上条先生とシスコン軍曹






「おっ、カーミやーん!」
 場所は学園都市第七学区のとある高校。昼休みの真っ最中であるため学校全体がざわついているが、二階の端にある社会科職員室前の廊下には人気が無かった。
 ある目的でそんな所を歩いていた、この学校の生徒で一年生の土御門元春は、金の髪や青いサングラスに陽光を反射させながら、反対方向からやって来た人物に向かって長い腕をブンブンと大きく振った。
「探したぜよー」
 特徴的な口調で話しかけながら、正面の相手―――黒髪ツンツン頭の男性に駆け足で近付く。
 すると黒髪の男性は左手で持っていた薄くて硬い冊子こと生徒の出席簿を軽く振り上げ、
「いってぇにゃー!」
「上条先生と呼べ、上条先生と」
 バシン!! と近寄ってきた金髪頭の上に直撃させた。
 しかしながら、痛がる割に土御門の機嫌が下がった様子はない。むしろ“目的の人物”に出会えたおかげで、サングラスの下の双眸は大層嬉しそうだった。
「なぁカミやん」
「だから上条先生と……」
「そんなの今更だにゃー」
「……うう」
 教師(社会科担当)・上条がガクリと項垂れる。
 土御門と上条は子供と大人、生徒と先生であるが、身長差はほとんど無い。むしろ背筋を伸ばせば土御門の方が大きいため、土御門は上条のつむじを見下ろす格好になる。
 ちなみにこの教師、土御門と同じ年齢だった頃は今よりも頭一つ分小さかったらしい。そのため、この齢ですでに上条と同じくらいの背丈である土御門や、更に長身のクラスメイト・青髪ピアスの事が、実は少々羨ましかったりするのだとか。そんな話を聞いた事がある。
「カミやんカミやん、ヘコんでねーで昼飯食おうぜ」
 右手に弁当を掲げ、土御門が本来の目的を告げた。
 項垂れていた上条は顔を上げると、
「青髪委員長はどうした?」
「にゃー。青ピは本日学級委員の話し合いに参加だぜい。『行けなくてごめんなぁ』ってエセ関西弁でメッセージを預かってるにゃー」
「そりゃどうも。……んじゃ、さっさと飯にするか」
「おー」
 上条が歩き出し、その半歩後ろに土御門が続く。
 生徒と教師が昼食を共にするというのは珍しい光景だが、別に悪い事でもないので本人達は気にしていない。無論、土御門元春が初めて上条を昼食に誘った時はいくらか驚かれたが……。
(ま、生徒に好かれて嫌がる先生ってのも少ないからにゃー)
 と言う訳で、今はこんな状態だった。
 土御門(と青髪ピアス)以外の生徒であっても、誘えば上条は付き合ってくれるだろう。だがこの教師との時間を他人に取られたくない土御門としては、これからもこの教師の人付き合いの良さを必要以上に公言するつもりはない。ただでさえライバルたる青髪ピアスには、知られるどころか同じスタートポジションに立たれてしまっているのだから。
(とりあえず今日は青ピより一歩リードぜよ。アイツ滅茶苦茶悔しがってたにゃー)
 三限が終わってすぐ、昼休み中に集まらなければならないと知った時の友人の顔を思い出して、土御門は笑いを噛み殺した。


 一度上条が社会科職員室に入って自分の弁当を鞄から取り出した後、二人が向かったのは、四階と三階を繋ぐ外階段の踊り場だった。これと言って使い勝手が良い訳でもなく、人が寄りつかないここは、天気が良ければ実に過ごしやすい場所なのである。
「お前、今日弁当って事は、舞夏ちゃんに作ってもらったのか?」
「ご名答。つーかオレは自炊できねえ人間だってカミやんも知ってるだろい?」
「まぁそうだけど……少しは自分で作ったらどうだ。いつも義妹の料理が食べられるなら良いけど、ほとんどは外食か出来合いの物を買って来るだけなんだろう? 身体に悪いぞ」
「カミやんの家にお邪魔する事もあるにゃー」
「だから弁当も作れと? 作ってやっても構わんが、材料費は徴収するからな」
「ビンボー公務員は辛いですたい」
「お前が言うな」
 溜息を吐く上条に、土御門は軽く笑う。
 本心を言えば、毎日この教師のお手製弁当を食べられるなら是非ともお願いしたい。だが時折彼の家に遊びに行って夕食をご馳走になるくらいならまだしも、毎日(正確に言うと平日のみだが)作ってもらうのは流石に負担が大き過ぎると思う。
 そんな訳で、土御門は多少の未練を感じつつも今の話題を流す事にした。
「ジャッジャーン! 舞夏作・メイド弁当試作品バージョン2.1だにゃー」
「おお、この前よりパワーアップしてやがる……」
 今年の九月に予定されている学園都市全体での体育祭・大覇星祭に向けて、土御門の義妹でメイドの卵である舞夏は早くも準備に取り掛かっているのだが、彼女の努力はこんな所にも反映されていた。上条がまるでまぶしい物でも見るような目で土御門の弁当を賞賛する。
「舞夏ちゃんみたいなデキる妹がいるってのは、実に羨ましい限りだ」
「にゃー。だったらカミやんと舞夏が結婚しちまえばいいにゃー」
「ごっ、ぶはっ! 土御門さん!? あなたいきなり何をおっしゃるのでせう!?」
 シスコン軍曹と渾名される土御門の発言に上条が思いきり吹いた。冗談だろっ!? と目を剥く上条だが、土御門は「いやいや」と己の発言を否定しない。それどころか、
「ぶっちゃけ舞夏のやつ、カミやんの事は“それ”っぽいし、オレもカミやんならOKかにゃーと思っている訳でして。カミやんと舞夏が結婚したら、カミやんは毎日上手い飯が食えて、オレはカミやんと家族になれる。良い事尽くめですたい」
「後者についてお前にどんな利点があるのかは知らんが……。ロリコンは駄目だろう。どんだけ年齢差あると思ってんだ」
「十年ちょいの年の差なんて、成長しちまえば気にならねーと思うんだけどにゃー」
「俺が気にするんだって……」
 ガクリと肩を落とす上条。
 割と本気の冗談は彼にとってあまり歓迎出来なかったらしい。しかしいつかは大事な義妹とこの教師と自分とで家族になれたらいいのにな、と思いつつ、土御門は弁当に箸をつけた。
「そういやカミやん」
 もぐもぐと美味の塊を食していた土御門は、その製作者が言っていた事を思い出して教師の名を呼んだ。
「ん?」
「今晩うちに来てくんねーか」
「突撃家庭訪問っすか」
「それでもいいけど、今回のは夕飯のお誘いなんだぜい。たぶん舞夏がもうカミやんの分まで作るつもりで準備してるから」
 本日の弁当を手渡された時に義妹がそう言っていたのだ。腕によりをかけて作るから、是が非にでも上条先生を連れて来い! とのお達しである。
(やっぱカミやんの将来は舞夏の婿かオレの嫁で決定だにゃー)
 上条が聞いたら全力で否定しそうな台詞を胸中で呟きつつ、土御門は「どうよ?」と返答を促す。
「うーん。実は昨日の夜、冷蔵庫の中身を大放出しちまってるから、その申し出はありがたいんだよなぁ。いやでも生徒にたかる教師って……」
「たかるんじゃなくて招待されてるんだぜい」
 上条宅の冷蔵庫の中身大放出に関して些か追求したい所ではあったが――いつもの『不幸』で食材を駄目にしたのか、それとも誰かを家に招いて上条の手料理を食わせてやったのか――、今はそれよりも「諾」の返事を貰う方が重要だ。
「迷惑じゃねーの?」
「むしろ断られる方が困るにゃー。舞夏も楽しみにしてるし」
「じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」
「いらっしゃいませですたい」
 語尾にハートでも付きそうな勢いで土御門が歓迎の意を表す。内心ガッツポーズである。
 更に土御門を舞い上がらせるかの如く、帰りは上条が車で送ってくれると言う。上条も仕事があるため学生が帰るより少し遅くなるとの事だったが、土御門は全く構わない。とりあえず心の中で上条に思いを寄せるアイツだとかソイツだとかに勝利宣言をしつつ、目の前の教師に礼を言うのだった。