ああどうか、神というものが居るのならば。



 まったく、世界というものは。



 お前と俺は敵。Do you understand?
 妙に発音良く呟いた彼の口元は愉しげに歪んでいた。
 嘲るかのように言い放ち、嗤ったクラスメート。
 周囲の建物は彼の霊圧でがらがらと崩壊していく。
 僕はとてつもない霊圧に中【あ】てられ、背筋にぞわりと悪寒が走るのを感じた。

「―うそ、だ…」

 信じられない、いや、信じたくない事実に掠れる自らの声を聞き、太陽の如き髪色 をした少年がくつと哂った。
 お得意の神経質な笑いでありえない事実を追い払おうと試みるが、その笑いすら込 み上げてこない。いや、込みあがるはずがなかった。
 何故なら、つい先程までライバルだと思っていたクラスメートが、世界の敵【アラ ンカル】だと、知ってしまったからだ。
 仮面の軍勢であるならば魂の基盤は死神、まだ少しだが話は通じる。破面に続き、 世界を破滅へと導きかねない集団だが、それでもまだ破面ほど凶暴性があるわけでは ない。
 なのに、目の前の死神代行(だったはずだ)は、顔の半分を仮面に覆わせている。
 よりによって、破面なのだ。
 死神の純然たる純粋の霊圧と相反して渦巻く虚の漆黒たる霊圧。どす黒く欲望ばか りが渦巻く霊圧と、彼自身が本来持ち合わせる霊圧が絡み合い、複雑でものすごい霊 圧をあたりに撒き散らしていた。
 自身のクラスメートで死神代行だったはずの彼は絶対的支配者の表情でその刃を肩 に担ぎ、口端を吊り上げたまま、こう宣【のた】もうた。

「うそ、じゃねえよ。まあ尤も俺は独立した先天的な破面だから、俺からしてみれば 尸魂界も仮面の軍勢も―藍染率いる破面も、みんな敵なんだけどな」

 霊圧だけで近辺を破壊していくその姿。嗤いながら少しずつ近寄ってくるクラスメー トの姿は、世界にただ一つ残った純粋な"悪"だということを、脳内が知らせてくる。
 それを理解した途端に本能レベルでがたがたと震え始める体をとめることなど出来 はしない。
 圧倒的な存在感を周囲に撒き散らしながら、ほんの少しずつ近づいてくる。
 半径三十メートルは立ち昇る濃厚な霊圧、そして彼自身の強さ―。
 立ち向かうことなど、出来るはずがない。
 彼が一歩ずつ近づいてくるたびに、この身に刃のような鋭さの霊圧が襲いかかって くる。ぴしりぱしりと音をたてて裂けてゆく手足や首の肌が恐ろしかった。そこから 流れだすはずの血は外側からの霊圧の圧迫で流れ落ちることなく傷口に留まったまま で、しかも圧迫されているせいか何だかわからないが、痛みは皆無だ。
 僕は初めて彼を恐ろしいと思った。
 こんな感覚も初めてだ。感覚を麻痺させるくらいの恐怖というのを、初めて感じた。
 恐怖に痺れて感覚を捉えられなくなった脳がぼんやりとそんなことを考える。
 がたがたと痙攣したような大きな震えはとどまることを知らず、額を流れる冷や汗 もとまってくれない。
 押しつぶされそうな重圧に息を荒げさせられる。

 春の日差しのような暖かで柔らかな優しさと気配を持つはずの彼からは考えもつか ない阿修羅のような姿で、気安く喋りかけてきた。

「逃げねぇの?」

 一歩、また一歩と。
 体にかかる重圧が、近づかれるたびに大きくなる。

「それとも、逃げる気がねぇの?」

 また一歩、歩み寄ってくる。細い足を踏み出して。

「あるいは、逃げられねぇのか」

 喉は何かに潰されたように声を発することができす、返事はできなかった。
 彼は目の前まで来たところで僕の首筋にひたりと冷たい漆黒の刃を押し当てる。
 刃にまで霊圧を纏わせたそれは僕の頚動脈のすぐ近くを掠め、そこの皮膚も裂いた。

「…ッ」

 ひゅっと息を呑むと、吊り上がっていた口端が、尚愉しげに吊り上がった。同時に 瞳が眇められる。 

「―大丈夫。今は殺【や】る気が起きねえから、殺さねえでいてやるよ」

 そうして言外に"お前の命なんていつでも奪うことが出来る"と言うのだ、瞳の冷た さを押し隠したまま嗤った彼は。
 その彼は口元を歪めたまま刃を引き、細身で漆黒の刀をいつもの大刀に戻し、背中 へと戻した。
 途端に周囲に渦巻いていた霊圧は掻き消えたように消失し、彼の口元も、学校で見 ているものに戻る。
 霊圧から解放された自らの体と精神はもはや立っていられる気力もなくし、妙な浮 遊感に任せ、地面にがくりと膝をついた。
 こめかみを流れつたう汗がひどく鬱陶しい。
 酷い重圧から解放された今も尚体は小さく震え続けた。その事実に歯噛みするなど という気は一切起きない。
 "いつもの"彼に戻った彼は、もう僕に興味をなくしたかのように踵を返し、既に歩 み始めていた。
 変わらぬ「日常」へと戻るため。
 そう理解【わか】った瞬間、意識が混濁し、僕は暗闇へと沈んでいった。




 窓から差し込む光にぼうっとしたままあたりを見回すと、そこは見慣れた自分の部 屋だった。

「………」

 あれは夢、だったのだろうか。
 それにしてはやけにリアルで、しかも信じがたく、彼を侮辱したものだった。
 状態を起こして体のあちこちを見回してみても、霊圧によって裂けた肌の傷はどこ にも残ってはいない。
 黒崎の霊圧によって傷つけられた体が本物であれば夢か現実か区別がつくはずだと 思っていたので、やはりあれは夢かと、内心でとても安堵した。
 黒崎が先天的な破面だなんて、しかも今にでも僕達を殺すことが出来る力を持って いるだなんて、何を馬鹿げた夢を。
 そう嘆息し、床に足をついて壁際にかけてあった制服を手にとった。
 休日明けの一日目がこんなに嫌なものだと初めて知った。今日は学校へ行きたい気 分ではない。
 再び嘆息し、パジャマ代わりに着ていた服を脱いだ。

 ―事実、彼が破面だとしたならば、僕達はどうしようもないだろう。あれほどの力 を彼が持っていたとしたなら、僕達は、彼に破壊される道しか残されてはいない。
 そう思いながら、制服に腕を通した。

「おーす石田」
「…ム」

 その声に思わずびくりと肩を震わせて振り返ると、肩に鞄をかけたままの黒崎がい つもの表情でそこに居た。昇降口で一緒になったのだろうか、後ろには茶渡くんも居 る。
 夢か現か判別のつかぬあの出来事を忘れられない僕が、黒崎に対して如何していつ もと同じ態度をとり続けることが出来ようかと自問する。
 平常心平常心と心の中で唱えながら、お早うと言葉少なにそれだけを言い返し、肩 にかけていた鞄を机の脇にかけた。
 黒崎はそのまま自らの席へといってしまったが、何やら僕を後ろからじっと見てい た茶渡くんがぽつりと呟いた。

「…石田、左耳の後ろに…」
「―何だい? …何かついているかな?」

 茶渡くんが見ているであろうそこに手をのばすと、細い筋のようなものあって、指 で辿るとびりっとした痛みが走った。次いで、指先が濡れた感触もする。
 瞬間、脳裏に思い出されるのは恐怖しか植えつけられなかったあの出来事。
 黒崎の霊圧で裂けた自らの肌。あのときは霊圧に圧迫されていたようで血は出てい なかったけれど、赤く筋が入ったようにぱっくりと割れてしまっていた。
 傷口を辿った指を恐る恐る見てみると、そこには赤い液体がついている。
 心臓がどくりと嫌な音をたてた。
 …これ、は―……!
 どくどくと不整脈を打ちはじめる心臓をそのままに勢いよく後ろを振り向くと、ちょ うど一時間目の準備をしている黒崎と目が合った。
 僕にしかわからない程度に、彼の口角がほんの少しだけ吊り上がる。
 柔らかな瞳の光の奥にちらちら揺れている本性の影は酷く冷たく愉しげで、それは、 まるでお気に入りの玩具を見るかのような視線なのだ。

「―…っ…」

 僕は、自分達は彼に破壊される運命しか残されていないらしいということに、気付 いてしまった。


 ああどうか、神というものが居るのならば。








−END−
























双間様コメント(あとがき)


 物事の終わりというのがどうにも苦手でいつも尻すぼみになってしまうのです。

 生まれながらの破面という設定にも萌えてしまい、今回は一護で採用しました。ご めんなさい。ごめんなさい。


Q1、石田の耳の後ろ以外に傷が残っていなかったのは何故ですか?

A1、石田が気絶したあとに一護が治してあげました。わざとそこの傷だけ残して他

は全部直した彼はわざと石田が気付くように一つだけ傷を残しておきました。


Q2、何で石田は自分の家に戻ってたんですか?

A2、自分の事情を全て知ってる浦原に任せました(一護が)。


Q3、全体的に意味がわからないのは何でですか?

A3、力量不足ですごめんなさいすみません(土下座)。





華糸コメント


『A定食』の双間暁様から頂きましたv

一護が素敵過ぎます・・・!(悶絶)

「純粋悪」「先天的破面」という設定にもバッチリ萌えさせて頂きました!!

いっそ殺されても良いので、そのご尊顔を拝みたいです。至極真面目に。

そして実は浦原さん、(裏方で)一護に使われてるんですね!?(笑)

気まぐれで『生かした』一護と『生かされた』石田のこれからも気になりますが、

一護とその事情を知っている浦原の二人の関係も気になります・・・!

一護にとって浦原は仲間?それとも使役の対象?妄想が膨らみますvv


双間様、この度は素敵な「気まぐれ一護小説」をありがとうございました!!












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