■古泉(生徒)→|超えられない壁|→キョン先生(捉え方によっては古→←キョンでキョンが酷い人)
「古泉くん、好きです。あたしと付き合ってください!」 校内の戸締りチェックをしている最中、ガラリと自分が担当するクラスの扉を開けた瞬間聞こえた台詞に、俺は思わず固まった。 誰もいないと思っていた教室の教卓付近、見慣れた少女と少年(何せ俺の生徒だ)が一人ずつ。少女の方は初々しくも顔を真っ赤に染め上げ、担任教師と自分が告白した少年の間で視線を彷徨わせている。対して少年は、普段の生活態度からは想像出来ないほどのぎこちなさで首を回し、こちらを見た。なんだ古泉、流石のお前もこんな場合には如才ない笑みが品切れになったりするのか。やはり周囲より大人っぽい人間であっても結局は高校生だったってわけだな。 「せん、せい・・・」 しまった、という顔を隠しもせず、古泉が途切れ途切れに俺を呼ぶ。 はいはい、すまんよ。いきなり扉を開けた俺が悪かった。今のこのことはもちろん誰にも言い触らしたりしないし、俺の心の中に鍵をかけて仕舞っといてやるから、そう悲壮に溢れた空気を垂れ流すんじゃない。せっかく告白してくれた相手も困惑してるじゃないか。 「あ、の・・・違うんです。これは・・・」 告白シーンを聞かれた女子の方ならともかく、何故そこでお前がそう言うかね。これじゃあまるで浮気を見つけられた夫が妻に言い訳を始めるようではないか。あ、なんかこの表現、自分で言っといて難だが相当気持ち悪いな。 自分の脳が変な方向に疲れていることを悟ったので、さっさと仕事を済ませることにする。 あと残っているのは四階のフロアだけだったよな。それじゃあまあ、この場を去ってそちらに向かうとしますか。 「突然悪かったな。じゃ。」 この教室の戸締り確認は上の階が終わった後で良いだろう。その頃には流石に二人とも帰宅しているだろうし。 開いた時の巻き戻しのように教室の扉を閉め、階段へと足を向ける。 邪魔者は早々に退散するのが一番だね。 先刻のことで若い男女の色々と大切な場面をぶち壊してしまった自覚はあるが。ま、それでも上手くいってくれると邪魔してしまった者としては安らかな気持ちになれるな。 しかし俺が階段を上がって踊り場に達した時、そんなこちらの思いを裏切ってパタパタ・・・ではなくバタバタと勢いのある足音が聞こえてきた。 「先生っ!」 「・・・古泉?」 なんだお前、そんなに息切らせて。教室での初々しい告白劇はどうした若人よ。相手の少女を放っておくなんて、いくら顔が良くても男として褒められたことではないぞ。 必死の形相で近付いてくる生徒に多少たじろぎつつも、もう一度「古泉?」と呼びかける。 「先生、さっきのことですが・・・」 お?その会話の始め方はもしかしなくても口止めか。それなら大丈夫だぞ。生徒の大切な場面をペラペラ喋るほど口の軽い奴ではないつもりだ。 「そうではなく!」 同じ踊り場まで辿り着いた古泉が俺の正面に立つ。見下ろされているようで8センチの身長差が妙に気に障るな。 「先生、僕は・・・」 さっきの少女のように顔を赤くして――しかし到底可愛いなどとは思えん――、古泉は次の言葉を言うべきかどうか口をパクパクさせる。 何だ。言いたいことがあるなら早く言え。生徒に親しみやすいと評判のキョン先生(この呼び方、どう考えたって絶対ナメられてるよな・・・)がきちんと聞いてやるから。 「先生、」 古泉は一歩進んで俺の肩に手をかけた。おい、顔が近いぞ古泉君。もうちょっとパーソナルスペースというものを考えてはどうだ。・・・とは言えないくらい、こちらを覗き込む古泉の目は真剣だった。 「古泉、」 「僕は、先生のことが好きです。もちろん恋愛感情で。」 こんな顔で言われちゃあ、嘘だろうが何だろうが、普通の女の子ならコロリといっちまいそうだな。しかし生憎、相手はこいつのクラスを受け持つ教師で男、である。 俺は「はぁ」と溜息を吐くと、右手で古泉の頭に手刀を落とした。 「いっ・・・先生!?」 「冗談もほどほどにな。」 ぐしゃぐしゃと頭を撫でて、はい終わり。 告白されたシーンを見られて恥ずかしいのも解るが、そういった冗談で誤魔化すのは良くないぞ。お前は今からきちんと教室に戻って相手の女子と話をすること。それが今日の俺からの宿題な。 「それじゃ、気をつけて帰れよ。」 唖然とする少年をそのままに階段を上りきる。 本気なんですーっ!と情けない叫び声が聞こえたのは、それから数十秒後のことだ。 ■執事モノで古泉→キョン←ハルヒ 「なあ、ハル・・・じゃなかった。お嬢様、このようなことはもうそろそろお止めになった方がよろしいかと。」 「どうしてよ。あたしがいつ誰を部屋に呼ぼうと勝手じゃない。と言うかキョン!その呼び方は止めてって言ったじゃないの。ハルヒって呼びなさい。あんたもそっちの方が性に合ってんでしょ。」 まあそれはそうだが・・・。一応、俺はお前の父親に雇われている身だし、執事見習いとしてそれ相応の態度を取った方が良いんじゃないか? 「それだとあたしがつまんないのよ。同年代でこの家に仕えてるってあんたと古泉くんくらいしかいないんだし。」 「じゃあ古泉に呼んでもらえ。」 「・・・。」 何故そこで黙る。 「この鈍感。」 わけが分からんぞ。どうして突然不機嫌になるんだ、お前は。おい、なんだその「しょうがないわねぇ」的な溜息は。人を哀れむような目で見るんじゃない。 「まあいいわ。キョンはキョンってことだから。」 ハルヒはそう言うと、苦笑を浮かべて俺を部屋から退出させた。 そうそう。最初から素直にそうしときゃ良かったんだ。年頃の女の子が夜に同い年の男を部屋に入れるなんてこと、簡単にしちゃいけません。 「じゃあね、キョン。おやすみ。」 「おやすみなさいませ、お嬢さ・・・・・・、ハルヒ。」 扉を閉める前に不機嫌そうな顔を向けられたので言い直すと、ハルヒ本来の太陽を思わせる明るい笑顔が輝いた。やれやれだな。 自然と浮かんでくる微笑をそのままに扉を閉め、振り返ると―――・・・うわ。 「総執事、」 思考の読めない笑みを浮かべ、俺の上司に当たる古泉一樹が立っていた。 これはマズくないか。如才ない微笑に今だけは苛立ちらしきものが見て取れる。もしかしなくてもハルヒとの会話を聞かれちまったのかもしれん。いやいや、そうでなくても、一使用人でしかない俺が"お嬢様"の部屋にいたこと事態、既にヤバい。 俺と同じ執事見習いやメイド達の間でこの屋敷の一人娘に秘めた恋心を抱いているとまで噂される総執事殿は、内心冷や汗ダラダラで足を止めた俺の名を呼ぶと、 「ここで何をしておいでですか?」 怖っ!目が笑ってねえ・・・!! 「いえ・・・ハルヒお嬢様に呼ばれてお話の相手を少々・・・」 「お嬢様の話し相手ですか。他には?」 「ありません。」 あー・・・やっぱり噂は本当なのかね。それは悪いことをしたな。 俺の返答を聞いて雰囲気を幾らかやわらかくさせた総執事を前に、胸中で呟く。ここは謝罪の意も込めてちょっとばかりアドバイスでもしてやるべきだろうか。 「古泉総執事、そのハルヒお嬢様のことで少々お話が・・・」 「な、なんですか。」 他人に聞かれないよう声を潜め、相手との距離を縮めて話しかけると、珍しくも古泉がどもった。あの総執事をここまで挙動不審にさせるとは・・・。凄いなハルヒ。 「お嬢様はどうやらご自身と齢の近い話し相手を欲しておられるようです。しかしそう簡単に私のような見習いの者がお嬢様のお部屋で二人きりになるわけにもいきませんし、古泉総執事がお相手をなさってはいかがでしょうか。」 「・・・・・・・・・、そう来ましたか。」 溜息と共に吐き出される古泉の呟き。先刻のハルヒもそんな感じだったような・・・。 古泉は作った物ではない優しさを含んだ苦笑をこちらに向け、 「あなたの考えていることは間違いですよ。ですがまぁそうですね・・・。あなたがその調子ならまだ大丈夫でしょうか。」 最後の方は相手に語りかけるのではなく、自分に告げるように。 本当にもう、何が何やら。 こちらが頭上に疑問符を大量生産する一方、古泉は一人で納得して通常通りの笑みに戻る。 「それでは、僕はこれで。明日も早いですから、あなたも早めにお休みになってくださいね。」 「は・・・はあ。」 ハルヒも古泉も、一体何がどうしたと言うのだろう。 総執事の背を見送って俺は首を傾げた。 ■軍人(射手座の日)パロで古泉→→→キョン 「幕僚総長がわざわざ此方までいらっしゃるとは、一体どういったご用件でしょうか。」 持ち主の人柄がよく出た落ち着きのある執務室で向かい合うようにソファに腰掛け、その部屋の主が淡々と告げた。 暗に言いたいことがあるなら通信で済ましやがれ、という思いが込められた台詞を耳に入れながら僕は目の前の青年に笑みを向ける。同じ人の下に就くようになってからしばらく経つが、この若い――と言っても僕とそう齢は変わらない――作戦参謀はまだまだ僕に対する警戒心を解いてくれないらしい。これはもはや慣れの問題ではなく、単純に嫌われてしまっているということなのだろうか。 悲しいことだ。しかし人に懐かない猫を相手にしていると考えれば少々楽しくもある。勿論そんなことを考えているなんて本人に悟られるわけにはいかないけれど。 「いえ、大したことではないのですが・・・ご提出いただいたプランBがあまりにも素晴らしかったものですから。」 プランBとは来月の軍の演習の中で用いられる作戦の一つの候補として、先日この青年が涼宮上級大佐の補佐官である僕に提出したものだ。 いつもの気だるげな雰囲気からは想像も出来ないほど彼の作戦は質が高い。相手の心理まで読むような緻密さと実際の戦闘で証明される正確さは同じ軍の将軍達が何とかして青年を自分の下に移せないかと企むほどである。まあそう簡単に僕も僕らの上司も彼を他所へやる気などないが。 僕が此処へと足を運んだ理由を聞いて優秀な作戦参謀殿は微かに顔を歪ませた。言葉にされなくても分かる。そんなことで来るな暇人め!といったところだろう。 しかし曲がりなりにも、それなりに高い地位に就いている人間だと言うことか。彼は表情を取り繕うと、ありがとうございます等々、一通りの儀礼的な言葉を並べた。 彼が嫌々この場にいること、そして僕の訪問の理由を聞いてそれが更に大きくなったことは理解している。けれどしょうがないではないか。同じ艦ですらない彼に会うためには、こうして何かしら用事を思いつき公的なものとしなければならないのだから。 通信での会話などもってのほか。そりゃあ無いよりはマシだが、生身で接することと比べれば月とスッポンだ。せっかく同じ所属で同じ宇宙域を移動しているというのに会えないなんて悲惨過ぎる。我侭と言うこと無かれ。一が手に入れば二を、二が手に入れば三を求めるように、人間の欲望とは際限の無いものなのだから。 「あなたのいる船団に配属されて本当に良かったと思いますよ。優秀な作戦参謀がいる所は生存率もそれだけ高くなる。それは僕だけでなく皆も思っていることでしょう。」 「勿体無いお言葉です。でも俺はただ、自分の出来ることを精一杯やっているだけですから。」 そう答えた彼の顔は先刻までとは違い、ほんの少し嬉しそうだった。やはり僕の言葉で知らされるものであっても自分の力で仲間を守れているという事実は彼にとって喜ぶべきことなのだろう。それは彼が作戦参謀の地位に就いて以来、上に提出する作戦内容のレベル(元々良いものであったけれど)が更に高まってきていることからも解る。彼は周囲からの賞賛に溺れることなく、大切な部下や同僚・上司を守るために自分が出来る範囲で最良の策を編み出そうと日々奮闘しているわけだ。彼本人は、他人にそうとは気取られないようにしているようだけど。 幸せな気分に浸っていると、制服の内ポケットに入れられた小型通信機が着信を伝えた。どうやら上の方で何かあったらしい。きっとアレだ。残念だが、今回はここまでということになるな。 「お帰りになられるのですか?」 「ええ。突然ですみません。」 「発着場まで部下に送らせます。」 そう言って彼は通信機で部下を呼び出し、僕を途中まで送るよう指示する。本当はこの船へ来る際に用いた小型船の元へ戻るまで彼といたかったけれど、此処でそんなことを言えるはずもない。 部屋を出て廊下を歩きながら僕は表情を引き締めた。さて、これからは幕僚総長たる僕の仕事だ。 作戦参謀である彼の仕事が戦闘で仲間を生かし戦いに勝つための作戦を練ることならば、僕のそれはそんな彼を内と外が仕掛けてくる攻撃から守ること。ビームやミサイルではなく人間相手に手腕を発揮するのが僕に課せられた使命であり、成し遂げてみせるという意志だ。伊達にこの齢で今の地位に上り詰めたわけではないことを証明してやろう。 「例えこの国の王であっても僕らから彼を奪うなんて許しませんよ。」 上司の元に届いたであろう他将軍からの引き抜き依頼を想像し、僕は誰にも聞こえないようこっそりと呟いた。 |