容易く手折ってしまえそうだ。
 そう思いながら上条当麻は抱きしめる力をほんの少しだけ強くする。背後から抱き込む形になっているその人は、上条の行動に「ン?」と声を漏らしてこちらを見た。
 純白の睫毛に縁取られた紅の瞳が上条の姿を映す。その瞳が美しいと、上条は何度も口にした事がある。ただし、もし紅ではなく黒だったとしても、茶だったとしても、青や緑だったとしても、上条は同じ言葉を捧げただろう。何故ならその瞳を美しいと感じるのは、持ち主が上条の大切な人――― 一方通行であるからだ。
「どォかしたか…?」
「いや、何でもねーよ。もう少しこのままでいて良いか?」
「そりゃ構わねェが……」
 相手の返答に満足して上条は微笑を浮かべる。すると途端に赤味を増す一方通行。元々透き通るような白い肌であるため、その変化は顕著だった。
 可愛いなぁと思うが、口に出すと怒られてしまうため、代わりにもう少しだけ腕の力を強める。華奢な白い身体を誤って壊してしまわぬように。


 なンて顔しやがる、と一方通行は思った。
 場所は一方通行が隠れ家の一つとしているマンションの一室。そこで己を背後から抱きしめる人物・上条当麻には、一方通行の反射が効かない。だがそれだけで今の状況を許すかと問われれば、当然答えはNOだ。ゆえに現状を説明する理由にはまた別の物があるのだが、一方通行にはまだそれを明らかにするための勇気が無い。相手の優しさに甘えて答えを先延ばしにしているのだった。
 “理由”を言葉に出来ない代わりに、一方通行は相手の様子だけはしっかり見つめたいと思う。何を感じ、何を考えているのか、を。
 上条と出会うまで他人なんてどうでもいいはずだったのに、今ではそのスタンスが貫けなくなってきている。しかしそれを嫌だと感じないのも事実。ゆえに一方通行は己を抱きしめる人間を真っ直ぐに見つめた。
 その顔に、双眸に、浮かぶモノは。
 顔の造作はそれほど整っている訳ではない。凡人レベルだ。けれど一方通行を見据えるその人は全身で伝えて来た。一方通行が愛おしい、と。
 体温が一気に上昇する。特に首から上が著しく、頭がぼうっとして思考が纏まらない。強く抱きしめていて貰わなければ、どこかへ飛んで行ってしまいそうな浮遊感。『幸せ』なんて今まで知らなかったはずなのに、これがそうなのだと理解する。
 喉の奥で詰まる言葉。たった一言、一方通行が現状を受け入れている理由。もう少しで音になりそうなのだが、まだ出来ない。相手の黒い双眸は無理強いせず、一方通行を甘やかす。
 あと少し。あと少しだけ待ってくれと心の中で囁き、一方通行はせめてもの思いで更に深く上条に身を預けた。



* * *



「覗き見なんて趣味が悪いぜ、アレイスター」
 腕の中の一方通行が眠りに落ちたのを確認し、上条は何も無い空間へそう言い放った。直後、上条の携帯電話がマナーモードで着信を知らせる。手に取って通話ボタンを押せば、本来の性能以上にクリアな音質で声が聞こえて来た。大人とも子供とも、男とも女とも、聖人とも罪人ともとれる『人間』の声が。
『多くの人間を思い遣っているように振る舞い、そのくせ誰一人愛さない君が嫉妬かい? これはなんとも異な事だ』
「こいつだけは、」
 上条は腕の中の一方通行の白い前髪を優しく梳く。
「こいつだけは特別だって、あんたも知ってるはずだ」
『そうだったな。からかってすまない』
 ちっとも済まなさそうな声が答える。
 どうせ相手はそういう存在だ。一方通行の寝顔どころかこの街に住む者達それぞれの隠していたいあれやこれやを観察してしまう滞空回線アンダーラインの持ち主に、見るなと言っても所詮は無駄な事。頭では解っているが心の方で納得出来ないそれを電話相手・学園都市統括理事長アレイスター=クロウリーに舌打ちという形で躊躇いなくぶつけた後、上条は思考を切り替えるべく言葉を発した。
「……で、上条さんの声に反応してくれたって事は仕事の話?」
『その通りだ』
「一方通行が寝てる間に帰って来られるやつか?」
『それは君の腕次第と言っておこう。必要な資料はいつもの手順で受け取ってくれ』
「あーはいはい。んじゃ今日も頑張って片付けますか」
『健闘を祈る』
「はいよ」
 短く答えた直後、プツリと通話が終了する。上条は腕の中の一方通行を起こさぬよう――とは言っても、一度寝入ったこの人がそう易々と目を覚ます事は無いのだが――そっとベッドに横たえて、通話を終えた携帯電話を己の尻ポケットに突っ込んだ。
 ゆっくりとした呼吸を繰り返す一方通行。眠りは随分と深そうで、これなら朝まで眠っていてくれるだろう。
 上条は一方通行の白い髪を掻き揚げ、祈るように目を瞑って額に唇を落とした。
「いってきます。すぐ戻ってくるからな」
 聞こえていないのは承知の上。それでも上条は限りなく甘く優しい声音で囁き、ベッドから離れる。
 時計を見遣れば午前零時を回った所。仕事の内容にもよるが、普段通りであれば一方通行の起床に充分間に合うはずだ。
「よし」
 それだけが重要事項であるように上条は満足げな顔で頷き、静かに部屋を出た。










UNDER THE WHITE ROSE











 その数時間後、ある場所で複数の変死体が学園都市暗部の者達、正確にはその下部組織によって密かに回収されたのだが―――。
 さて、上条当麻との関係や如何に。











実はまだ抱擁までの関係という設定。上条さんが一方さんを大切にし過ぎて。
一方さんの性別はご自由にどうぞ。一応、どちらでもOKな表現を心がけております。
ちなみに「under the rose(直訳:薔薇の下で)」は「秘密に、内緒で」という意味。