「黒崎サン、どうしましょ。アタシ、永久追放になるみたいっスよ。」 唐突に自分の主がそんなことを言い出した。 でも口に出したのが突然のことなのであって、それが遠くないうちに決定することは、主も、そして自分もわかっていた。 彼の持ち得る能力のことを考えれば。 だから、一護は「はぁ」と小さく溜息をついて目の前にいつもと変わりなく飄々と佇んでいる主を見詰め返した。 そうして、静かに口を開く。 「・・・・・・どうせ刑を執行される前に出て行くのでしょう?尸魂界を。」 「ありゃ?わかっちゃいます?」 「何年貴方と一緒に居ると思ってらっしゃるんですか。」 「まぁそれもそうっスね。」 そう言って主が苦笑する。 そこで会話は途切れて、互いに相手の瞳を覗き込んだ。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 長い長い時を共に過ごしてきた相手と視線を絡ませたまま、一護もそしてその主である浦原も口を開かず、何かきっかけを待っているかのように沈黙を保つ。 と、一護が視線をそらし、格子窓から青く澄んだ雲一つない空を見上げた。 「どうせ・・・貴方は俺を連れて行ってはくれないのでしょう?」 独り言のように、ポツリ・と吐息と共に零す。 同じように空を見上げていた浦原が一護の方に向き直り、そうして少し悲しそうな笑顔で笑って見せた。 「キミを、こんなことに巻き込むつもりはありませんから。」 「四楓院家の姫君は連れて行くのに?」 空を見上げたまま、全て見通したように一護が返す。 しかも、常ならば「夜一さん」と気軽に呼んでいる四楓院家の女性当主・四楓院夜一のことをわざわざ「姫君」などと呼んでからかいを混ぜてまで。 「嫉妬?」 「そんな事ないですよ。貴方と夜一さんのことはよく知っていますから。 ただ、残された俺は後処理が大変だなぁ・・・と。つまりは俺を残していく貴方への皮肉ですね。」 言って、一護は浦原に視線を合わせ、穏やかに笑って見せた。 「すみません。」 「謝るだけで済むのなら護廷も刑軍も中央四十六室も必要ないですよ。」 ただ悲しそうに謝る浦原に、一護は僅かに眉間の皺を深くして、独り言のような、その実しっかりと浦原に聞かせるようなセリフをさらに続けた。 「ホント、大変でしょうねぇ。仕えてる人がいきなり居なくなったら。それもかなり地位の高い、いえ、その前に能力のある人物が二人も。失った物は必ず何かで埋めなくてはいけませんからね。大変だなぁ・・・俺も、砕蜂さんも。」 「うぅ。黒崎サン、そのくらいでいじめるの止めていただけませんか?」 「いじめてませんよ?俺はただ、ものすごぉく怒ってるだけですから。」 何やら放って置くと床にのの字でも書きだしそうな主に、一護はニッコリと笑顔を作って見せる。 流石に目までは笑っていなかったが。 顔は笑みの形を取ったまま、一対の琥珀は怒りではなく悲しみを湛えて無理に笑おうとしていた。 「・・・とは言ってますけど、後処理がどうのこうのって、そんな事はどうでも良いんです。 それに、一応言わせていただくと、夜一さんが貴方と一緒に行って下さるのは俺としても嬉しいことなんですよ。 一緒に行くのが紅姫だけなんて・・・そんなの、悲しすぎます。 一人でも多く貴方の傍に誰かがいてくれる、理解し合える方が居てくれることを、俺は望みます。」 「黒崎サン・・・」 「貴方は孤独を好みますけど、それでも俺は貴方が一人で居るのだと思いたくありません。 ・・・・・・・・・人は、一人では生きられませんから。」 一護の言葉に浦原は表情を崩してヘラリと笑った。 そして――― 「ありがとうございます。」 「本当に勿体無いお言葉。」 一護も微笑む。 「出立はいつ頃を予定していらっしゃるのですか?それまでにやって頂きたいことも此方で選んでおきますので。」 「えー。黒崎サンったらギリギリまでアタシに働かせるつもりなんスか?」 一瞬のうちに補佐官の顔になった一護に浦原は苦笑を返しつつそんなことを言った。 「もちろんです。発つ鳥後を濁さず・ですよ。それに―――」 いったん言葉を区切るように止めてから、一護は意を決したように真っ直ぐ主を見る。 「俺も、出来るだけ早く浦原様にお会いしたいですから。 そのためには仕事もなるべく減らしておいた方が良いでしょう?」 一護の言葉に浦原は目を見張った。 「アタシの後を追うつもりスか?アタシはキミを巻き込みたくないから今ここで・・・」 「わかってます。だから、そこは上手くやりますよ。」 その答えに浦原はただ疑問符だけを浮かべる。 一護は目の前の主の疑問に答えるように、目を閉じ、ゆっくりと言葉を紡いだ。 「要は此処から現世へ“堕ちて”はいけないだけですから。 此処から消えて、またどこかに現れるのは構わないんですよね?」 「まさか・・・」 一護の言いたいことが分かったのだろう。 浦原はハッと息を呑み、喜びと悲しみを混ぜ込んだ表情を浮かべる。 その変化を見届けて一護は膝をつき、頭を垂れた。 「どうか、百年ほど・・・お待ちいただけないでしょうか。必ず、会いに行きます。」 オレンジ色を見下ろして浦原は困惑の表情を保ったまま口を開く。 「転生の際に、魂は白紙に戻されますよ?」 「俺を誰だとお思いで?貴方に仕え続けた人間ですよ?」 顔を上げた一護の表情に名をつけるとすれば、まさに『不敵な笑み』。 それに「ああ、そうでした」と浦原も笑みを浮かべる。 「記憶を封印し、そのまま転生して現世に持ち込む。バレたら大変スねぇ。」 「バレなきゃいいだけです。」 「そりゃそうだ。」 そう言って、どちらともなく笑い声が漏れた。 そして、月日は流れ・・・・・・ 「すいませーん。此方に浦原喜助という方はいらっしゃいませんか?」 「あ、あと四楓院夜一という方も!」 ガララッと勢い良く扉が開かれ、太陽光を背にして現れたのは一組の男女。 片方はオレンジ色の髪が特徴的な15歳くらいの少年で、最初に声を発した人物である。 もう片方は黒髪の少女で、長く伸ばした後ろの髪を二つに分け、両方の先に金属製の輪をつけていた。 二人の客を出迎えた浦原商店の店員テッサイは、問われたその名にハッとし、そして「少々お待ちください」と告げてからこの店の店長を呼ぼうと踵を返したところ――― 「いらっしゃいませ。お待ちしてましたよ、黒崎サン。」 「お主も来たのか、砕蜂。またよろしく頼もうかのう。」 現れたのは帽子に深緑の上下という格好をした男性と高い位置でまとめた黒髪に褐色の肌と金眼を持った女性。 「店長・・・それに夜一殿も。」 そう呟いたテッサイに浦原は下がるように言い、それから少年と少女の二人連れへと視線を合わせる。 「お久しぶりです、浦原様。それに夜一さんも。」 「ええ。・・・って、もう様付けはいりませんよ?」 既に主従関係ではないのだからと微笑む浦原に少年――― 一護も笑みを浮かべる。 「夜一様!あ、あの。私・・・!」 「久しぶりじゃの、砕蜂。お主も一護と来ておったのだな。また会えて嬉しく思うぞ。」 「は、はい!ありがとうございます!」 少女―――砕蜂も、前世において敬愛し今もその思いを抱き続ける女性にそう言われ、これ以上ないというくらいに万遍の笑みを浮かべた。 「夜一サンんとこの子も一緒だったんですねぇ。」 その様子を微笑ましく思いながら、浦原は一護に語りかける。 すると一護は「ああ。それとな・・・」と返し、砕蜂を見て言葉を続けた。 「俺たち兄妹なんだ。」 転生してみたらビックリ仰天。 同時に記憶を封印して転生したためか、同じ黒崎家の双子として生まれたのだ・と。 似てない双子だろと苦笑する一護の傍らで浦原は一瞬言葉を失ったが、自分と同様に言葉を途切れさせた夜一を見やり、「前世はただの友人だったわけですし、本当に似てませんね」と笑って返した。 あのときから百年の歳月が流れ、そうしてまた彼らの物語は動き出す。 |