鎖に繋がれた女王様
長さは大体5メートル。金属製。 動かせばチャラチャラと音がして少々五月蝿い。 一端は床に金具で固定されて、もう一端は俺の手首に。 これはそう。紛れもなく手錠、だった。 (何でこんな事になったんだっけ?) 左手首に嵌った捕らえるための道具を見つめて自問する。 大きめの窓からは硝子越しに燦々と太陽の光が降り注いでいるが、このところ直接その光を浴びた記憶が無い。 いつも光は窓越しで、そしてこの部屋の中だけだった。 トイレと風呂はこの部屋に隣接していて困る事は無い。 着替えも毎日出来るし、手錠が邪魔にならないようなデザインのものが用意されている。 飯も三食きちんと与えられて、俺は何不自由無い生活を送っていた。 (まあアレだ。人間として色々尊厳の問題とかそんなところが異常だな。) 学校には行っていない。行かせてもらえない。 一日中この部屋にいて、起きて飯食ってテレビ見て本読んで。 音楽聞いてゲームして気まぐれで参考書も開いてみて、やる事が無くなったらまた寝る。 そんな生活を繰り返すようになってもう一ヶ月以上経つ。 俺を此処に捕らえた人間は元々俺の知りだった。 だからこの部屋・・・というかアイツの家に案内されたときも何の疑いも無く笑っていられたんだ。 それがまぁ何と言うか、気付いたらこのざま。 当初は驚いたり怒ったりしてみたがそれも飽きてしまった。 この狭い世界で一日中過ごして、夜になったら帰ってくるアイツを迎えるのが今の俺の生活。 代わり映えの無い、そして面白みの無い現状は、しかし俺の力では変えようが無く、仕方が無いのでそれを甘んじて受けるしかなかった。 まだ日は高い。だからアイツも帰ってこない。 テレビは毎日同じ事を繰り返し、漫画もゲームも飽きてしまった。 (また新しいの買って来させねえと。) つまるところ、俺は酷く暇なのである。 左腕を持ち上げる。シャラシャラ、チャラチャラと音がする。 長く伸びる鎖を掴む。両手に持って首筋に当ててみる。 ひやりとした感覚が伝わってきて反射的に鳥肌が立った。 これで首吊って死んだら、アイツはどう思うんだろう。そんなことを考えて俺は小さく頭を振る。 死ぬなんてそんな、ありえない。 学校には行けないし友人にも会えないし、家族の声すら聞けないけれど。 酷い事は何もされて無いし生活は保障されているし、アイツはとても優しいから。 「阿呆らし・・・」 呟いて、俺はベッドの上で横になった。 カチャリ、と玄関の鍵が開けられる音。 うつらうつらとしていた頭にそれは存外響いて、ゆっくりと目を開ける。 どうやらアイツのご帰宅らしい。 手元の時計で確認すれば針は午後八時を示している。 窓の外は既に暗く、灯りをつけていなかった部屋は薄らとした闇に沈んでいた。 俺はベッドから起き上がり壁のスイッチを手探りでオンにする。 途端、眩しくなった室内に目を細めてから、扉の方に視線を定めた。 視線の先で扉が開く。 鍵が掛かっていないそこは何の障害も無くスムーズに外と中を繋げた。(鍵が掛かっていないのは、俺が逃げ出せるほどの長さがこの鎖には無いからだ。) 「おかえり。早かったな。」 「おう。・・・って、お前もしかして寝てたのか?」 「あー?ああ。わかるか。」 帰って来た赤髪の同居人(いや、監禁してるから犯罪者か?)に指摘されて俺は目をしばたかせる。 たぶん寝ぼけた顔してんだろうなぁと思いながら近寄って「暇だったからな。」と付け加えた。 俺が歩くのに従ってチャラチャラ音を立てるのは左手首から伸びる鎖だ。 異様な光景にもかかわらず、しかしこの目の前の男は気にした風もない。 さすが俺をこんな目に合わせている張本人だ・と言っておいてやろう。ヘタレだがな。 「何か新しいゲームか本でも買ってこいよ。もう全部飽きたっての。」 「悪ィ悪ィ。んじゃ明日にでも帰りに買ってくっから欲しいものあったら言っておいてくれ。」 「りょーかい。・・・って、何してんだ恋次。」 気付けば、こちらも近寄って来ていた恋次が俺の頭に手を乗せていた。 10センチほどある身長差がこんなときに目立つから何かムカツク。 お前、俺とタメだろうが・と言いたくなる。 まぁ確かに生活環境は随分違うがな。 コイツは俺と同い年のくせにもう働いていて、しかもかなりの高給取りだ。だがそれと身長に何の関係があるってんだ。・・・と、俺は主張したい。 で、脱線しかけた話を戻して。 恋次の片手は未だ俺の頭に乗っかっている。 しかも何だか伝わってくる感じからすると・・・撫でられている? 下から睨んでやると、恋次は「睨むなよ。」と苦笑してこっちの髪を軽く引っ張った。 「寝癖がついてんだよ。」 「え、マジ?」 なるほど。だから俺が寝てたって判断したわけか。 あらぬ方向に飛んでいるらしい髪の毛を弄られながら頭の片隅でそんなことを考えてみる。 「って、オイこら。そんなに他人の頭髪を弄るな。自分で直す。」 恋次の手を振り払って俺は洗面所へと足を向けた。 背中に投げ掛けられるのはアイツの苦笑で、それが何だか子供扱いされているような気がする。 全くもって気に食わない。 笑うな!と言う意味を込めてギロリと睨んでやれば、恋次は「はいはいわかりましたー。」と非常に誠意の感じられない声音と共に両手を上げて降参のポーズを取りやがった。 「・・・ッ、・・・・・・おい恋次。」 「ん?」 わざと低い声を出して名を呼んで俺は口元に性質の悪い笑みを浮かべる。 そして訝しむ恋次を前に、俺が優位に立つための台詞を吐いてやった。 「あまり俺を怒らせるなよ?・・・あとちょっとでも俺の機嫌を損ねてみろ。今夜は『オアズケ』だ。」 「・・・!?ちょ、それだけはカンベン!!」 「聞く耳持ちません。ま、せいぜい頑張りやがれ。」 「そ、そんな!一護っ!!」 赤髪男の悲壮な叫びをバックミュージックに俺は洗面所へと篭る。 やっぱりアイツはヘタレだな、と苦笑しながら鏡の前に立ち、所々で元気いっぱいなオレンジ色の髪に水を馴染ませていった。 |