一方通行のマンションを出た後、上条は指定のポイントで待機していた車に乗り込み、移動する時間で資料に視線を落とした。
 今回の相手は四人。『グループ』や『アイテム』といった学園都市暗部の小組織の一つらしい。何をやったのか知らないが、その全員に殺害命令が出ている。
「実に上条さん向きのお仕事ですこと」
 独りごち、上条は束になっている資料を捲った。ここから先は標的の滞在場所及び四人の写真付きプロフィールが記載されている。その一枚一枚に目を通していた上条は、ある人物の所で動きを止めた。
「…………。」
 何も喋らず、表情にも変化は無い。だがしばらくその書類を見つめた後、上条は写真を指で弾いてうっすらと笑った。
「こいつは最後、な」
 愛しい人に向けていたのとは正反対の、禍々しく一片の慈悲も無いその黒い双眸が見つめる写真。そこには脱色のし過ぎで白くなった髪、何の冗談か赤のカラーコンタクトを着けた少女が写っていた。


 第三学区、とあるビルの個室サロンにその四人の姿はあった。否、正確には三人だ。残る一人は現在、ルームサービスでは頼めない類の必要物資を仕入れに外出している。そのため部屋の中にいるのは、少女二人と少年一人の計三人。その二人の少女の内、一方は脱色した白い髪を指先で弄りながら、カラーコンタクトが入った赤い目で部屋に取り付けられたテレビを眺めていた。
 彼らの態度には焦りや恐怖といった負の感情は見られない。何故なら彼らは現在、自分達が同じ学園都市の手の者に命を狙われているなどとは欠片も思っていないからだ。今もまた、某どこぞの小組織のように互いの力を利用するだけで馴れ合いなど以ての外……という意志で仕事のために集まっているのではなく、ただ仲間達と遊ぶためにこの部屋を訪れているのだから。
 学園都市からの依頼以外に集合して行うその遊びは、強能力者レベル3から大能力者レベル4である彼らの恰好のストレス発散行為である。しかしながら他の善良な人間がその遊びの内容を知れば、きっと非難の嵐となるだろう。
 白髪の少女が眺めるテレビからは「人間狩りマンハント! 狙われる無能力者レベル0達!」というアオリ文と共にニュースキャスターの悲痛な声が聞こえてくる。
 きゃらきゃらと少女が可笑しそうに笑った。
「人間狩り、おっもしろいのにぃ〜! ねぇねぇ今夜は何人くらい狩る?」
「そりゃー勿論“好きなだけ”っしょ。どーせ不要な無能力者なんてゴロゴロいやがるワケだし。俺達がやってんのは街のお掃除なワケで」
「だよねぇ」
 精神感応系の能力者である白髪の少女は、肉声と共にそれと同じ感情を仲間の二人が抱いているのを感知しながら、満足そうに目を細める。
 と、その時。コンコンと扉がノックされ、三人はそちらを振り仰いだ。
「お、帰って来た帰って来た」
「今開けまぁす」
 髪を金色に染めた少年が待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべ、茶のショートボブの少女が立ち上がって扉の前へ。少女が「お帰りぃ」と言いながら開いたそこには―――。
「きゃ…!」
 迎え入れたもう一人の仲間・薄手の黒いジャンパーを引っ掛けた少年が力無く少女の方に倒れ込んできた。ショートボブの少女が驚いて後ろへ下がると、支えの無い黒服の少年の身体は、どうと床の上に倒れ伏す。どうした!? と駆け寄る他二名。だがすぐにショートボブの少女が倒れた少年から溢れ出す液体に気付いて息を呑んだ。赤黒く、水よりも粘度の高い液体が黒のジャンパーを伝って床に広がり始める。
「血が!?」
 ショートボブの少女の声で他の二名も事態の異常さをいよいよ肌で感じ始める。だが時すでに遅く、三人の誰も手を触れていないはずの扉がパタンと小さな音を立てて閉まった。
「……ッ!」
 一気に高まる緊張感。三人の視線が向けられた先には、新たに現れた人影がニコリと作り笑いを浮かべていた。
「次はお前らだから」
 それ以上の言葉は不要。三人の少年少女達は現れた黒髪ツンツン頭の高校生に向かって攻撃を開始する。金髪の少年は発電能力で電撃を飛ばし、ショートボブの少女は念動力で手近な物を敵にぶつける。精神感応系である白髪の少女は後方に下がり、二人の支援をと思った所で、彼女は相手の心が読めない事に気が付いた。嫌な予感がして前方の二人に声を掛けようとするも―――。
 パキン、と何かが壊れるような音と共に電撃が消滅し、浮遊していた部屋の備品が床に落ちる。何故そうなったのか、白髪の少女の位置からでは判らない。彼女に判ったのは、仲間二人の能力が消えた後、間を置かずにその二人も倒れ伏したと言う事だ。胸から血を流して。
「ひ…っ!」
 残った少女は悲鳴すら満足に上げられぬまま腰を抜かして床の上に座り込んだ。仲間の二人が倒れて遮る物が無くなった所為で、少女からは少年の姿がよく見えた。
 自分達と同じ年頃の、ごくごく平凡な黒髪の少年だ。しかしその少年の手には折りたたみ式のナイフが握られていた。
(こんな、物で―――!?)
 己の仲間達は殺されたというのか。
 ちくしょう、と毒づきながら少女はその怒りを力に変えて活路を見出すべく己の能力を発動させる。だが可笑しな事に、少女には少年の考えや心理状態が全く判らなかった。先刻も同じ現象が起こっていたようだが、能力が発現していない訳ではない。対象となる少年を通り越し、もっと遠くにいる人間の考えが少女にははっきりと読めているのだから。
「……? ああ、君、精神感応系の能力者? だったら俺には効かねえよ」
 たった今三人の人間の心臓をナイフで刺したというのに、それを感じさせない声音で黒髪の少年は少女に語り掛けてきた。異様な状況に、折角気を奮い立たせたはずが、少女は再び萎縮してしまって何の言葉も返せない。今まで当たり前のように読んでいた他人の思考が判らなくなり、どうすればいいのか思いつかないのだ。
 本当ならこれから仲間四人で深夜の街に繰り出し、馬鹿な無能力者達を思う存分“狩る”はずだったのに。少女の脱色した白い髪と冗談半分でコンタクトを着けた赤い目を見て「学園都市第一位が!?」と慌てる者達を見、その心の悲鳴を聞くのも彼女の娯楽の一つで。
 だと言うのに。
(何なのよ何なのよ何なのよこいつはっ!!)
 少女に向けられるのは恐怖に引き攣った顔でもなければ、泣き叫ぶような心の中の悲鳴でもない。黒く、ただひたすら黒く混沌とした瞳と、他人の死にとことん無関心な、狂ったとしか言い様のない態度だった。
「なぁ」
「……ッ!?」
 気が付けば、少年は少女のすぐ目の前でしゃがみ込み、偽物の赤い目を覗き込んできていた。
「これ、一体何のつもりだ?」
「い、が…っ!」
 がしっと白く色の抜けた前髪を左手で掴み上げられる。引き抜かんばかりの力に激痛を感じて、少女は目に涙を浮かべた。しかし少年はそんな少女の態度が気に入らなかったようで、僅かにだが不機嫌そうに目を眇めた。
「脱色のし過ぎでパサパサになっているとは言え、この白い髪。それから“本物”とは比べる事自体失礼だろうけど、とにかく赤い目。この色彩がお前如きクズに許されると思ってんのか?」
 少年が口の端を持ち上げる。皮膚一枚の下に隠していた残虐性を一瞬にして露わにし、その上で少年はまるで恋人に愛を囁くような、けれど絶対的に何かが違う甘い声で最終宣告を下した。
「その色が許されてんのは一人だけだ。お前には身の程ってものを教えてやるよ」



* * *



「あーあ。こりゃひでぇ」
「うっ……なんすか、これ」
 壮年の男が一人と、彼よりもずっと若い青年が一人。
 学園都市暗部で活動するとある人間のサポートを役割としている下部組織の二人は、“とある人物の仕事の後片付け”のため、第三学区の某ビルにある個室サロンを訪れていた。
 彼ら二人を出迎えたのは、慣れたくはないが慣れてしまった死の匂い。そして少年少女ら四人の遺体だ。四つの遺体の内、三つは胸をひと突きして死に至らしめている。恐ろしいほどスマートな手口だ。しかしながら部屋の一番奥で倒れている少女の遺体は他と比べられないくらい惨いものだった。
 まず大声を出せないように、口には詰め物。手足の腱を切断して身動きを封じ、爪は二十枚全て剥がされている。脱色したらしい白い頭髪は荒々しく引き抜かれ、所々皮膚まで剥がされていた。そして最後に目。二つの眼球は少女の顔から抉り出され、血にまみれて判別し難いが、赤いカラーコンタクトを付着させていた。
「私らが担当してる子の“悪癖”だよ」
「悪癖?」
 惨いがこれも仕事だと手を動かし始める二人。壮年の男はこのタイプの現場が初めてらしい青年に苦笑いをしながら教えてやる。
「そう、悪癖。癖だ。いつの頃から始まったのか、どういう理由があるのか、そんな事は知らんがね。私らの担当してる子は、男女問わず白い髪と赤いカラーコンタクトの相手には随分厳しくてなぁ。本当ならそこの三人と同じように綺麗なまま死なせてやる事だって出来るんだが、相手を貶めるように気の狂った殺し方をするのさ。……ああほら、見てごらん。この傷もその傷も、生きている間に付けたモンだ。この女の子も相当苦しかっただろうねぇ」
 生きたまま爪を剥がされ、生きたまま腱を切られ、生きたまま髪を引き抜かれ肌を剥がされ、生きたまま眼球を抉り出された少女を指差し、壮年の男は声に僅かな悲痛さを滲ませて告げる。
 まだ自分達の担当する人間がどんな容姿をしているのかさえ知らない青年は、狂った死体オブジェを前にして、沈黙を保ったまま顔を歪めた。










UNDER THE BLOODY ROSE

別にその色彩に惚れた訳じゃないけれど、
クズがあの子と同じ色を持つ事がどうしても許せないんだ。












一方通行にだけ甘い上条さんの、うっかりスイッチが入ってしまった仕事風景でした。