「ねえ、黒崎サン」


俺は知っていたんだ。


「アタシに黙っていなくならないでください」


力なく笑ったアンタの悲痛な想いも。
大切な人を護れなかった後悔の念も。


知っていたのに、俺は、きっと、





Desire of the truth,word of the lie





「いらっしゃーい、黒崎サン」

夏休みも最後の日。
一護はまた、浦原商店を訪れていた。

「おう、邪魔するぜ」

明日から、こうやって会える時間が少し減ることがとても悲しく思える。
そんな感情が自分の中に浮上したことに一護は苦笑した。
自分は、こんなにも、この人が好きなんだ、ということを再認識したようだった。

「その後、どうっスか?」
「別に、特に変わったことはねえな。変わらず代行だってやってるし」

一護の答えに浦原は苦笑した。
自分が聞きたかった答えとは別のことが返ってきてしまった。
しかし、裏を返せば本当に何も起こってはいないのだろう。

「なんだよ、違うのかよ」

そんな浦原に気付いて一護は言った。
ムッとして見つめる一護が可愛くて、浦原は笑った。

「いーえ、そういうことじゃないんスよ。相変わらずだなーって」

一護は首を傾げる。

「まあまあ、折角来たんスから、お茶でも淹れてきますね」
「アンタが淹れんの?」
「失礼な。アタシだってお茶ぐらい淹れますよ」

一護の言葉に苦笑しながら立ち上がると、浦原は部屋を出て行った。

浦原の部屋に、一護一人取り残された。
そこで、やっと詰めていた息を吐き出した。

「よかった……」

先程の浦原の質問の真意は一護は本当はわかっていた。
ただ、心配をかけたくなかったから。
それが本当はダメなんだってわかっているが。
それでも、自分は浦原を護りたいだけなんだ。

「黒崎サン?」

何時の間にかお盆を持って立っている浦原が一護の名を呼んだ。
そこでハッとして頭を振った。

「何か考え事でも?」
「あー、大したことじゃねぇよ」

その言葉に浦原は「そう…」としか言いようがなかった。

二人の間になんとも言えない沈黙が流れる。

「あの……浦原さん?」

その沈黙を破ったのは一護だった。

「俺、何か怒らせるようなことした?」

一護の瞳は不安で揺れていた。
クスっと浦原は微笑んだ。

「どうしてそう思うの?」
「え?…だって、戻ってきてから何も言わないし」
「だから?」
「俺、何か変なこと言ったのかなって……」

普段は大人びて見える一護も、今じゃあ実年齢より幼く見えるかもしれない。
不安そうで、でも瞳は真っ直ぐで。
そんな表情をさせているのは、自分だと思うと少しばかりの優越感を味わえる。

「黒崎サンは何かアタシを怒らせるようなこと言いましたか?」

浦原の問いに一護は首を振る。

「ならいいじゃないっスか」
「でも!何気ないことが傷つくことだってあるから……」

先程の沈黙がよほど辛かったのだと思える。
何故、なんてわからないけど、浦原にはわかるのだ。

「そうっスねー……別に怒ってたわけじゃないんスよ」

宥めるように優しく言った。
自分でもこんな優しい声が未だに出るのだと思うと笑えた。

「じゃあ、何で喋らなかったんだよ……」

正直言って、今までだって沈黙が続くことがなかったわけじゃない。
でも、それはお互いにとっても心地よく感じられるもので。
居心地が悪いなんてなかったんだ。

だから、一護は戸惑った。

今の関係を崩してしまうんじゃないかって。
自分はやはりあの人の代わりにしか過ぎないんじゃないかって。

嫌なことばかり浮かんでくるのだ。

「黒崎サン、また変なこと考えたでしょ?」
「……変なことじゃない」

思わず一護は俯いてしまった。

「変なことっスよ。『自分は代わりなんじゃないか』って思ったでしょ?」

図星だった。

「何度も言いますが、黒崎サンを代わりだって思ったことは一度ありません」
「でも、俺は………」
「どうして其処に行き着いたかはわかりませんが、何度も言ってるじゃないっスか」

今度こそ、一護は浦原を怒らせてしまったと思い、目頭が熱くなった。
そんな一護を見て、浦原はため息を吐いた。
またそれで、一護はビクッと肩を震わせてしまった。

「あの子は死んだんです、もういないんスよ。代わりなんて何処にもいない」

その言葉が痛くて痛くて。
浦原の過去の傷をまた自分が抉ってしまったと思うだけで、もう一護は顔を上げれなかった。
しかし、浦原はそれを許さなかった。

「よく聞いて、黒崎サン」

両頬を両手で掴まれ瞳を合わさせられる。
綺麗な翡翠色には、一護しか映らない。
「君は『黒崎一護』、死神代行で、家族思いで、優しくて、可愛くて愛しいアタシの恋人」

一護は声すら発することができなかった。

「それだけじゃ、駄目なんスか?代わりとか関係無しに、君を愛してはいけないんですか?」

琥珀の瞳から雫が落ちる。
浦原の手を濡らすように、零れては、落ちていく。

「ご、めん、……ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい…」

瞬きをする度に雫は落ちる。
浦原は、ただ、一護を抱き締めることしか出来なかった。

紛れもなく、泣かしてしまったのは浦原自身だったから。
感情に任せて言ってしまったことに、取り返しはつかない。

「黒崎サン……」

こんなにも、愛しているのに。
こんなにも、愛しいのに。

「…浦原、さん」

信じているのに。
どうして、自分たちはこんなことになってしまうのだろうか。
想いは同じなのに、どうしてこんなにも。

「ねえ、大丈夫だから。今のアタシを満たせるのは黒崎サンだけだから」

あやすように背中を撫で、一護をきつく抱き締める。
一護はギュッと浦原の羽織を握り締めた。

「ご、めん……」
「うん、わかってる。わかってるから、もう泣かないで」

そっと、涙を拭ってやる。
真っ赤な瞳は力なく、眉間の皺も今はなかった。
苦しそうな表情の一護を浦原はどうすることもできなかった。

「泣かないで、黒崎サン」

ただ、抱き締めて、声をかけてあげることしかできない。

「うらはら…さ、ん」

一護の手が浦原の顔に伸びる。

「黒崎サン」

泣きたいのは浦原だったのかもしれない。
一護の手を握り締めて、浦原は名を呼び続ける。

「ごめんね、ごめんね……」

今度は浦原が謝罪の言葉を言う。
それが、何に対しての謝罪なのか、浦原自身も定かではない。

この愛すべき存在を傷付けてしまったことへのものなのか。
原因を作ってしまったことへのものなのか。
これから起こる、未来へのものなのか。

どれだとしても、一護の人生を狂わせてしまったのは浦原だった。

「…浦原さん」
腕の中の存在を手放さなければならない、悲しさか。

「ねえ、黒崎サン」

自分でも、わかっている。
こうなることは承知で、利用したのだから。

「アタシに黙っていなくならないでください」

だから、せめて、約束して欲しかった。
二度とあの喪失感は味わいたくないんだ。

「……おう」

そんな約束だけで、浦原は幸せに笑ってくれるのだろうか。
でも、自分はきっと護ることはできない。
もう既に、決めてしまっているから。

後悔だけは、したくない。

大切な人を、二度と失わないように。

「愛しています、黒崎サン」

ただ、この人が笑っていてくれるなら。
ただ、この人が幸せになってくれるなら。

一時の嘘だけで固めたって構わない。

「うん、俺も好き」




嗚呼、この約束を護れなかったってわかったとき、アンタは悲しむかな?

俺を愛してくれなくなるかな?

こんなにも、愛しているのに、愛してるなんて言えない俺をどう想うのかな?




もし、その時が来たとしたら、きっと、俺は―――――。









Desire of the truth,word of the lie 訳:真実の願い、偽りの言葉
























「FATALIST」の満月流留様から一周年記念フリー小説として頂戴してまいりました。

流留様のサイトで連載されている『Eternity』の番外編。
もう本当に切ないっ・・・!
護れない約束をする一護の心情がもうどうしようもなく「ぐっ」と来ます。

最後になりましたが。
流留様、この度は一周年おめでとうございます!!












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