「暇だ。付き合え」
 友人のその一言で呼び出された垣根帝督は、現在、第七学区のとあるスーパーにいた。
 しかも買い物用のカートを押しながら。
(に、似合わねえ……)
 自覚出来ているのが尚辛い。しかしながらそれでも幸いだったのは、周囲の買い物客達が誰も“『未元物質』垣根帝督”に気付いていない事だろう。それなりに整った容貌を持つ長身の青年が自分達と同じように買い物をしているだけだ、と気にも留めていないのだ。まさかこの人物が学園都市第二位だとは夢にも思っていない。
(と言うか、俺だって思いたくねえよ)
 ちらりと傍を見遣れば、頭一つ分下に黒髪をツンツンと立てた少年が一人。今更説明するまでもなく、上条当麻その人である。そして今は、突然暇だと言って友人たる垣根をこんな所に連れ出した張本人だ。
 上条は垣根がジト目で見ているのも気にせず、店頭に並べられた商品(食料品)の値段と質と量を見比べて、彼個人の合格ラインをクリアした品物を次々とカートの中へ放り込んでいく。
 それら食料品の量は一人暮らしの学生が一度に購入するには些か多すぎるものだが、上条宅に居候している暴食シスターの存在を知る垣根にとっては大して驚くべき事ではない。
 と、そこで。「暇だ」という理由で似合わない所に付き合わされていた垣根は、ふと疑問に思った。
「なぁ上条。暇なら俺とじゃなくてお前ン所のシスターでも良かったんじゃないか?」
 そう軽い口調で問い掛けると、上条が陳列棚から垣根の方に向き直った。
「インデックスは知り合いに呼ばれてお出かけ中。帰って来るのは明日の昼だ。あとそれ以前の話で、あいつをこんな食料たっぷりの所に連れて来る勇気は、今の上条さんにもありませんのことよ」
「あー確かに。そりゃ危険だ」
 上条の台詞に思わず納得してしまって、垣根はカラカラと笑う。
「じゃあアイツは? 一方通行」
 垣根の気に入らない人間堂々第一位であり、上条にとっては、おそらく垣根よりも優先順位がずっと高い――これも垣根にとっては気に食わない事実だ――人物の名を出すと、黒髪ツンツン頭の友人は愉しそうに口元を歪めた。
「研究所でデータ提供……っつう嘘が返って来た。俺の隣人も留守だからオシゴトだろうな」
 上条に裏の仕事を知られぬよう慣れない嘘を吐く一方通行。その様を思い出しているらしい上条の顔には、知らぬフリをしながら相手を心配する表情―――ではなく、可愛らしいペットの児戯を眺めているような表情が浮かんでいた。
(こんな顔して本当に一方通行の事が好きだって言ってんだから……。俺には理解できねえ考え方だな)
 いっそ気味が悪いくらい相手に寛容で、何事に対しても余裕を失わないこの友人は、きっと頭の作りがもう自分達とは異なっているのだ。能力開発のため脳に電極を刺したり静脈に薬を注射したりした結果ではなく、生来の性質として。
「なるほどね。それで俺に白羽の矢が立ったって訳か」
「ついでに今晩は夕飯作ってやるから、買い物に付き合ってもらってんのと、この後で荷物持ちさせる件はチャラな」
「オーケー。それなら仕方ない」
 思考回路を切り替え、自分でも弾んでいると判る声で答える。
 学園都市第二位の超能力者であるおかげで垣根が金銭に困る事は無く、好きな物でも美味いと有名な高級レストランの食事でも容易く食べられるのだが、時折こうしてごくごく一般的な腕前である上条の料理を食べたくなるのだ。
(性別と、あと一方通行の事がなけりゃ俺が嫁に貰ってやりてぇんだけどなぁ)
 とは思うものの、如何せん相手は恋人持ちで、尚且つ恋人に対する性格は『非常に難アリ』の判子を押したくなるほど。本当にどうしようもない。
 なのでおそらく、これから先ずっと垣根帝督と上条当麻はこのポジションで居続けるのだろう。
 こそばゆく、少しもどかしく、けれどやはり嬉しくもある。そんな不思議な感覚だった。
「おーい、垣根。目ぇ覚ませー」
「……ん?」
「いや、さっきから呼んでんのに返事しねえから……。んで、垣根。お前、今夜のリクエストとかある?」
 上条の声で意識を外に向け直した垣根は、その問い掛けにしばらく考えるポーズを取る。こうやって気遣ってもらえる辺り、一方通行ほどではないにしろ大切にされているんだよな、と思わなくもない。ひょっとしたら上条のこの態度は、相手が誰であろうと関係なく発揮されるフラグ体質由来のものかも知れないが。
(……ま、それでも構わねえか)
「ほれほれ早くおっしゃいなさい」
「そうだなぁ」
 なんとなく良い気分に浸りながら、垣根はありふれた家庭料理の一つを今夜のリクエストとして告げた。










UNDER THE YELLOW ROSE











「ああ、そうだ。アルコール調達は任せとけ!」
「垣根さん? 自分達の年齢ちゃんと解ってますか?」
「こんな時こそアングラな自分の立場を利用しなくてどうするんだよ」
「なんだか……ひどく、間違っているように感じるのは上条さんの気のせいでしょうか」
「気のせい、気のせい」











黄色い薔薇の花言葉は「嫉妬」「きまぐれな愛」「友愛」「献身」など。
その中から今回は「嫉妬」と「友愛」をチョイスしてみました。
前者が垣根から一方通行へ、後者が垣根から上条へ(上条から垣根へも)。
あと、ここの上条さんは、他人から見ると愛してるのか遊んでいるのか疑ってしまうような愛し方をする人です。
嘘を吐かれても平気、もし浮気されたとしても平気。自分が愛しているならそれでいいじゃん?的な。