救い無き闇に沈む



















「っ・・・まえ、何やってんだよっ!」


ぐいっと力任せに引き寄せた腕には赤い筋がいくつもいくつも存在していた。
己のとっさの行動が再度深い傷を負わせなかったことに後から安堵しつつも(何せその腕の持ち主は右手に未だカミソリを持ったままだったから)、失血で青白くなってしまった腕でそこだけ嫌になるくらい赤い部分に急いで自分の頭にしていたバンダナをむしりとって押し付ける。
白かった布がじわりじわりとその色に染まっていくのを見ながら、俺は何も映していない茶色の瞳を覗き込んだ。

「おい!お前、自分が何やったのかわかってんのか!?」


返答は無し。
どこまでも澄んだ・・・そしてどこまでも静謐な瞳が人工の明かりを弾く。無機質に。

―――それはまるで、死のような。




「おいっ!おい!」

肩を掴んで揺する。脳裏をよぎったその言葉を消し去るように。

己の想像にぞっとした。
自分をも含め死神のほとんどは『死んだ』人間のくせに、どうしてそんなことを思ったのだろう。



「・・・恋次。」
「ルキア・・・?」

俺と共に現世を訪れていたルキアが口を開いた。
この光景に居合わせてからずっと閉じてしまっていた口を。

「まずは傷口を塞ぐ・・・話はそれからのほうが良かろう。」
「・・・あ、ああ。」


いつもより固い口調。
いつもより硬い表情。

彼女も一度としてこの少年のこんな姿を見たことがなかったのだろうか。


とくとくと『生』を流失させる赤い裂け目に手を翳し、ルキアは力を注ぎ込んだ。

「お前の傷を治すのはこれが初めてかもしれないな。」

そう呟いて。

















元々傷自体がそんなに深くなかった所為だろう。
ルキアの鬼道によって塞がれたそこは全くの元通りになっていた。
けれど、治療させている間もそれが終わった今も、目の前の少年はずっと同じ目をして一言も喋らず、俺たちにされるがままになっていた。



「なんで、こんなことを・・・」
「わからぬ。」


厳しい顔つきで首を横に振るルキア。
そんな彼女から視線を外し、俺は再度少年に顔を向ける。
いつものように固められているわけでもなくしなりと両目にかかるオレンジ色の髪の向こう。
茶色の瞳と一方的に視線を合わせ、俺はゆっくりとその少年の名前を呼んだ。



「・・・一護。」











「・・・一護。」











「・・・一護・・・・・・一護。」



























「いち・・・」


「れ、んじ・・・?」


「「一護!?」」

瞬き、そして幽かにだが茶色に光が戻った。


「お前!俺たちがどれだけ心配したと・・・!」
「そうだぞ、一護!貴様っ・・・一体何を考えておるのだ!?」

「・・・・・・ぅ・・・あ、ああ・・・悪ぃ・・・」



詰め寄る俺とルキアに一護が返したのはなんとも弱々しい笑顔・・・いや、こんなモン『笑顔』なんて言えねぇ。
こんなの―――


「なんてぇカオしてんだよ・・・バカが・・・!」

「・・・ああ。そうだな。・・・・・・・・・でも、」



















「今は、これしかできねーんだ。」


―――もうちょっとしたら元に戻ると思うから。




まるで既に幾度も経験してきたような物言いに俺たちは揃って息を呑む。
・・・・・・嗚呼・・・もしかしたら本当に幾度も経験してきたのか。こんなことを。



「何があったのだ、一護!・・・お前はっ・・・!こんなことを何度も何度もしてきたのかっ!?」


言葉が、思いが。
喉に詰まって言い出せない俺の代わりとでも言うように、ルキアが大声で問いただす。

しかし一護はそれを困ったように見つめ、ただただ笑顔といえない笑顔を浮かべているだけだ。









「・・・一護。」


ようやく声を出せるようになった俺へと一護が視線を向けた。
「ん?」と言う声はいつも通りのくせに表情がそれを見事に裏切って見る者の奥底に痛みをもたらす。


「一護、何があった?少なくともテメーはルキアがこっちにいた間、そんな事しなかったんだろーが。」
「そうだな。・・・そういや、小学生ンとき以来か。」

さらりと答えられた真実は再び俺たちの言葉を奪う。
一護の顔には苦笑が貼り付けられ、「そんな顔すんなよ」と。


「今日、虚を斬った後にフラフラ散歩してたら“親子”を見かけてさ。母親と小学3年生くらいの男の子。それが、」



話し出した内容はいたって普通。
語る口調も普通。

けれど、一言一言を発すたびに一護の顔から表情か抜け落ちて。



「・・・・・・・・・真っ赤に染まってた。」





・・・は?


その言い様に俺はただそれだけしか頭に浮かべられなかった。





「ホント俺が今更どう考えようとどうしようと関係ねーのは事実なのにさ、車に撥ねられた母親とそれに縋って泣いてる子供と・・・
なんか、見てたら・・・・・・・・・ッ」


「一護、だからお主は悪くないのだ。」


ルキアが静かに告げ、オレンジ色の髪をふわりと梳いた。


「お主は悪くない・・・悪くないのだ・・・」
「でもっ・・・!俺があの人・・・を・・・!」

「悪くない。誰も、悪くないのだ。」


黒崎一護の『事情』を知らない俺にとって、ルキアが言ってることもそれに対する一護の反応の意味もさっぱり意味が分からねぇ・・・が、「悪くない」と言い続ける彼女の背を俺はずっと黙って見守った方がいいのだとは思う。

そして静かに静かに紡がれる許しの中で、オレンジ色の『子供』はゆっくりと眠りの底に落ちて行った。
眉間に皺を寄せながらもいくらか穏やかな表情で。




「・・・ルキア、コイツは・・・」
「私からは何も言えん。知りたくば一護本人から聞け。」
「・・・・・・」
「ただし、もしそれで誰かが傷ついてもそれを治すことはできんからな・・・誰にも。」

―――所詮応急処置程度だ。



「ああ・・・分かった。」

恐ろしいくらい強いコイツの恐ろしいくらい脆い部分。
その一端を見せ付けられた俺は、彼を・・・そして俺自身を傷つける覚悟でその真実を聞き出すのだろうか。



















傷口は今も真っ赤な血を流し、じくじくと膿んでいる。
それはきっと永遠に―――






















勢いだけで書いた『最強少年。』設定の自傷一護!

なんかもう途中でめちゃくちゃになってしまいました(あーあ)

す、すみませ・・・!

高校生一護は(一応)自傷癖も治ってるはずなんですが、まぁこんなこともあっていいかなぁ・・・と。

あと、連載の方と矛盾が生じだすと嫌なので(なんてたってコレは未来話ですから)JUNKの方に掲載となりました。

それと一護の言う「あの人」はもちろん真咲さんです。

見かけた『母親』に真咲さんを、その人にすがり付いていた『子供』に過去の自分を重ねてしまった

(というかその所為で普段意識していないことを思い出してしまった)のですよ。

一護は自分の所為で真咲さんが死んだ(自分が真咲さんを殺した)と思ってますからね。

あ。タイトルバーの台詞「でも、死ぬわけじゃないし」は一護のです。

死ぬつもりならもっと効率のいい方法取れますからね。それに一護は肉体が死んでも死神だし。

リスカは自分への罰というか、生きていることを実感するためというか。

まぁそんな感じで発作的なモンです。ハイ。













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