縛った歯はギシギシと嫌な音を立て、握った手からは血が滴り落ちる寸前。
 上条当麻と通じ合ったのは一体何処の誰だ。男か? 女か? 上条に抱かれたのか? それとも抱いたのか? 上条はその誰かを愛しているのか? その誰かは一方通行以上に上条を愛しているのか? 上条が本当に愛しているのは誰だ。一方通行に向けられたあの言葉は嘘だったのか? 憎い。憎い憎い憎い。殺してやりたい。誰を? 上条に痕を残した誰かを? 一方通行以外と身体を重ねた上条当麻本人を?
「いきなりどうした、何を見て―――」
「っ、ふざけンじゃねェぞ!? オマエ、一体何処の誰と寝やがった!? いつからだ! いつから…っ!!」
「あ、ぐ…!」
 ドスンっ!! と一方通行は上条の身体をベッドに押し付けた。大して身長が変わらない身体に馬乗りになって叫ぶ。
 突然の事で易々と押さえつけられた上条は一瞬訳が分からず目を白黒させていたが、嫌な事に、本当に嫌な事に、心当たりが有ったらしく、ひゅうっと息を詰めた。
 そして、忌々しそうに一方通行ではないどこかを見つめて毒づく。
「あの野郎、絶対つけんなっつったのに」
「……ッ!!」
 裏切り、確定。
 一方通行は今度こそ目の前が真っ赤に染まった。ただ単純に相手が憎いだけではない。一方通行の心は今この瞬間も上条当麻を愛しているのだ。それなのに眼前に突きつけられた事実が上条と、そして上条と身体を重ねた誰かを憎まずにはいられない。否、上条を想う気持ちがあるからこそ、その憎しみと怒りはより強大なものとなるのだろう。
 そして、怒りと憎しみと。一方通行の中には僅かな、けれどはっきりとした悲しみもあった。
 言い訳をするでもなく、堂々と一方通行の前で他者との関係を明かした上条の態度。これではまるで、上条当麻にとって一方通行は愛する存在どころか、どうでもいい人間であるようではないか。
 一方通行はこんなにも、心が壊れてしまいそうなくらい上条当麻を愛しているというのに。
「オマエはっ!!」
「なっ!? は、ぁ…ぐ!」
 一方通行の白くて華奢な両手が上条の喉に伸びていた。
 ベクトル操作が効かないのは承知の上。むしろ能力使用のために割く冷静な思考すら今の一方通行には残っていなかっただろう。ただ激情に押されるがまま、その手は上条の喉を締め上げる。流石の上条も命の危機を感じて抵抗を始めるが、体勢と、巨大な感情の渦に巻き込まれ限界を超えた腕力には敵わない。
 愛していたのに。今もまだ愛しているのに。どうしてこの想いは、上条当麻を一方通行だけのものにしてくれない?
「くっそ……」
 気付けば透明な液体が赤い双眸から流れていた。瞬きをする毎に頬を流れ、また上条の身体の上に落ちていく。
「あくせら、れ、……やめ…………っ」
「クソッ! クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソォォォオオオオ!!!!」
 叫び、一方通行は上条の胸に額を押し付けた。その両手はすでに喉から離されている。代わりに、まるでしがみ付くように、置いて行かないでと幼子が縋るように、一方通行の白い両手は上条の肩に触れていた。
 愛している。憎い。苦しい。殺してやりたい。でも失いたくない。
 相反する感情が複雑に絡み合って一方通行は泣いた。
「ふざけンな! 俺がどンだけオマエを好きか知ってンのか!? こンな……こンな事ってありかよ! 俺の気持ちはっ! オマエには何一つ届いてなかったって言うのか!!」
 通じ合っていなかった事が悲しくて、切なくて。苦しみに胸を掻き毟りたくなって。言葉では到底伝えられない感情の塊を抱えて、一方通行は上条の唇に己のそれを寄せた。欠片でもこの激情が伝われば。むしろこの行為でしか、最早一方通行の想いは伝わらないのではないかと思いながら。
 殺そうとして、けれど一転し口づけてきた一方通行に、上条が驚いているのが気配で判った。だが足りない。まだまだこんな物で一方通行の感情が伝わったとは思えない。
 舌を伸ばし、上顎を舐め、強引に上条の舌を引っ張り出す。こちらの口内に引き込んで甘噛みし、唾液を吸い取り、また流し込む。くちゅくちゅといやらしい音と二人の吐息が部屋に満ちた。
「は……っ、ふ」
「……ぁく……ンン、あくせら、れーたっ、あ……」
 深い口づけの合間に聞こえる上条の声は、今まで一方通行が聞いた事の無いほど甘く掠れた高い声だった。まるでそう、女のような。
 ぞくり、と一方通行の中心付近で何かが脈打つ。
 獣だ。
 一方通行はそう直感した。
 上条の肩に添えられていた手が自然と下に動く。肩から鎖骨を辿り、それから胸へ。一方通行と同じくまっ平らなこそに、くん、と引っ掛かりがある。口づけを続けながら一方通行はその引っ掛かりを右手で摘まみ上げた。
「ひっ! や、あ…っ!」
 電撃が走ったかのように上条の身体が跳ねた。だが痛みだけではないらしく、甘い声が漏れ出る。そんな上条の反応に一方通行は笑っていた。だがその笑みはかつて上条に向けていた穏やかなそれではない。
 白濁し、白熱し、白狂した。
 おそらくこの時、一方通行は大事な何かをプツリと切ってしまっていたのだろう。
(あァ……そうだ)
 いい事を思いついた、と一方通行は口の端を持ち上げる。
 そうだ。愛してやればいい。一方通行が上条当麻をどれだけ愛しているのか、その身に直接注ぎ込んでやればいいのだ。
 深く長い口づけを終え、一方通行は荒い息を吐く上条の耳に唇を寄せた。ねっとりと耳殻を舌で嬲り、脳味噌の奥に囁きかける。
「俺がどれだけオマエを想ってンのか。その身にたァァァっぷりと教え込んでやるよ」


「や、ぁぁ、……あくせ、ヤっ! はぅ、う……ぅ、ン、やめっ……」
「あァ? ヤメロっつーンだったら、これは一体何なンでしょうねェ?」
 ニヤリと口元を歪めながら一方通行の手は上条の中心を扱く。男の急所でもあるそこは、快楽をダイレクトに伝えてくれる器官でもある。先端から零れ始めた白濁色の液体を全体に絡めながら、ヌルヌルと強弱をつけて白い手が上下する。その度に上条の身体は跳ね、甘く掠れた声を出させた。
 一方通行は右手で上条のそれを扱きながら、左手と自身の身体で強引に相手の股を割った。眼前に晒されるのは何処かの誰か、一方通行が今一番に殺してやりたい何者かがつけた所有印だ。
 鮮血色の双眸がギラリと暗く光り、一方通行は躊躇う事なくそこに噛み付いた。
「イぁ…っ!?」
 痛みで上条の口から短い悲鳴が漏れる。
 だが構わず歯を立て、薄い皮膚を吸い上げて一方通行が顔を上げると、そこには赤味を増した所有印が生まれていた。
「ひゃはっ……」
 暗く、どろりとした笑い声が一方通行の口を割って出る。
(これでもう、オマエに他人の痕はねェ。オマエは俺のもンだ)
 今までなら、一方通行が上条に情事の痕を残すのは禁止されていた。一方通行は上条が嫌がるからこそ、己の証をその身体に残さなかった。だがもうそんな制限は無い。遠慮は要らない。
 キスマークの上書きを終えた一方通行は次々と上条の身体に所有印を残し始めた。
 首筋、鎖骨、胸に腹に腕に足。至る所に「これは一方通行の物だ」という証を散らす。その度に上条の身体が震え、甘く啼くのがたまらなかった。ぞくん、ぞくん、と身体の中心に黒くどろどろした熱が集まっていく。
 上条の身体に散々赤い花を咲かせた一方通行は、続いて胸の頂にある小さな飾りに顔を近づけた。これまでの刺激でそこは真っ赤に染まってぷっくりと立ち上がり、存在を主張している。舌でゆっくり舐め上げると、ビクビクッ! と上条が大きく身体を震わせた。その反応に気分を良くして、一方通行はそこに吸い付くようにし、舌で赤いそれを強く押し潰す。
「ああっ! っセラ、れーた! やめっ……あ、ひ」
 同時に白い涙を流し続ける中心にぎゅっと刺激を与えてやれば、上条がひときわ高く啼いて果てた。だが一方通行は相手を休ませる事なく、溢れ出た白い液を指で掬って、それをもっと下の器官に塗り込める。
「……ちょ、一方通行っ。お前マジで…!?」
「あン? だから言ったろ? 愛してやるって。……はっ! オマエ、随分慣れてるみてェじゃねェの?」
「っ!」
 “ハジメテ”ではない上条の身体の反応に一方通行は苦々しく思いながらも、決して行為を止めようとはしない。ここを誰かが使ったと言うのなら、今から一方通行が上書きするまで。滅茶苦茶にして、ドロドロにして。他人の存在など容赦なく消し去ってやるまで。
 ぐにぐにと指を侵入させて拡張を計る。その際上条の口から漏れる苦しげな声は全て自分の口で塞いで、口内をひたすら侵し続けた。
 そこが指に慣れてきたら今度はまず上条の良い所を探す。とろけしまいそうな熱を持ったその場所で指を動かしていると、ぐい、と周囲よりも少し感触の違う所に当たった。途端、上条が一方通行の口の中に声を放つ。
「んんんっ!?」
「ここかァ……」
 吐息を全て飲み込んだ後、唇を放してニヤリと笑う。
「なァ? ここだろォ?」
「あ! ふぅ、んっ……や、そこ……! は、ぁ、ンン!」
 特定の場所を刺激する度に上条は甘く啼き、ビクリビクリと身体を跳ねさせた。目の前に差し出される赤い胸の飾りがまるで誘っているようで、一方通行は歪んだ笑みを浮かべながらそれを口に含んだ。唇や舌、時には歯で力を加えてやれば、より一層上条の声が高くなる。
「ひゃあ、は…! あく、ら、た……も、だめ……あっ」
 指を一本から二本、二本から三本、と増やしていく内に上条は再び欲を放ってしまった。与えられる快楽に翻弄され白い液体を飛び散らせる上条の姿に、一方通行はごくりと喉を鳴らす。
「はっ。これで終わると思ってンのかよオマエは。こっからが本番だろォが…!」
 ずるりと指を引き抜き、代わりに硬くなった己を宛がう。上条が身を竦ませるのが判った。が、止まるつもりなど欠片も無い。教えてやるのだ、この男に。一方通行がどれほど上条当麻を愛しているのか。愛されている事が身をもって解るこの行為で。
「いくぜェ!」
 ずくんっ! と思い切り突き入れる。
「ひゃあああああ!!!!」
 上条が高い声で絶叫した。痛みと快楽が混じった声だ。
 その声は一方通行の感情を抑えるどころか逆に酷く煽って、我慢出来ず一方通行は早々に動き始める。
「あっ、あっ、ぁ……ぃひ、ふ……あっ! やっ」
 ぐじゅぐじゅと荒い水音が立つ。それと一緒に上条の口からは際限なく甘い声が漏れ、一方通行の頭を飽和状態にした。突き入れる度にガンガンと脳に流れ込んでくる直接的な快楽もそれを手伝っているのだろう。こちらもまた息を荒げながら、一方通行は己を相手の中に刻み付けるかの如く注挿を繰り返した。
 やがて一方通行にも限界が訪れる。
 上条がひときわ高く悲鳴を上げ、一方通行との腹の間で白濁を放った。ぎゅっと中が締め付けられ、一方通行もそのまま欲を吐き出す。
 じわりと腹の中を犯す熱に上条が震え、その様を一方通行は笑って眺めていた。
「はっ、はっ、……あくせら、れーた」
「当麻……」
 呼ばれて、答えるように名を呼び返す。
 優しい音のそれに、上条はこれで行為が終わると思ったのだろう。ほっと肩の力を抜た。が、そんな上条に一方通行は歪んだ笑みを返す。
「オイオイ。これで終わると思ったのか? 冗談じゃねェぞ。俺の想いはこンなもンじゃねェ」
 ぐちゅり、と放ったまま抜かずに上条の中で己を動かす。上条が息を呑んだ。
「お楽しみはこれからだって言ってンだ。存分に愛してやるよ」
 囁いて、再び口づける。深く深く、相手の魂すら奪わんほどに。
「はぁ……んんっ」
「愛してるぜェ。当麻ァ」
 白い、どこまでも白く濁った狂喜が上条の身体を愛撫した。










漆黒ベトレイヤー

(離れると言うなら無理矢理にでも縛り付けるまで。オマエは俺だけのもの)












すみません血迷いました。IF編ですから!
ちなみにbetrayer(裏切り者)の発音は、どちらかと言うと「ビトレイヤー」(レにアクセント)です。