「きーはーらーさぁん。俺、これから一方通行の所に行かなきゃなんねーんだけど」
背後から腕を回し耳朶に舌を這わせてきた研究者に向かって、上条は半分呆れ、半分面白がるように告げた。だが『お誘い』が止まる気配は無い。本日の実験も無事終了して折角あの頼りない手術衣のような物からいつもの服に着替えられたというのに、背後の男―――木原数多は止める所か更に上条のTシャツをたくし上げて手を侵入させてくる。 「んっ……」 熱を的確に煽ってくる手つきと耳へ直に注ぎ込まれるぴちゃぴちゃと言う水音に、程なくして上条の身体が朱に染まり始めた。自分でも早いとは思うが、そういうお年頃なのだから仕方が無いと主張したい。もしくは相手の手つきが嫌味なくらいいやらしいのが原因だ。 そんな成長途中の身体が示す反応を察し、背後で木原が満足そうな吐息を漏らした。 「このエロオヤジめ」 「エロくて結構。だがオヤジってェのは否定させてもらうぜ」 吐息混じりに告げた木原の手が直後に上条の足の付け根付近に伸ばされる。 「……ッ!」 布の上からであるにも拘わらず思いのほか強い刺激が与えられて上条は息を呑んだ。快感と言うより今の刺激は痛みに近い。仕置きだとでも言うつもりか。 上条は背後の男を睨み付けるとお返しとばかりに人の悪い笑みを浮かべた。 「ああ、そう言やそうでしたね。俺が一方通行の所に行くって聞いてヤキモチ焼くような可愛らしい性格の持ち主に『オヤジ』はないですよねえ」 「あぁん? 誰が誰に焼くって?」 「否定したいならもっと丁寧に扱って欲しいんすけど。オヤジでもなくヤキモチを焼くような事もない、だけど大人な木原さん? 上条さんってば激しいのは好きだけど痛いのは嫌いなのですよ?」 「ハッ! 結局テメェも乗り気になってんじゃねーか」 「ま、ここまで煽られてしまいますと」 うっすらと笑い、上条は未だ己の上半身をまさぐっていた木原の手の片方を己の口元へと寄せる。木原本人も抵抗せず、残った方の手だけで上条のズボンを寛げ始めた。 カチャカチャとベルトの金具の音を聞きながら上条は木原の指に唇を這わせ、綺麗に揃った歯で時折噛み付いてみせる。更には形を確かめるように舌を伸ばし、指先、爪、関節の一つ一つ、指の付け根にかけて愛撫を施す。 「……はっ」 テラテラと濡れ光る片手の様子を見てか、上条の背後で熱の篭った吐息が零れ、喉が鳴った。やがてされるがままだった手は己の意志を取り戻し、上条の舌や唇に指先を這わせ始める。上条もあえてその動きには逆らわず、薄く口を開けて木原の指先を迎え入れた。 つ、と口の端から伝い落ちたのは透明な唾液。それを追いかけるように木原が唇を寄せる。色の抜けた髪が頬をくすぐり、上条は目を細めた。 本人に言えば間違いなく怒るだろうが、まるで主人の口元を舐める大型犬だ。しかも主人以外には――そして時には主人にすら――攻撃的な。 (『犬』にしちゃあ不埒すぎるんだけどな) 胸中で呟き、上条はすぐ傍にある刺青を指でなぞった。それがまるで合図であったかのように木原は上条の口内をまさぐっていた指の動きを止め、代わりに濡れそぼった手を顎に添える。どちらともなく二人は唇を寄せ合い、 「ん……っあ、ふ」 上条から鼻に掛かった声が零れる。木原が噛み付くようなキスを仕掛け、上条がそれに応える格好だ。しかも背後からという体勢に耐えられなくなったのか、木原は上条の身体を反転させて更に深く深く繋がりを求めた。 蛍光灯の灯りに煌々と照らされた室内に、しばらくの間二人の荒い息遣いと水音だけが響く。 顔に刺青をした白衣の男と肌蹴けた格好の少年。彼らの両方もしくはどちから一方を知る者が今の彼らを見たならば、その者はきっと我が目を疑うだろう。木原数多を知り彼を恐れる人間は、彼が己の研究対象にそういう意味で手を出す人種ではないと知っているし、また上条当麻と言う人間はそもそも木原のような学園都市暗部に属する人間と親密な関係にあるような人柄ではないと周囲に認識されているはずなのだから。 (木原さんは例外だよなー。俺っていうイレギュラーに関わってるからこうなっただけだし。そんでもって上条さん本人は、まぁ裏も表もそれなりに楽しく過ごしたいのですよと言っておきませうか) 先刻の上条の言葉を反映したような吐息まで奪う口づけに応えながら、それでも上条の思考は冷静に働いていた。 (あー、つかその『表』でもやや裏側チックな一方通行に会う予定が……こりゃ遅れるな確実に。言い訳考えんのもメンドクセー。でもコッチの相手もちゃんとしとかねーと、木原さん盛大に拗ねるからなぁ。本人は認めたくねえみたいだけど) 同居中の銀髪碧眼シスターが上条のクラスメイトでもある黒髪巫女服少女の元へ泊まりで遊びに行ったため、今日は珍しく夜のそう遅くない時間帯に一方通行と会う予定だったのだが、どうにも上手く行かないようだ。しかしながら、一方通行が今日の事で機嫌を損ねるのと、木原が――本人は上条との関係(行為)を戯れだと言ってそれを認めないが――嫉妬して苛立ちを露わにするのを天秤に掛ければ、どちらがより対処しやすいか。上条の頭の中で答えはすでに弾き出されていた。 「木原さん、そろそろ……」 「わァってるっての」 互いの間に銀の糸を引きながら吐息に混ぜて上条が告げると、木原は熱の篭った声と瞳で頷いた。手近な所に革張りのソファがあり、上条の身体がその上に押し倒される。上条は覆い被さってきた木原の首に縋ると言うよりもむしろ誘うような手つきで腕を回し、「なぁ」と問い掛けた。 「そういや木原さんとスルのって結構久しぶり?」 「最近はどこぞの誰かが『人形遊び』に夢中だったからなぁ」 「スミマセンデシタ。んじゃその分も取り返すくらいにヨロシクです」 「はっ、テメェのご希望通り激しくシテやるよ」 唇の合間から犬歯を覗かせて木原が笑う。獰猛で、かつ満足そうな笑みだ。 次いで再び与えられた噛み付くようなキスに応えながら、上条も相手に悟られぬよう小さな笑みを浮かべた。 (本当に、馬鹿みたいに判りやすい) ひどく、人の悪い笑みを。
ポイズン・シュガー
(認めたくなくても、その甘みと毒性には逆らえない) 木原さんは無自覚で上条当麻に依存中。 |