ハニーデイズ






「なんだかカミやんから甘い匂いがするにゃー」
 くん、と鼻を鳴らして土御門が当麻の首筋に顔を寄せる。部屋にお邪魔して早々前から抱きつくような格好でそう言ってきた隣人に、当麻は苦笑の形に口元を緩めて「そうなのか?」と返した。
「これはお菓子の匂いかにゃ。砂糖の甘い匂いと焼き菓子みたいな香ばしい匂いがするんだぜい」
「焼き菓子…?」
 当麻は土御門の言葉に一瞬首を傾げるも、すぐに何か気付いたようで「ああ」と両手を打ち鳴らした。ちなみに土御門が前から当麻を抱きしめる格好になっているため、当麻の両腕は相手の背へと回されるような形になっている。
「それはだな、ついさっきウチの食欲少女に三時のおやつをせがまれたからだ。ちなみに作ったのはホットケーキ。普通の食事ならまだしもこのお気楽学生生活な上条さんに高度な焼き菓子作製テクニックなんて備わってませんの事よ」
 からりと笑い、当麻が告げる。
 先刻、この部屋の隣にある上条宅では居候少女インデックスの希望により大量のホットケーキが焼かれたのだった。バター、ハチミツは勿論のこと、チョコやアイスクリームまでトッピングして、純白のシスターさんは非常に満足そうな顔をしていた。おやつを終えた現在は愛猫スフィンクスと共に午後のお散歩中だ。それゆえに当麻がこうして隣人を訪ねることが出来、あまつさえ突然の抱擁を許容出来ているのだが。
 未だ玄関先に立ったまま当麻が説明を終えると、それまで黙って聞いていた土御門がぐりぐりと額を押し付ける力を強くして小さく呻り出す。何事かと当麻が驚きと声を上げる。すると土御門は動きを止め、ただし首筋に顔を埋めたままボソリと呟いた。
「……ずるい」
「へ?」
「インデックスだけずるいにゃー。オレもカミやんの手料理が食いたいんだぜい」
「手料理っつってもそんなに大したモン作れねーって」
 つーかさっきも言ったように俺が作ったのは簡単お手軽ホットケーキだし? と続けながら、当麻の指が短い金髪を梳く。その感触に土御門は昼寝をしている猫のように目を細めるが、それでも思いは晴れないらしい。今度は自身の長い腕を当麻の腰に巻き付かせ、ぎゅっと身体を密着させる。
「っと、おいこら土御門!」
「カミやんの愛が足んないにゃー。ってな訳で補給中」
「何が『ってな訳で』だ。まったく」
 愚痴る当麻の表情は、言葉に反してとても穏やかで、決して嫌がっている訳ではないことが判る。
 土御門は腰に腕を回したまま顔を上げ、そのまま当麻の穏やかな表情を覗きこんだ。薄い色のサングラス越しに視線が交差し、どちらともなく口元には弧が描かれる。
「カミやん、キスしていい?」
「それも補給か?」
「かもしんないにゃー」
 ニッと笑って土御門が距離を詰める。元より僅かしかなかったそれはあっという間にゼロとなり、二人の唇が重なった。
「、ん……」
 目を閉じて受け止める当麻に土御門は視線だけでフッと笑う。
 ややもしないうちに時間と場所を考えて深くはならなかったキスが終わり、土御門は最後にペロリと当麻の唇を舌でなぞって数センチの距離を取った。
 その舌に残るはホットケーキに掛けられたであろう甘い甘いハチミツの味。
「ゴチソウサマ。とってもおいしかったぜよ」
「なっ…!」
 土御門の言い様に、当麻が顔を赤く染める。そんな恋人の愛らしい変化にくつくつと喉を鳴らして笑い、土御門はもう一言だけ付けたした。
「さっきのずるいってのは撤回。どんな甘いお菓子より、こうしてカミやんと触れ合ってる方がずっと甘くておいしーにゃ」