■浦原→一護 (浦原+一心+夜一)
「・・・そろそろ始めるか。」 「ええ。始めましょうか。」 旧知の友人に帽子の陰から微笑み、月色の髪の男は次いで夜空を見上げる。 視界の端、屋根伝いに建物と建物の合間を走り抜けた影は現代において非常に不似合いな黒い着物姿だ。 「あのお嬢ちゃんにも悪いことしちまうな。」 「そうっスねぇ。」 「なに他人事みてえに呟いてんだよ。オメーの尻拭いなんだろうが。」 「別にアタシだけの所為じゃないと思いますけど?」 「・・・ま、狙ってる奴にも問題はあるか。」 「そういうことっス。」 「コラおぬしら。何をぼさっとしておる。」 突然の闖入者の方へ、友人である黒髪の男と共に振り返る。 そこにいたのは全身真っ黒な一匹の猫。 しかしその金の瞳にはしっかりとした知性が窺え、ただの猫ではないことを示していた。 「こんばんは、夜一サン。いい夜だと思いませんか?」 「何がいい夜じゃ。"あの"娘だけでなく知り合いの息子にまで尻拭いをさせるくせに。」 夜一と呼ばれた猫は月色の髪の男に向かってそう吐き捨てた。 呆れと妥協、そして幾らかの親愛が含まれたその声音に男は苦笑する。 相変わらずこちらの友人も言いたいことを言ってくれる、と。 「それに関しては一心サンからすでに了承も得てますよン。ねえ?」 「しゃーねえだろう?生憎アイツくらいしかなんとか出来そうなヤツがいねえんだから。」 「ホレ見ろ喜助。一心もおぬしのだらしなさに仕方なく付き合ってやっておるだけではないか。」 「酷いっスよ。お二人とも。」 言葉自体にはあまり甘さがなくとも声音からはきちんと友人としての思いが伝わってくる台詞におどけてそう返しながら、男は空に浮かぶ月を見上げた。 「それじゃあ、手筈どおりに。一心サンもよろしくお願いします。」 「ああ。上手くやってやるさ。」 「では儂は高みの見物と洒落込もうかのう。」 「何ならアタシの肩をお貸ししますよ。特等席っスから。」 「いらん。儂の"出番"はもっと後じゃ。」 そんな会話を交わし、友人は自宅へ、黒猫はこれから起きる出来事を眺められるような場所へと去って行く。 一人残った月色の髪の男は先刻通り過ぎた黒い着物の少女と、さらにもうすぐその少女と出会うことになるだろう少年の姿を脳裏に思い浮かべながら、ふ、と息を吐き出した。 鮮やかな橙色がしびれるような感覚を残して消えていく。 これはあの二人の友人にも明かしていない思い出の断片。 誕生を知りながらもそれまでずっと接点を持たなかった、けれども初めて交わすことが出来た二年前の会話。 「キミとの再会はもう少し先。でもそう遠くない未来。」 太陽の光を受けて輝く鋭い月へと男は語りかける。 「その時を楽しみにしていますよン。」 ■古泉→キョン (古泉+森) 「ああ、この顔・・・」 「どうしたの古泉。」 「いえ。なんでもありません。」 仕事仲間とでも言うべき女性に笑みを浮かべてそう返し、手に持っていた資料をトントンと整える。 顔写真が貼り付けられた白い紙には『彼女』に関わる一人一人のプロフィールが事細かに書かれていた。 その中でも特に詳しく書かれているのが、まとめられた資料の一番上にあるその一枚。 この春から僕らが『鍵』と呼ぶようになった少年についてのものだった。 「そう。・・・急な転校でごめんなさいね。機関にもあなたくらいしか適材がいなくて。」 「わかっていますよ、森さん。これも彼女に力を与えられた僕の仕事ですから。」 「ありがとう。そう言ってもらえると気が楽になるわ。でも無理のしすぎは駄目よ?」 「お気遣い感謝します。」 言って、これから自分の仕事に戻るその女性の背中を見送る。 他者には聞こえないよう零れた溜息の原因は何だろうか。 吐き出しきれないもやもやを解消すべく自然と目が向いたのは、手に持ったままの資料の束だ。 その一番上。『彼』の写真。 いかにも隠し撮りしましたと言わんばかりの、視線が他方を向き、そして傍にいる誰かに笑いかけているであろう年相応の表情に、つ、と指を滑らせた。 知ってる。 知らないはずのあなたを僕は知っている。 一番大変だった時期の、あの夜。 偶然見たその笑顔。 探す理由は無いのだと、諦めることすら諦めていた。 探して見つけてどうするのだと、考えることすら止めていた。 そんなあなたを、僕は知っている。 偶然か、必然か。 これも神の思し召しだというのなら、僕は今以上に『彼女』に感謝したことはない。 たかが一人の人間と言うなかれ。 だって彼は今まで僕を支えてきてくれた思い出だったのだから。 あの語らいを、あの時得られた安らぎを、僕は片時も忘れたことなどない。 写真に写り込むその姿を指でなぞり、熱に浮かされたように呟いた。 「あなたに、また逢える。」 |