「拍手文 9」の続き、バッドエンドバージョン。
(前回の拍手文だったハッピーエンドver.とは別物としてお考え下さい。)
オリキャラ注意。






眠りに取り残された者/仮初の永久にまどろむ者












4(紺野樹/コンノイツキ)



「紺野副局長、第五ラボでの進行具合なのですが・・・」
「あぁアレか。どう?」
「はい。この資料です。」

部下から渡された数ページのそれを流し読みしながら、素早く予想値と実測値を照らし合わせていく。
何十何百とある数値を全部暗記して紙の上の値と比較するなんて芸当、昔は浦原局長くらいしか出来ないと思っていたのだが、いつの間にやら僕自身が普通に行えるようになっていた。
それだけ月日が流れたと言うことなのだろう。
あの頃から・・・僕が浦原局長の助手として“例の部屋”に出入していた頃から。
出入していた、なんて過去形にするのは少しおかしいかもしれない。
なぜなら僕はまだあの部屋に入ることがあるから。
でも昔ほどの頻度では無くなったのも事実。
僕が技術開発局の副局長になると同時に、それまで副局長だった人が局長になり、そして浦原局長・・・否、浦原氏は局を去った。
彼が最後に一言、「もう代価の分は十分働いたでしょう?」と漏らした言葉の意味を知ることは出来なかったが、浦原氏はそうして僕らの前から消えたのだ。
そして当然と言えば当然かもしれないが、あの部屋からは『彼』も消えていた。
残ったのは浦原氏から貰った鍵と、役目を剥奪されたがらんどうな部屋のみ。
常に灯っていた不思議な暖かさを持つ光源も、静かに響いていた装置の駆動音も消えて、その部屋に足を運ぶたび僕は虚無感に苛まれる。
だから訪れる回数は格段に減った。
けれどほんの一欠片でも名残を見つけられまいかと、そこに向かう足を止めることも出来ない。

「・・・うん、理論通りだね。このまま続けて。それで次の段階に進んだらまた報告を。」
「わかりました。」

チェックを終えて資料を部下に返した。
頭の中でぐるぐる考え事をしていても他の部分が正確に仕事をこなしてしまう。
便利なもんだと他人事のように思いながらも、その一方で苦笑と呆れが湧いて出た。
流石にそれを表情に出すことは無く、代わりとでも言うように目の前の青年へと労いの笑みを向ける。

「それじゃ、頑張って。」
「はい。」

視線の先、まだ年若い局員は一礼すると此方に背を向けて自分の担当部署へと帰って行った。
そして僕は逆方向に歩き出す。
いつもと同じ歩調で、いつもと同じ表情を取り繕って。
白衣のポケットに忍ばせた硬質な鍵の感触を確かめながら。
向かう先は、あの部屋。
絶望することは解っているのに。

(忘れられない色があるから。)









プシュッと言う小さな空気の抜ける音がしてドアが開く。
鍵と暗証番号で開く扉は僕を部屋に迎え入れ、そうしてまた小さな音と共に閉じた。
手探りで照明のスイッチをオンにする。
一瞬の間が開いて明るく照らされる部屋。
しかしあの頃とは違い、それは無機質なものだ。
ただ白いだけの蛍光灯が冷たい光を生み出すだけ。
僕は鍵をポケットに戻すと、背を壁に預けてその場にずるずると座り込んだ。
視線は培養槽に固定。
かつて液体で満ちていたそれは今やガラスがあるのみで、部屋全体を歪んだ像として映し出している。
綺麗さっぱり中身を失った培養槽はまるで此方の心まで表しているようだ。

(そう言えば、『彼』と局長がいなくなった頃から僕も変わったって言われたなぁ・・・)

古くからの友人達は、よく今の僕を空っぽだと称す。
大切なものが無くなったんだね、と悲しそうに笑って見せるのだ。
そう言われて初めて僕は局長と『彼』の大きさを知った。
たぶんあの頃が一番満ち足りていた時期だったのだろう。
尊敬できる上司と(口も聞いたことが無いのに)暖かさを感じる『彼』の存在した頃が。
その二人を失った今はもう、僕は思い出に縋るだけの穴の開いた存在でしかない。


(・・・ああもう、)
「苦しいな。」


何も無い部屋で一人、上を向いてポツリと零した。















5(四楓院夜一/シホウインヨルイチ)



(これはもう彼奴の命に対する冒涜ではないのか?)

淡い光を放つそれを真っ直ぐ見つめながら思う。
目の前の水槽に封じられているのは橙色の髪を持つ少年。
そう。間違いなく黒崎一護本人だ。
尸魂界を、ひいては世界を救った英雄は、今やこんな所に押し込められて無理矢理その命を繋がされていた。

(まあ、儂もあの頃はそれが一番の願いじゃったからな・・・)

ただ生きてくれと願った。
このまま声も聞けなくなってしまうなど自分には耐えられない、と。
だが今は、その願いが本当に願っても良いことなのかどうか判らない。
確かに声を聞きたいと思うし、閉じられた瞼を開けて欲しいとも思うことに変わりは無いのに。

(それが愚かなことだったと言うのか。何もかも、最初から間違っていたと。)

願いは叶えられることなく、目の前には無常な現実しか広がっていない。
一護の身柄を引き受ける代わりに、瀞霊廷に研究者として尽くすよう求められた幼馴染は長い時をその通りに過ごしてきた。
しかしどれだけ時が経とうとも目的は達成されず、次第に彼の精神は擦り切れていったのだろう。
ある日「彼のことだけに専念するんです。」とにこやかに告げた幼馴染は、瀞霊廷との契約でもあった己の職を放り出して姿をくらましてしまった。
そして――自分には教えてくれたが――秘密裏に居を構え、技術開発局の奥に設けていたのと良く似た部屋に一護の身体を移して、ほぼ一日中その傍に在るという生活を続けていた。

しかし場所が変わっただけで状況は変わらない。
否、余計に悪くなっている。

一護は相変わらず目覚めない。そして浦原の神経は擦り切れた。
その状況で幼馴染の男はやわらかく笑んだのだ。
彼の表情を見て当時の自分は悟ってしまった。何が壊れてしまったのかを。
だが、どうすることも出来なかった。
それは必然と言えることかも知れなかったのだから。


目の前の装置はいつまでも中の人を生かそうと稼動し続けている。
しかしそれはもう、目覚めを望むものではなかった。
ただ身体が崩れぬように。ただその姿で在るように。
装置の製作者の望みは時を経て、絶望を知って、形を変えたのだ。
ただ我が傍に在れ、と。それだけでいいと。

視線をほんの少し下げれば、水槽に寄り添うようにして寝そべっている人物が見えた。

「喜助、」

名を呼んでも反応が無い。
床に転がる浦原はその双眸を閉じ、呼吸に合わせて緩やかに肩を上下させている。
いくら旧知と言えども他人が同じ部屋にいると言うのに目覚める気配は欠片も無い。
穏やかな表情を浮かべて、幸せそうに眠り続けている。
そこに再び動く一護を目にしようと誓っていた男の姿は無い。
ただゆっくりとやって来る甘く優しい死に身を委ねるだけの、とても幸せでとても不幸な人間がいるだけだ。

(一護はもう目覚めない。喜助は壊れてしまった。・・・・・・さて、儂はどうしようか。)

彼の命への冒涜ともとれるこの行為を止めさせるべきなのか。
それとも己もこの緩やかな流れに身を任せてしまえばいいのか。
前者なら、きっと自分は泣くだろう。それは最後まで醜く縋った希望を諦めると言うことだから。
後者なら、きっと自分は幸せだろう。望みを変えて現状に甘んじ、優しい夢を見続ければいい。

瞬きをしてもう一度幼馴染の表情を見た。
その顔に不幸という感情は無い。
望みを変えた望む者は、現状に非常に満足しているようだった。





それが狂った結果だと、言わずとも分かることなのだが。

(儂は正気の中で嘆くのか。・・・それともいっそ素直に狂ってしまおうか。)


















これで、この物語はお終い。
一人の女がその後狂ったのか正気を保ち続けたのか、それは誰にもわからない。
ただ一つ言えるとすれば、どちらであれ、世界は相変わらず英雄の望んだままそこに在り続けているということだろう。

























もう目覚めなくていいよ。愛しい子。
仮初の永遠を共にまどろみ続けよう。















(07.05.06up)














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