Dear My Brother !!







「兄さん、歌の練習しよ!」
「ごめん今ダッツの時間。クッキー&クリームが放してくれないんだ」
「擬人化!?」

「兄さんちょっとヘルプ!リンとレンが……!」
「ミク頑張れ! 今こそ先輩ボーカロイドとしての威厳を見せるときだ!」
「口元にアイスつけてる兄さんが言っても説得力に欠けます!」

「カイト兄さーん、マスターが来なさいって」
「このアイス食べ終わってから行きますって伝えといて」
「えー……ってデカ! それ2リットルアイスでしょ!? お腹壊すよ!!」









「カイト兄さんのばかーっ! アイス至上主義者ーっ! アイス崇拝者ーっ! どうせあたしはアイスよりランク下ですよ! 兄さんなんかアイスでお腹壊しちゃえばいいんだ!」
「本当にそう思ってるの?」
「……お腹壊せってのは嘘だけど」
 ぼそりと答えるミクにメイコは「はぁ」とやや大げさな溜息をつく。どうやらこのブラコン気質を持つ妹は、何度も何度もアイスが理由で兄とまともに接する時間が得られないという事態に相当なストレスを抱えてしまっているようだ。少女の兄―――カイトのアイス好きは今に始まったことではないのだが、最近は何かとタイミングが悪いのか、ミクが兄に構ってもらいたい時間とカイトがアイスに舌鼓を打っている時間が重なっていたのは事実である。
 メイコの視線の先で目尻に涙を溜め頬を膨らませる妹は、とてもじゃないがボーカロイドの火付け役となった「初音ミク」とは思えない。つまりはそれだけこの少女が兄に好意を持っているということなのだが……。おかげで何かある毎に愚痴られる方としてはあまり嬉しい事ではないわね、とメイコは胸中でのみ呟いた。口に出さないあたりが年長者としての思いやりである。そしてアイスにばかり気を取られて妹を構ってやらないカイトは、メイコからすれば少々…いや、かなり年上としての自覚が欠けているように思われる。しかし、それがまたカイトの愛される要素の一つである事は確かだ。だからこそミクも兄に直接「アイスよりこっちを見て!」なんて主張が出来ないのだろう。
「涙目で唸るのはもうそろそろやめなさい。あと少ししたらマスターの所にいかなくちゃいけないんでしょ?」
「うん」
「久々にカイトと練習するって前もって決めてたんだし」
「そうだけど……」
 またお兄ちゃんアイス食べてて遅れる気がするんだもん、と俯きながら喋るミク。最近の連続敗北(何に負けているのかといえば、もちろん「アイスに」である)が相当こたえているらしい。
 だがここで妹の復活を諦めてしまってはボーカロイド・メイコの名が廃る! そしてそんな思いを抱いたメイコを神は見捨てなかったようだ。
 ふとミクから視線をずらしたメイコが見たのは、幸せそうな顔の(きっと先刻までアイスを堪能していたに違いない)カイト。一か八かだと呟いてメイコはカイトを呼び止めた。
「なに? メイコ」
 とてとてと近寄ってくる弟をじとっと見据えながら指で示すのは、愛しの兄の接近にすら気付けずに唸る妹。
「ミク、どうしたんだい?」
「っ! に、兄さん!?」
「具合でも悪いのかい? だったらマスターに言って今日の練習はお休みに……」
「え、」
「ちがうっつの」
 ばしんっ! と小気味良い音を立ててメイコがカイトの頭をはたく。妹と姉に交互に視線をやって目を白黒させる弟に「これだから自覚のない奴は……」と内心呆れつつ、呼び止めた本来の目的を達成すべくメイコは言葉を続けた。
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「な、なんでしょう。メイコお姉さま」
「畏まらないでよ。もう叩かないから」
「う、うん。で、何?」
 まだいくらか怯えられているが、これ以上待っても時間の無駄だろう。仕方が無いので一つだけ溜息をついておく。
「カイト、最近ミクと一緒に練習したり遊んだりしてた?」
「して……あれ?」
「してないでしょ。ミクが誘ったときはアイスに夢中だったっていうじゃないの」
「すみません」
「謝るならミクにね。……で、この際だからハッキリさせておきたいんだけど、」

「あんたは妹とアイス、どっちが大事なの」

「メイコ姉さん、それ直球すぎ……!」
 アイスと比較されてうろたえる妹を見ていると何故だが物悲しくなってくる。普通は同列に並べるべくも無い存在であるはずなのに。しかし比較された方がそうなってしまうほどカイトはアイス万歳ボーカロイドなのだ。うん、その辺りはすでに色々と諦めがついている。
 閑話休題。
 どうせアイスって答えるんだー…と密かに落ち込む妹を気配で感じつつ(そんな弱気でどうするの!)、メイコは「突然だねぇ」と笑う弟から視線を外さない。ここでこのアイス信奉者が妹とアイスのどちらを取るかでミクの復活か否かが決まるはずなのだから。
「カイト、どっちなの」
「どっちって……」
 もしかしなくても迷ってる? そんな兄の反応に妹が纏う雰囲気は更に暗さを増す。見ているメイコとしても焦りが生じる。
 しかし直後、メイコはそれが杞憂であることを知った。
「そりゃあもちろんミクだよ。ミクは僕の可愛くて大切な妹だからね」
「ッ、兄さんっ!」
「……よし」
 一瞬にして元気になった妹を眺めながらメイコは小さく頷く。どうやら思惑は上手くいったらしい。カイトの方はいまいち状況が呑み込めていないようだが、抱きついてきた妹を抱きしめ返して微笑んでいるので問題無い。
「まったく……愛されてるわね、カイトは」
 ちょっとした行動でミクを落ち込ませ、またたった一言で彼女を元気にしてしまえるのだから。
 微笑ましい抱擁を続ける二人を眺めながらメイコはうっすらと笑みを浮かべた。








2008年3月発行の某オフ本から再録。