一方通行には愛されるという記憶が無かった。
 昔は……まだ能力に目覚める前の、とても幼い時期にはまだ確かに両親の愛情とやらを受けていたのかも知れない。反対にやはり今と同じように誰からも『愛』と名の付く感情を向けられていなかったのかも知れない。
 どちらであれ、一方通行には愛されるという経験が皆無だった。それはどんな形をしているのか。熱を持っているのか。どんな色をしているのか、明るい色だろうか、実は存外に寒色系だったりするのだろうか。手触りは、味は―――。全ての要素が未知であり、一方通行はそれを受け止める方法も反射する方法も解らなかった。
 だからこそ、なのか。
 初めて自分を負かした相手から、人生で初めて与えられた暖かくてやさしくて包み込むようなそれに。一方通行は呆気ないほど容易く、溺れた。


「っあ、…はっ、ァん、や! あン、んんん、っぁ、あァ…!」
 熱い楔で貫かれるたび高い悲鳴が喉から漏れる。痛みからではない。身体の奥から沸き上がる圧倒的な快楽に翻弄されながら学園都市最強を冠するアルビノの少年・一方通行は両手でシーツを掴み、与えられる感覚全てをその身に余す事なく刻み込もうとする。
 仰向けのその姿勢で足を開き相手を受け入れる彼は、しかしその真っ白な両腕を相手の背に回す事は許されていなかった。もし背に腕を回せば快楽に溺れて理性を飛ばした己が相手に爪を立ててしまう。そしてこの快楽を与えてくれているその人が自身の背に爪を立てられるのを厭ったからだ。
「ぁ、や…っ、あ! ぅんンン、っは! あぅ」
「くっ」
 ぽたり、と揺さぶられ続ける一方通行の胸に透明な雫が一つ。本来ならば彼が常時無意識に展開している反射によって弾かれるはずの液体は、白い肌に馴染むようにしてつるりと滑り、落ちていく。反射が無効化されていた。
 しかし生命の危機と言っても過言ではないだろう状況に対し、それに気付いた一方通行は焦るどころか嬉しげに鮮血色の双眸を細めた。
 全てを拒んでいたはずの己が、この人だけは受け入れる事が出来る。この人とこの人が与えてくれるものは――汗も涙も鮮血も精液も――全て!
「あ、ああっ……」
「はっ……なに、笑ってんだよ一方通行」
 一方通行のナカに熱を放ち、激しかった動きを止めたその人が黒髪の合間から覗く闇色の瞳を楽しげに歪める。答えを聞くまでもなく解っていると無言の内に語るその双眸に捕らえられ、一方通行はバクバクと煩い心臓を抑える事も出来ず無意味に口を開閉させた。
 与えられる事の喜び。受け入れられる事の喜び。
 それを教えてくれたのは唯一、一方通行を見つめるこの黒瞳の持ち主だけ。
 胸いっぱいに溢れる感情を逃がす術もその面で“未熟な”一方通行には分からず、ただひたすらにこの人から与えられて初めて知った言葉を声に乗せた。
「あいしてる。あいしてる、オマエを」
「俺も、お前を愛しているよ。一方通行」
「うれし…ァんっ!」
 既に幾度かの解放で過敏になっていた身体は再度揺さぶられただけでいとも簡単に快楽を得る。
 思わず上げてしまった声に羞恥を覚えるが、その次の瞬間には唇にやわらかな感触が触れていた。
「自分の気持ちを正直に言える子は好きだな」
「ほんと、かァ?」
「ああ」
 短くもはっきりした答えに羞恥などあっという間に吹き飛んで新たな喜びが身体に溢れる。
 本格的に再開した律動によってそれ以上意味のある言葉を紡ぐ事は出来なくなってしまったが、一方通行は構わず心の中で「愛している」と告げ続けた。自分のベクトル操作を完璧に無効化するこの人には、まるで心の壁まで無効化して読心するかのように一方通行の考えている事が判るらしいのだ。そして今もまた、一方通行の視線の先で黒瞳がきゅうと狭められて口の端が美しい弧を描いて見せた。
「俺もだよ。愛しい愛しい俺のアルビノ」
「あっ……と、ぅま…!」
 ナカを強く擦られ、相手よりも先に迎えた純白の絶頂。
 その合間に未完成な音で名前を紡ぐと、揺れる視界の中で黒瞳が微笑んだような気がした。


□■□


 色素の無い白い裸体からずるりと己の分身を抜き去りその身を起こした人物は、情事直後特有の気だるさを纏いつつ短い黒髪を片手でかき上げた。何度目かの絶頂で意識を飛ばした情事の相手は皺の寄ったシーツの上で穏やかな表情のまま寝息を立てている。黒髪のその人物が接触を絶った所為で一方通行の反射が再発動しており、下に敷かれたシーツはともかく彼自身に関して事後処理は然程必要ないように思えた。
 実に楽でいい。
「じゃ、俺はシャワーでも借りますかね」
 冷笑を浮かべたまま呟き、ベッドに背を向ける。
 シャワーの後に身に付けるべき衣服を拾い上げたその右手を、彼を知る者はこう呼んでいた。  全ての異能を無効化する『幻想殺し』と。










ラヴ・レス

(愛? 無い無い、そんなもの)












3K上条さん一発目。
記憶喪失イベントには遭遇していない模様。
右手以外でも触れていれば余裕で能力完全無効化とかしてるみたいです。
恋愛という意味で一方さんに対する愛情は皆無(酷い)