■ハルヒ/神国木田×キョン←古泉
「もし『神』がいるならば、そいつは騒いでる人間達を高みから見下ろして楽しんでいる存在だろう・・・。簡単に言ってしまえばそんなことを言ってたはずだよね、キミは。『機関』所属の人間にしては面白いところを突いてくるなぁとは思ったんだ。」 と、穏やかな声で話し掛けられたのは久々の閉鎖空間発生に伴い学校を早退しようと廊下を歩いていた時だった。 他の生徒達は授業中で、静かな廊下には自分の足音と教室から漏れ出る教師達の声しかない。しかし聞こえてきたその声は存外に木霊することなく、僕の耳に届いた。 それもそのはず。 僕は顔を左に向ける。視線の先には中庭に面した窓――ガラス戸は開いている――があり、声はその向こう側から聞こえてきたものだったのだ。 「おや、まさかあなたがサボタージュですか?珍しいですね。」 「さっきの僕の言葉、まるっと無視したねぇキミ。ちょっと傷ついたよ。」 「戯言はいいんです。さっさと用件を言ってください。」 顔面に最上級の笑顔を貼りつけたまま、窓の向こう側に居る彼―――『鍵』と同じクラス、同じ中学出身の少年にきっぱりと告げる。勿論先程のようなことを突然言われて「サボタージュですか?」などと真顔で返すはずも無い。 さてさて、どうしてあなたがその台詞を知っているのでしょう。まさか僕が非一般高校生として語った言葉を『彼』が誰かに話すとは思えませんし、僕自身も内容が内容ですから『機関』及びその他の組織には聞かれないよう砕身していたつもりです。なのに現実はこうして第三者が知っている・・・。 余裕もなく、警戒心は最大に、僕はその少年の後頭部を――相手は中庭の方を向いたまま喋っているのだ――睨み付けた。 「用件?・・・うん、まあそうだね。一応言っておかなくちゃって思ってることはあるよ。だから呼び止めさせてもらったんだし。」 くすくすと、おそらく笑っているのだろう。その人物は両肩を小さく震わせ、全く棘の無い口調で語る。しかし台詞の内容そのものは尊大なもので、僕をどう見ているのかありありと判るものだった。 ひどく神経を逆撫でされ、相手の穏やかさに反比例するかの如く僕の気分はささくれ立ってゆく。わざとそうなるよう仕向けられているのは確実で、それに気付きながらも抑えられない自分の感情が余計に僕を苛立たせた。悪循環もいいところだ。が、僕は感情に従うまま、ただし場所が場所なだけになるべく声色だけは平素を保つようにして「そうですか。」と返す。 「でしたら、どうぞ遠慮せず仰ってください。僕にもそれほど余裕はありませんので。・・・あなたに構って"あげられる"余裕なんてものは、ね。」 「あははっ、よく言うよ。キョンの前とは大違いだ。」 「別に今の僕のことを彼に話してくださっても結構ですよ?まあ、彼が信じるとは思いませんけど。」 「僕が話したとしても?」 「ええ、あなたが話したとしても。」 自信を持って答える。そうだ、僕と彼の間に出来た繋がりはそんなやわなものじゃない。これまでの付き合いの中で得た信頼関係と友好関係は、遭遇したイベントの回数及び特異性もあって、一般人がちょっとやそっとのことで作れるようなありふれたものではないのだ。 それに僕は決して今の自分自身が浮かべている表情を彼に見せたりはしない。何故なら彼に見せる必要がないからだ。言い換えれば、彼の前でこんな表情をしなければならないほど苛立つ必要が無いということでもある。 しかしこちらのそんな思いに反し、相手の少年はここで初めて視線を寄越すと、呆れるように吐息を吐き出した。 「本当にキミは・・・。キミの方がキョンに近いと思ってるの?例えばそうだね、涼宮ハルヒ関連の秘密を共有し、彼女が原因で起こる色んなイベントを経験して来た唯一の同年代・同世代の人間だからって感じの理由で。」 「・・・、」 言葉は返せなかった。まるで思考でも読まれたような言葉に、腹の奥が冷える。 そして、続けられた台詞はそんな僕に追い討ちをかけるに充分なものだった。 「馬鹿らしい。」 吐き捨てられた一言に容赦や穏やかさなんてものは欠片もない。視線だけでなくきちんとこちらを振り返ったその少年は、同学年であるにも関わらず多少幼さを見せる甘い顔立ちの中、目だけを隠すことも無く侮蔑の色に染めて僕を見据えている。いや、見下げている。 心臓が鷲掴みにされるとはこういう時に使うのかも知れない。そう思えるほど相手の視線は冷たく、また目を逸らさせない強制力を持っていた。 「あなた、は・・・一体、何者なんですか。」 「その答えをキミは口にしたことがあるはずだけど?少なくとも僕自身はそう思ってる。」 声を出すことも辛く、僕は首を横に振ることで答える。 「解らない?・・・それじゃあヒントをもう一つ。」 視線の温度を低く保ったまま少年はそう言い、次いで「ほら。」と何かを指すことも無ければ視線を何処かへやることもなく、軽く頭を動かしただけでそう声を発した。 最初、僕はそれが何を指しているのかさっぱり判らなかったが―――。 「・・・ぁっ、」 「判った?」 「閉鎖、空間、が・・・」 「うん。消えたね。まだ誰も到着していなかったはずなのに。」 閉鎖空間外では滅多に感じることのない、閉鎖空間が"消滅する"感覚。それをはっきりとこの身に刻まれて僕は息を呑んだ。 目の前の相手はその理由を全て判っているとばかりに笑顔を浮かべ、控えめな笑い声を上げる。こちらにはもう、返す言葉などありはしない。相手の言葉と閉鎖空間消滅のタイミングがたまたま一致した等と無駄な予想など立てることはなく、「やっと判った?ご希望なら今度は作ってあげるよ、あの変な空間くらいいくらでも。」と微笑む少年を見ていた。 「あのさ。僕はキミに忠告をしてあげようと思って、今日ここで待ってたんだ。」 人の感情を勝手に弄るのは僕自身が面白くないからやってないんだけどね、と前置きにもう一文足して少年は告げる。 「『彼』は僕のものだよ。キミ達は――涼宮ハルヒも含めて――所詮、キョンを楽しませるためだけの駒に過ぎない。いくらだって代わりは居る。そんなどうでもいい存在のくせに驕るのはそろそろ止めてくれないかな。」 僕は答えない。否、答えられない。 それを解っていて少年は、それはそれは綺麗に微笑んだ。 「もう一度言って"あげる"。キョンは僕のものだよ。キミじゃ・・・駒でしかないキミ達じゃキョンの隣に立つことなんて永久に出来やしない。このこと、忘れないでね。」 ■ハルヒ/古キョン前提、古泉+機関所属谷口 「お前、最近対象に近づきすぎじゃねえ?」 不機嫌さも露わにそう告げる同僚を前にして、古泉一樹は規定どおりの微笑を浮かべる。 「そうですか?」 「そうですか、じゃねえっての。まったく・・・」 わかってんのか、これは忠告なんだぜ? 舌打ちと共に吐き出された言葉が事実であることくらい古泉にも解っていた。だが解っているのと気持ちはまた別物。今の古泉に相手の言葉とその裏に示された事態を素直に受けとめることは出来ない。 それを相手も知っていたのだろう(なにせ古泉とはまた別に『対象』との接触が多い立場にあるのだから)。仮面のような笑みを保ち続ける古泉をしばし眺めると、やがて大きな溜息を吐き出した。 「・・・ホント、おめーも厄介な奴に惚れたもんだな。」 「それは僕も認めますよ。」 告げながら想い人を脳裏に描く。それに伴い古泉は意識して作った物ではなく自然と頬が持ち上がるのを感じた。 古泉の表情の変化を見たためか、相手はギョッと目を見開く。だがすぐ後に苦笑を滲ませ、しょうがねえな、と呟いた。 「ま、俺から上に報告すんのは止めといてやるよ。」 「ありがとうございます。」 「礼はいらねえが・・注意しろよ?監視役は俺だけじゃねえんだからな。他の奴に勘付かれて上に報告されても俺は何も出来ねえぜ。」 「充分承知の上です。それに何より、上よりもバレて恐ろしい相手はすぐ近くにいますから。」 神様という名の少女がね、と続ける古泉に相手は溜息をつく。 「ホントお前は恐ろしい奴だよ。よくもまぁ神様相手に。」 「褒め言葉として受け取っておきます。」 「はいはい。好きにしてくれ。・・・ああ、だけど、」 「まだ何か?」 会話がそこで終わると思いきや、付け足すように告げた相手へと古泉が首を傾げる。気軽な気持ちでいたのだが、しかし視線の先にいたのは真剣な顔をした相手。 「どうかし、」 「あいつを悲しませるようなことだけはするなよ。」 「え?」 古泉の想いを認めての発言だろうが、相手がそんなことを言うとは思ってもみなかったため古泉は一瞬呆けることになった。だが後に続く台詞で納得する。 「あいつは・・・キョンは俺の友達なんだからな。」 「・・・・・・ええ、肝に銘じておきましょう。まあ元より、愛しい彼を悲しませるつもりなんてありませんけどね。」 「はっ、良く言うぜ。障害だらけの癖してよ。」 「障害が多いほど恋は燃えるものでしょう?」 ねぇ谷口くん。 告げ、古泉は今度こそ話は終わったとばかりに背を向ける。相手―――谷口もそれ以上何かを言うつもりは無いらしく、黙ってその背を見送った。 古泉が去った後、谷口がぽつりと呟く。 「キョンも面倒な奴に好かれたもんだぜ。」 前途多難であろう同僚と友人を思い、苦笑混じりの溜息をついた。 ■ハルヒ/神(?)古泉で古キョン←ハルヒ。ハルヒに酷いので注意。 「なんで、なんでキョンと古泉くんが・・・っ、」 「おや、涼宮さんではありませんか。こんな時間に部室にいらっしゃるなんて、何か大切なお忘れ物でも?」 突然部室の扉を開けて現れた涼宮ハルヒを前に、古泉は『鍵』の少年を抱き締めたまま微笑を浮かべる。抱き締められている方の少年は先刻までの深い口付けにより目元に朱を刷き、しかし力の抜けた身体でもって何とか古泉の戒めを解こうとしていた。それが無駄なことと理解していながらも。 少年の周囲にいる特殊なプロフィールを持つ人々の言ったことが本当なら、この場面に出くわした『神』涼宮ハルヒは古泉を邪魔者と認識し、最悪、彼を排除してしまう。そんな馬鹿なとは思うけれども、同時に少年の中には何故か強い確信があり、パニックに陥った頭ではただひたすらこの場を取り繕って彼女の機嫌をマシなものにしなくてはと考えているのが現実だった。 だがその一方で古泉の腕の力が弱まる気配は無い。古泉っ、と焦るように少年が名を呼ぶも、それすら穏やかな微笑で遮られた。何故そのように平気な顔をしていられるのか。自分が消されるかも知れないのに。 「涼宮さん?そんな所に立っていらっしゃらずに、どうぞ入って御用を済ませてしまってください。僕らのことはどうぞ気にせず。」 「なによ、それ!なんで古泉くんがキョンにそんなことしてるの!?キョンは、団長であるあたしの、」 「あたしのものなんだから、とでもおっしゃるつもりですか?もしそうなら、あなたはなんて傲慢なんでしょうね。」 スッと目を細め、古泉が微笑を消す。 「あなたもこの人が好きなのでしょう?愛しているのでしょう?傲慢なまでのその心で。そして彼があなたを選ぶとどこかで信じていた。しかし、」 一旦言葉を区切り、相手に言い聞かせるように殊更ゆっくりとした口調で告げた。 「彼は、僕を選んだ。あなたではなく、僕を。あなたは彼の傍にいられることがどれほど尊いのかも知らず、それを当然のこととして、ただ彼の思いやりの上にあぐらを掻いていただけでしたね。そんな人間を彼が選ぶとお思いですか?」 「・・・ッ!」 少女が息を呑む。次いでその愛らしい顔に現れたのは憎しみの表情。大切なものを目の前で奪われた者の顔。 今すぐ消えてしまえと叫んでも可笑しくないような少女の様子に、少年は更なる焦りと不安を呼び起こされる。だが少年を抱きしめる古泉の腕が緩む気配は微塵も無い。 だがその余裕の理由は少年の目の前で呆気なく、しかし酷く残酷な光景として晒された。 古泉が少年を抱きしめたまま少女を見つめる。そして、 「消えてください。恥じてください。後悔してください。あなたはもう、お役御免です。」 告げた瞬間、少女の姿が消えた。 文字通り、跡形も無く消えたのだ。 「え・・・?」 目を瞠る少年に、古泉は穏やかな微笑を向けた。 「これで邪魔者はいません。あなたは僕のもの、僕だけのものだ。」 |