ソファの上で欲を吐き出し合っていたはずなのだが、上条が目を覚ますと身体はベッドの上にあった。
 仰向けのまま周囲を見渡せば、最近はご無沙汰だったが見慣れた部屋の内装が視界を埋める。必要最低限の物プラス部屋の主の趣味を窺う事の出来る品物がほんの少しだけ置かれたここは、木原数多が住むマンションの一室だった。
(あー……意識が跳んだ後にお持ち帰りされたって訳ですか)
 容易い推測を頭の中で展開してからベッドボードに置いているはずの時計を探して腕を伸ばす。何故時計の置き場所を知っているのかと言う疑問は抱く必要も無いだろう。前述したように上条はこの部屋を“見慣れている”のだから。
 カツリ、と指先が硬い物に触れたので上条はそれを引き寄せる。目の前に持ってきて時間を確認すれば、一方通行に告げた時刻までもうあまり余裕が無い。が、上条は特に焦る様子も見せず時計を元の位置に戻すと、ちょうど扉を開けて部屋に入って来た長身の男へと視線を向けた。
「木原さんごめーん。手間掛けさせて」
「……いや、気にすんな」
「?」
 らしくない木原の返答に上条は首を傾げたが、その理由にはすぐに思い至る。おそらく、久しぶりとは言え――否、久しぶりだからこそ――相手の意識が跳ぶまで行為を続けた事に気まずさを感じているのだろう。いくら上条が「激しいのは好き」と事前に告げていたとしても。
(かーわいい。しっかし、これでなんで自分が俺の事愛しちゃってるの認めないんだろーねえ)
 実の所、木原が己の行為に気まずさを感じて“らしくない”言動を取っている事自体、彼は気づいていないのだ。でなければ日頃から己と上条の関係を『研究者と実験動物』だと主張したりはしないだろう。『研究者』としては不必要な、上条に対して抱く感情を認めたくないのか、それとも認める以前の問題なのか。人の心が読める訳でもない上条には詳しく知る事など出来ない。また別にこれと言って知りたい物でもない。
「身体の調子は?」
「ん、へーき。ってかやっぱ心配するんだ?」
「そりゃあテメェは俺の大事なモルモットだからな」
 いきなり何を言い出す? とばかりに、木原は器用に片方の眉を上げてみせる。上条はそれを軽く笑って流しながら、内心では「ほら、やっぱり」と自分が考えた通りの反応に呆れ半分で呟いた。ただし呆れ以外の残り半分はなんとなく気分の良いものだったので、上条はベッドに寝転がったまま両手を木原に向かって伸ばし、
「起こして」
「チッ」
 木原が舌打ちしてその手を取る。が、上条は彼に引かれるまま身を起こすのではなく、それどころか逆に木原をベッドへ引き倒すように体重を掛けた。
「なっ…!?」
 上条のそんな行動を予想していなかった木原は呆気ないほど簡単に上条の真上―――ではなく、上条本人が身体をずらしたため、その真横へと倒れこんだ。すぐ傍に来た刺青入りの顔を見て「大成功」と笑って見せれば、それの浮かべる表情が驚愕からほんの一瞬だけ怒りに染まり、最終的には諦めに似た何かに落ち着く。
「いきなり何しやがんだテメェはよぉ。起こして欲しいんじゃなかったのか?」
「ピロートークがまだですよー木原さん」
「……。テメェ、他人に身体のナカまで綺麗にされた後で言うセリフかよそれが」
 そう否定的な言葉を吐くけれども、木原がベッドから起き上がる気配は無い。
 上条は更に機嫌を良くして木原に擦り寄った。ふわり、と微かに香るのは石鹸。おそらく帰宅した後、気絶していた上条の処理に続いて自分の身体も洗ったのだろう。
「っつか時間はいいのか? 今日は一方通行の野郎と会う予定だって言ってたじゃねーか」
 擦り寄ってきた身体を腕の中に閉じ込めながら言う台詞がそれか。と、ふと思ったが、木原の声には僅かに隠し損ねた不機嫌さが滲んでおり、上条は笑みを噛み殺す。
「そーだなー。んじゃ上条さんはこうする事にしませう」
 言って、上条は一度木原の腕の中から身を起こすと、近くに置かれていた自分の鞄から携帯電話を取り出した。疑問符つきで送られてくる木原の視線を受け止めながら再び彼の腕の中に戻り、電話を掛ける先は話題に上がった人物――― 一方通行だ。
 数度のコールの後、小さな接続音がして聞き慣れた声が小さな機械から流れ出した。
『当麻か?』
「そ。いきなりで悪い、一方通行。ちょっと用事が入ってそっちに行けそうにねーんだ。約束破って申し訳ないんだけど、会うのはまた今度でもいいかな」
『どォしても外せねェ用事なのかよ』
「ああ。本当にゴメン。埋め合わせは必ずするから」
『…………………、』
「一方通行」
『…………、分かった。わァかりマシタ。ゼッテェ後で連絡入れろよなァ」
「勿論。それじゃあ……」
『あァ』
 不満ながらもそれを抑えた相手の声に上条は小さく笑って、それから殊更甘ったるい声音で囁いた。
「アイシテルよ、俺の一方通行」
『……ッ』
 プツリ、と相手が何かを言う前に切られる繋がり。上条はそのまま携帯の電源をOFFにし、完全に真っ暗になった液晶画面を木原に見せると、その小さな機器を鞄の開いた口に向かって放り投げた。その間、木原は始終無言だったが、上条の電話相手が一方通行だと知った瞬間とは比べ物にならないくらい彼の空気がやわらかくなっている。
 ベッドボードに背を預ける格好の木原。そんな彼に後ろから抱き込まれる形で上条は自身の身体の位置を調節し、腹に回された手に己の右手を重ねる。一方通行との会話の直後であるためか、木原の腕の力がいっそう強まった。
 宥めるようにその手をポンポンと叩き、上条はゆっくりと口を開く。
「きーはらさん」
 一方通行との関係は、ただの遊戯に過ぎない。木原もそれを知っているはずなのに、時折上条が苦笑せざるを得ないほど嫉妬に駆られてしまうようだ。可愛らしいが、こうして無自覚な嫉妬心や独占欲を向き出しされても少々困る。よって上条はその解決策として、木原に一つ提案をした。
「一方通行の倒し方、教えてあげましょうか」
「唐突にナニ言ってやがんだ」
「だから、木原さんが一方通行をボコれる方法をお教えしましょうかって」
「ンなモン教えて何になる。っつかテメェの特殊な右手でもあるまいに、そう簡単にいくかよ」
「そりゃーまあ。でも木原さんになら出来るんじゃないですか。この右手とは別の、反射を無効化する方法―――いや、“わざと相手に反射させて攻撃を与える”方法ってやつが」
 ピクリ、と木原が身じろいだ。一方通行の能力を開発した優秀な頭脳は、上条のその言葉だけで彼の言う『方法』、そして彼の言葉に隠れた意味を理解したらしい。だがそれでも上条の意志をまだ信じられないのか、「いいのか?」と問い掛ける。
 こちらの意志を窺う気弱な反応に上条は口の端を吊り上げて笑った。
「いーよ。無断であの『お城』に攻め込んでくる馬鹿共は嫌いだけど、木原さんならオールオッケー」
「……俺が一方通行を殺しちまってもか」
「立場上木原さんがそう易々と自分のやりたいように動けるとは思えねーけど……そうだなぁ、うん。もし上からGOサインが出たらやっちゃってもいいですよ」
「ふん、エラソーな事言ってんじゃねえよガキが」
 と応える木原の声はどこか嬉しそうだった。相手の感情を読み取って上条はほくそ笑む。
 要は、木原数多が「己の存在は上条当麻の中で一方通行よりも遥か上位に位置している」と思えれば良い訳だ。彼の思い込みが真実かどうかはさて置き、との注釈は付くけれども。とにかく、そうすれば木原の嫉妬心も多少は和らぐだろう。
「細かい事はアイツの担当者だった木原さんの方が知ってるでしょうから、俺はこれ以上何もアドバイスなんて出来ませんけど、まぁ頑張ってくださいね。楽しみにしてるんで」
「あーあーあー、はいよ。ったく、おっそろしいガキだなぁテメェはよぉ」
「そんじゃ恐ろしいついでにもう一つお願いが。……今晩、一方通行のマンションに適当な人員使って襲撃を仕掛けて欲しいんすけど」
「……何のつもりだ?」
「可愛い可愛い一方通行ちゃんへのフォローですよ」
 木原の腕の中で身体ごと振り返り、上条は人の良さそうな笑みを浮かべて続けた。
「上条さんが約束を破った所為で現在の一方通行は不機嫌真っ只中。不満感でいっぱい。けどそんな時にマンションが襲撃された場合、襲撃者は俺みたいな能力なんて持ってねえから、当然一方通行にやられっぱなしになる。んで、その光景を俺に見せちまう訳だが……『上条当麻』を光側の人間として認識しているアイツがそれを望むはずも無い。ってな理由で、一方通行はマンションを襲撃された時に上条さんが部屋にいなくて良かったと思う、と。俺が約束を守らなかった事に対して不満感が和らぐ訳ですな。ちなみにちょうどタイミング良く一方通行の外出中に襲撃が起こったとしても結果は同じ。上条当麻に闇側の景色を見せずに済んでほっとするんですよ、アイツは」
「おいおいおい、サイテーな野郎だなテメェってヤツは」
「お褒め頂き光栄でございます。で、手ぇ貸してくれるのでせうか?」
「ああ、構わねーよ」
「きゃー木原さんすてきー」
 ニヤリと笑って頷く木原に上条はわざとらしく歓声を送って男の首に腕を回す。膝立ちで木原を抱きしめる格好になると、彼の左顔面に描かれた刺青に軽く唇を落とした。
「んじゃ、もう一戦シテから用意の方よろしくお願いします」
「そうなると日付が変わるくらいになっちまうけど、いいのか?」
「いいですよ。しばらく怒らせとくのも愉しいですし」
「ハハッ、ホントにテメェはサイアクな人間だなぁ」
 そう笑うと同時に木原は上条の腰を掴み、上から覆い被さるように少年の身体をベッドに押し付けた。そんな相手の上着を脱がしながら上条も同じ顔で、否、もっと毒を含んだ顔で微笑む。
「そう。俺は最悪な人間なんですよ、木原さん」


 ベッドボードに置かれた時計の針がカチリと時刻を指し示す。
 ―――現在、八月三十日 午後八時。










ダーク・ダーク____


____・ピロートーク


(木原数多と一方通行。どちらが勝っても上条当麻は嗤うだけ)












3K上条さんのため、原作五巻との内容に差異が発生し始めております。
それと木原さんが献身的過ぎる(笑)