最近、気になる事がある。 いや、気になる人がいる。 目の前に居れば、つい、目で追ってしまう。 離れてる時は、いつも、頭の片隅で考えて。 四六時中とはいかないけど、ふとした瞬間に、 気になってしまう人がいる。 その人は、大人で、常に飄然とした笑み浮かべてるような人で、 オレのようなガキさえ、ぞんざいな言葉は言わなくて、 いつだってなんともない顔で手助けしてくれて、ついでに冗談も言ったりして… だけど時折、とても静かな目で、寂しそうに微笑うから。 それなら、オレは、傍に居たいと思った。 オレで構わないなら、傍に居続けたいと思った。 同性の大人なのに、どうしてかオレは、 "護りたい"と、思ってしまった。 この想いは、なんなんだろう。 「どうしたもんかな…」 思わず漏れた一言は、自分が思うより深刻そうに聞こえた。 「なにがっスか?」 目の前の男が、オレの一言への返事をした。 この部屋の主の、変わり者。 目深にかぶった帽子と、時代錯誤ぎみな服装。 いかにも胡散臭さが漂っているけども、 実は整った顔立ちをしてたりするのが、ズルイ…気がする。 そして、オレはこの人が気になるワケで。 (本人に聞いてみたりして…) そうは思っても、どう言い出そうかと悩んだ。 「あの、さぁ…」 「はい?」 「えーっと。気になってしょうがない事があんだけど」 「はぁ。なんでしょう?」 どこまでも間延びしたテンポの会話。 だけども、どうした事か、緊張している自分が居る。 なんでだろ? どうしてオレは今、こんなに緊張してるんだろ? 浦原はコチラを向いて、オレが何を言い出すのかと待っている。 「どうしても目がいっちまう人が居るんだけどさ、なんでかな?」 考えた挙句の、単刀直入なオレの質問。 浦原は一瞬の間の後に、失礼にも笑い出した。 「何を言うかと思えば…。そりゃ、その人が好きなんじゃないっスか〜?」 (滅多に無いくらいに笑い飛ばしてくれやがって…) でも、それが嫌じゃない。 それに、浦原のくれた"答え"にも、違和感がない。 パズルのピースが、はまったように。 『そうか、オレは浦原が好きなのか』みたいに、率直に思った。 「黒崎さんもお年頃っスもんねー」 まだ笑いの気配を漂わせながら、浦原はそんな事を言う。 オトナがコドモを笑う時の、ムカつくけど少し優しい目をしたままで。 もう一人の当事者になるなんて、考えてもないんだろうな。 「言った方がいいかな」 アンタに、この、形を得たばかりの言葉を。 「ああ、まぁねぇ…若いウチは勢いも大事っスからね」 完全に他人事だと思ってる態度を、覆してやろうじゃないか。 「じゃあ…浦原さん」 「はい?」 居住まいを正して呼びかけたオレに、浦原は不思議そうな目を向けた。 「ずっと、浦原さんが気になってしょうがないんですけど。どうすればいいと思いますか?」 なんだか、自然と敬語になってしまってるのが、自分でも可笑しい。 それよりももっと可笑しいのは、浦原の表情。 口をポカンと開けて、瞬きも忘れてるんじゃないかって程の驚きよう。 「あのぅ、本気で言ってらっしゃいます?」 オレは深く頷いて肯定した。 浦原は、本物の子供にするようにオレの頭を撫でる。 「伝染っちゃいましたかね?」 「は?」 オレの頬に、浦原の掌が触れる。 思っていたよりも、それは大きい。 「気になるのは当たり前っスよ。だってアタシが気にしてるんスから」 いつだって必ず目が合ったのは。 いつだってタイミング良く、逢いたい時に逢えたのは。 つまりそういう事だったって? 「アタシの"好き"が、キミにも伝染っちゃったんスねぇ」 「伝染った…?」 オウム返しのオレの言葉は抑揚もない。 ただただ、驚いてしまってる状態がそのまま表れてる。 浦原はオレの頬に置いた手を離し、そしてまたその手でオレの手を取った。 温かい手は、嘘みたいに柔らかく包み込むような仕草で、 なんだか大切な物でも扱うようで、そこにあるのが自分の手じゃないみたいだ。 「あのねぇ、アタシはキミが好きなんですけども、どうしたらもっと好きになってくれますか?」 さっきのオレの質問への、意趣返しにも似たその言葉は、 だけどちっとも意地悪なものなんかじゃない。 本当にそう思ってくれてるって、判る、声をしている。 「…なんにもしなくたって、オレは好きだよ」 「そうっスか」 噛み締めるみたいな呟きに続いて、オレに降って来たのは、 眼差しよりも、しなやかなキス。 |