暇で暇で仕方なかった世界に ある日とても面白そうなものが舞い込んできた。 最強少年。Another Story †the first encounter† 夕日に染まる河原。 そこに一人の子供が居た。 嘘みたいに明るいオレンジ色の髪を持ち、ランドセルを背負ったまま河原を歩いている。 疲れてはそこにしゃがみ込み、そうしてしばらく経つとまた何かを探すように歩き出して・・・ 「ねぇどうしたの?」 普段なら誰が何をしていても無視して通り過ぎるはずなのに、今回はなぜかそう出来なかった。 ねぇ・ともう一度繰り返す。 するとオレンジ色の子供は突然現れた大人に驚きもせずに口を開いた。 「母ちゃんを探してるんだ。」 「お母さん?・・・ここではぐれちゃったの?」 優しく言えば「うん。」とだけ返事が返ってきた。 そうして子供は再び歩き出す。 「キミのお母さんはここにはいないと思うよ?」 母親を探しているだろう子供に、その肝心の母親らしき気配を感じられなかったため、大人がそう言えば、 子供は「だって死んじゃったし。」とポツリと零した。 「・・・え?」 子供が淡々と母の死を口にしたこと、そしてそれをわかっていて母親探しを続けることに大人は一瞬理解できず、 そう短く聞き返すしか出来なかった。 「オレ、ユーレーが見えるんだ。だから、母ちゃんをここで探してるの。」 キョロキョロと幼い動作で辺りを見回す子供。 それに大人は、なるほど・と納得した。 この子供は霊圧が以上に高い。人間とは思えないほどに・だ。 だから幽霊なんぞははっきりと見えてしまうのだろう。 しかしその霊圧の持ち主である子供の鮮やかな色に目を奪われ、先程まで大人はそのことを失念していた。 霊圧の高すぎる存在が最近――この前の雨の日から――ほとんどここに居るのに気がついて、 少しばかり気になった・・・というより何か面白いことでもないかと探しに河原まで足を運んだというのにだ。 自分がここまでやって来た理由を思い出し、大人は子供に問いかける。 「キミのお母さんが死んじゃったのはこの前の雨が降っていた日?」 「うん。そうだよ。」 返ってきた答えに大人は「ふむ・・・」と顎に手を当てた。 あの雨が降っていた日、ちょうどこの辺りで虚の気配を感じた。 しかも相当の手練だろう。おそらく死神を何人か喰っているはずだ。 その虚に子供の母親が襲われたのだとしたら――― 「・・・もうここにその人の魂はナイっスね。」 「おじちゃん、何か言った?」 大人の独り言に子供が振り返った。 「いいえ。なんでもないっスよ。」 そう言ってニコリと笑う。 「ところで、どうしてキミは死んだお母さんを探してるの?」 「・・・・・オレの・・せい、だから。オレが、母ちゃんをみんなのところに連れて行かなくちゃいけないんだ。」 「キミの?一体何が?」 “みんな”というのはおそらく子供の家族か何かだろう。 しかし「オレのせい」という奇妙な答えに大人は疑問符を浮かべる。 子供は大人のほうに振り返り、何も映っていない綺麗過ぎる琥珀色の瞳で大人を見上げた。 「オレが・・・母ちゃんを、殺したんだ。」 「まさか。」 こんな子供に母親を殺せるはずがない。 それならば――― (あぁそうか。この子は虚が見えるんでしょうね。そしてあの日、この子の代わりに母親が・・・) 子供の話とあの日に感じた虚の気配。それが繋がって大人は一人納得した。 そして同時に頭の片隅で面白いことを思いつく。 (これだけ霊力が高いなら、鍛えれば相当強くなるかも。) クスリと笑って大人が未だ母親探しを続ける子供に語りかけた。 「ねぇ・・・キミがどれだけ探してもキミのお母さんの魂はここには居ませんよ。」 「っ・・・どういうこと?」 子供の両目に動揺の揺らぎが生じた。 大人は子供に目線を合わせ、優しく微笑む。 「言葉のとおり。キミのお母さんの魂はね、虚っていう化物に食べられちゃったんです。」 「ほ、ろう・・・?」 「そう、虚。虚はね、キミみたいに霊的濃度が高い・・・つまり幽霊とかが見えちゃう人の魂を好んで食べるんス。 そして食べられてしまった魂はもうどこにも存在しない。消えてしまうんです。・・・・・・アタシの言ってること、わかる?」 「・・・ぅ・・・ぁっ」 子供の体の横で、力の入り過ぎた小さな拳が真っ白になっていた。 先程よりもはっきりと動揺という感情をあらわにしだした子供の頭にポンと軽く手を乗せる。 鮮やかな髪を梳くように頭を撫で、大人は言った。 「そんな風に我慢する必要はナイっスよ。ほら・・・今だけ、アタシの胸をお貸ししましょう。」 それを聴いた瞬間、子供は体当たりをするような勢いで大人の胸に飛びついた。 「うぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああっ!!!!!」 服に顔を押し付け、今まで溜め込んでいただろう物を全て吐き出すように子供は大声で泣き叫んだ。 ―――大人が子供に理解させたのは残酷な事実。 大人は、母親が死んだのは子供のせいだということを改めて理解させただけではなく、 さらにその母親の魂はこの世にもあの世にも存在しなくなってしまったということを教えたのだ。 母の死を自分の責任だと・・・自分は母殺しの罪人なのだと思い、 せめてもの償いのように母親の魂を捜し歩いていた子供にとって、それは絶望以外の何物でもなかった。 (このくらいの年の子に教えるのはきつ過ぎる事でしょうけど、 やっぱり知っておいてもらわないと。・・・・・・これからの為には・ね。) 子供にはわからないように笑って・・・いや嗤って、大人はそのオレンジ色の頭を撫でた。 「ねぇキミ。名前はなんていうの?」 いくらか落ち着いて、ヒックヒックと嗚咽を漏らす子供に大人は尋ねる。 息を詰まらせながら子供が見上げれば、大人は優しそうな目をして子供を見ていた。 「っ・・・く・・・ろっさき、っい・・・ち、ご。」 「くろさきいちご?」 「そ・・・っそう。」 『苺』ではない発音をした大人に、“いちご”はこくり・と頷く。 「アタシは、うらはらきすけって言うんですよ。」 「う、・・・っらは、ら?」 「そうっス。」 “うらはら”がニコリと微笑む。 真っ赤になった子供の目元を指で優しく拭い、“うらはら”は琥珀色の瞳を見つめた。 「いちごサン。力が欲しくはありませんか?」 「ちから・・・?」 「キミのお母さんを殺した虚・・・そいつを倒したくありませんか? アタシに任せてくだされば、キミにはそれが出来るんスよ。・・・ねぇ、どうします?」 “うらはら”が立ち上がって、見上げる子供に手を差し出した。 「キミは強くなれる。お母さんの仇をうてる。それにキミの大切な人たちを守ることも出来るでしょう。」 “うらはら”の言葉に“いちご”の脳裏を家族の姿がよぎった。 自分が護らなくてはいけない者―――まだまだ幼い二人の妹。面白くて頼もしい父親。 “いちご”は涙を止め、その琥珀色の瞳は“うらはら”を強い光で見つめる。 そして“いちご”は伸ばされた手を取った。 |