『つかれた』 と、いつもよりも深い渋面で言うなりパタリと店先で倒れるものだから本当に驚いた。 電池が切れてしまったように動かなくなった一護が店先の床に落ちる前に抱きとめると、これまた驚いたことに彼は・・・・・・寝ていた。 「・・・・・・」 どうリアクションしたものかと一瞬逡巡した後、周りには誰も居ないことを思い出しそのままヒョイと抱き上げて仕方なく自室に行くことにした。 いいんだか悪いんだか、こんな時に限って誰も居ない。 両手が塞がってしまったので彼の鞄はそのまま店先に落ちたままだったが、それは後でどうにでもなるだろう。 キシキシと僅かに軋む床をわざとゆっくり歩み、開け放たれたままになっている自室へ入る。 彼は自分の腕の中で大人しくしていた・・・というか意識もないのだからあたりまえだが。 これで意識があったら真っ赤になってギャーギャー騒ぐのに、変な感じだ。 意識がないときよりもあった時の方がイロイロと楽しいのに。 けど俗に言うお姫様抱っこなんて、意識があったら絶対出来ないと思う。 「全く、何なんスかね・・・」 ハァ、と息を吐き出して言う。 けれどそれはむしろ楽しげな色が含まれている。 壁を背に畳の上に座らせて、自分も屈んでから正面からじっと見詰めた。 起きている時よりも幼い顔立ち、眉間の皺が何本か減るだけで顔つきも随分変わるのに勿体無い。 それがなければ学校でも随分モテるだろうに。 ・・・・それはそれで嫌だが。 あー、でも可愛いなァ。 可愛い、可愛い。 起きている時はもっと可愛いけど、口に出すと本気で殴られるから滅多に言わない。 今日みたいに学校帰りに寄ってくれるのが嬉しくて、最近は毎日が楽しい。 それもこれも全部、全てにおいてイレギュラーすぎる彼が悪い。 まだ十数年しか生きていない人間の子供の癖に霊力は計り知れないし、まっすぐで正直な生き方や意外と聞き分けのないところ。 何に対しても真剣で、一生懸命。 自分を惹きつけてやまない彼は、自分にはないものばかりをもっている。 だからこそ、相対する属性の生き物だからこそ惹かれるのかもしれない。 「黒崎さん、起きないと襲っちゃいますよ」 ケタケタと笑いながら頭の上にポン、と手を乗せた。 ゆっくりと撫ぜても反応はなかった。 差し込んでくる光にオレンジ色の髪が透けてとても綺麗だ。 本当に襲う気なんてなかったのに、無防備な顔を見ていると言葉のまま、本能のままに貪ってしまいたくなる。 つかれた、なんて何があったんだか。 寝ているというよりは気絶していると言った方が適切のような気もするが、一定のリズムで上下する胸と細い息で深い眠りに落ちているのだと分かる。 ああ、そういえば昨日学校行事の仕事を無理矢理押し付けられたとか言っていたような気がする。 めんどくさいとか、サボろうかとかボヤいていたのに結局はやってしまったのか。 責任感が強いというのも得ではない。 周りが仕事を放棄しても一度請け負ってしまったら最後までやり通すのが彼の流儀だ、今日もそんな調子だったのだろう。 いい所ではあると思うけれど、倒れるまで必至になるなんて本当に・・・・・・彼らしい。 しかもそんなに疲れているのにわざわざ寄っていってくれるなんて、ちょっと嬉しい。 自分に会いに来てくれたのかな、と思うと自然と顔が綻ぶ。 たったそれだけのことで有頂天になってしまうのだから、お安いことだ。 「ニヤニヤしおって・・・気色悪いぞ、喜助」 ピン、と張った水が風に揺れたような感触。 声の方向を見れば夜一が悠然とこちらに歩み寄ってくる所だった。 「今は何言われても気にしませ〜ん」 夜一曰く、『気色悪い』笑顔を一杯に広げて言った。 口元に扇子を当てて隠す。 そんなことを言われたくらいでは収まり様もない笑み。 夜一がわざとらしく重い息をついたのもさらりとかわす。 「一護もかわいそうにな」 何が、とはわざと言わず夜一は意識のない一護の膝の上に飛び乗った。 「ホントにねぇ。アタシみたいのに捕まっちゃって」 「時間が戻るならもっと早くに一護にこんな男は止めておけと忠告できたものを・・・」 「もう無駄ですよ、絶対離しませんから」 柔らかい風が庭の桜を運んでくる。 こんな天気のいい、暖かい日に愛しい人と一緒に居られるだけで幸せ。 安上がり、けれど最上級の幸せ。 「当たり前だ、離したら殺すぞ」 「承知してます」 フワフワと舞ってきた桜が一護の頭の上に止まった。 それを払って口付けると、太陽と花の匂いがした。 とても幸せな、春の日。 |