「え、なに、お前。まだアイツのこと抱いてねえの?」
「抱くどころかキスすらしてませんのことよ、上条さんは」
 さらりと男ならば有り得ない発言をした友人に、垣根帝督は目を瞠った。呆れて物も言えないとはこの事だ。
 そもそも目の前の友人―――黒髪ツンツン頭の無能力者『幻想殺し』こと上条当麻の恋人が、垣根の気に入らない人間堂々一位の『一方通行』である事からして信じられない思いでいっぱいなのだが。にしても、だ。上条と一方通行が恋仲になってからそれなりの期間が経ったにも拘わらず、今時の小学生でももっと早いだろうと思えてしまうようなこの進捗状況はいかがなものか。
「アイツが反射でことごとく拒んでくるから、とか?」
「俺に反射が効かねーのは垣根も知ってるだろ」
「じゃあアレか。やっぱアイツに魅力が無い」
「いや? 時期が来たらちゃんと頂くつもりですよ?」
「今はまだ時期じゃねえってか」
「そ。まだ、ね……」
 そう答えて上条はうっすらと微笑んだ。
 光の世界を歩く一般人の表情ではない。闇の片鱗を窺わせる裏の顔だ。
 見ている者の背筋をぞくりと震わせる暗い艶を含んだ彼の微笑を知る者は、この学園都市の中で一体何人いるのだろう。上条の表と裏の両方の顔を知っている垣根にもそれは判らない。ただそんな彼でも確実に言えるのは、
「その顔、一方通行は知らねえんだろ?」
「勿論。流石にこれは見せらんねえかな」
 上条は肩を竦める。
「あいつが触れさせてくれんのは、『上条当麻』が光の世界の住人だからだ。それも、とびきり眩しい、な。あいつにとって俺は『ヒーロー』なんだよ」
「『ヒーロー』ねぇ……」
「そう。だからこの顔は晒せない」
 こんな顔したヒーローがいるかよ、と言って苦笑する上条。
「今の一方通行が求めてんのは性欲でギラついた『野獣オトコ』じゃない。万人に優しい『王子様ヒーロー』なんだ。あいつが自分の気持ちを自覚して言葉に出せるようになったら、“万人に優しい”『王子様』じゃ満足出来なくなってくるだろうから、そこでようやく上条さんは次のステップに進めるのですよ。“万人に優しいけど一方通行は特別”って示すために」
「お前はそれでいいのか?」
 垣根は問う。
 上条が言っているのは、つまり上条当麻という人間の丸々半分を隠して相手と接するという事だ。一片の闇すら見せてはいけない。『闇』の部分も上条当麻を構成する重要な要素であるのに、それを完璧に殺して、果たして上条自身の中で無理は生じないのか。
「好きな人には綺麗な部分だけ見ていて欲しいって思うモンだろ? 普通は」
 垣根の心配を余所に、上条はそんな事は全く問題にはならない、平気なのだ、とどこまでも軽い声音で告げた。
「ま、上条さんは一方通行の綺麗な部分も汚い部分も愛しちゃってますけどねー」
「はいはい、ごちそーさま」
 そんな態度の友人に、呆れ半分で垣根は笑う。心配すら不要だとされるなら、笑うしかない。そして同時に思った。同じ闇に浸かっている身だが、自分にはこんなマネ到底出来そうにねえな、と。己の半分を隠して相手に接する事が、ではない。それを平然と行えるほど狂ってしまう事が、だ。
(相手が一方通行だったからこうなっちまったのか。それとも元々こいつがそういう性質だったからなのか……。後者だとしたら、一方通行の奴、とんでもない化け物に好かれちまった事になるな)
 その化け物の友人を自負する垣根は胸中で「ご愁傷様」と、白い人物に向かって手を合わせた。










UNDER THE DARK ROSE











「で、この後の予定は?」
「一方通行ん所に行くつもり。んで、あいつを寝かしつけた頃に仕事が入るだろうから、そっちへ」
「そりゃご苦労様。いくら欲求不満だからって仕事の標的にぶつけんじゃねえぞ」
「あははっ、了解。んじゃ、俺もう行くわ」
「おう。またな」











垣根は上条さんの事が大好き(友人として)ですが、時々気味が悪いと思ったりもしてます。