そう、例えば―――
「お前よくそんな面で涼宮の傍にいられるな」 「自分の顔、鏡で見たことあんのかよ?」 「おいっ、黙ってねえでなんとか言えって!」 ―――こんな風に、なんだかよーわからんが、どうやら入学当初よりも丸くなったハルヒのファン(?)に立候補しているらしき上級生や同級生に絡まれた時。俺は怯えることも反論することも、そして今回の原因らしい自分の容姿に絶望することもなく、ただただ深い溜息を吐き出す。いつもの「やれやれ」を呟く気力も無い。 なぜならば、 「てめっ!」 こちらの様子に苛立ちを増加させて掴みかかってくる上級生A。だがその指が俺の襟元に触れるよりも早く、爪の形まで美しい手が上級生Aの頭部を後ろから鷲掴みにした。ガッチリと。そりゃもうガッチリと。 「「「!?」」」 突然現れた第三者に驚きを露わにする上級生達(ちなみに合計三名)。彼らは頭を掴まれた一人を除いて一斉に振り返り、その人物を見た。はい、ここで驚愕度が更にドン。 視線が外された俺はこの気力までも削いでくれる"慣れた展開"と"登場人物"を思ってもう一度嘆息する。ああ、やっぱりこうなるワケだ。 「……よう。奇遇だな、古泉」 「お怪我はありませんか。もしすでに何かあったようでしたら、彼らにはそれ相応の対応を取らせていただきますが」 如才ない笑みを浮かべて古泉がいつもの丁寧口調で告げる。ただしその声と表情の穏やかさに反し、上級生Aの頭を掴んだ手は未だしっかりと力が込めらたままだ。 どういう力の入れ方をしているのか、その拘束は片腕でしか行われていないと言うのに、上級生A氏が逃げることは叶わないらしい。恐怖で顔が引き攣っている。 九組の優等生の意外すぎる一面というやつだな、これは。いやまぁ俺からすれば何度か経験しているワケで、それ程驚くもんでもないんだがな? 元々見た目は最上級に良いハルヒ、そしてそんなあいつの周りに集まっているのは各々容姿端麗な朝比奈さん、長門、古泉と来た。なのに俺だけ平凡極まりないこの容姿。それが嫌だなんて思ったことなんかこれっぽっちも無いが、平然とハルヒの近くにいる俺を気に喰わないと思う輩が最近増殖し始めている。しかも思うだけでなく何らかの行動を取る輩も。なんと面倒な。 と、のんびりしていられる俺も大概なんだろうが……。現実問題、時に暴力沙汰にまで発展するこの状況を俺は恐れるどころか本当に面倒だと思うしかできない。だってほら、今みたいに俺が痛い目を見る前に古泉がどこからともなく駆けつけてくるからさ。 颯爽と現れるヒーローに助けられる俺。ミスキャストにも程があると思うが仕方あるまい。男三人に喧嘩売られて無傷で攻略できる人種じゃないんでね、俺は。それを思うと古泉は凄い。 「……三人、のしちまったな」 こっちが少し思考を飛ばしている間にダウンした上級生達。『機関』じゃ格闘技も仕込んでくれるんだろうか。ってか俺が折角思考飛ばして現実を見ないようにしてたってのに、やっぱ打撃音ってやつは耳に入ってくるもんなんだな。容赦無さすぎだ、お前。「もしすでに何かあったようでしたら」って言ってたくせに完全K.O.じゃないか。 「あなたに暴言を吐いた時点でこうなるのは決定事項ですよ」 ああそうかい。 古泉は平然と言ってのけたが、これでもし俺が殴られた後だったりしたらどうなっていたんだろうか。 「そうですねぇ……」 古泉は顎に手をやり、ふむ、と考え込むような仕草をする。 「社会的に生きられなくなる、というのはいかがでしょう。死ぬより辛い目に合わせてみせますよ」 神の鍵に危害を加えたと報告すれば『機関』も喜んでやってくれるでしょう、と付け足す古泉は普段と変わりない笑顔だ。つかそういう台詞は笑顔で言っていいもんじゃないと思うのだが。 「勿論僕は鍵云々関係なく、あなたが大切だからそれを望むんですけどね」 はいはい。 俺はひらひらと軽く手を振って適当に古泉の言葉を受け流す。ちらりと視線をやればばっちり目が合った。しかも上級生三人を殴り倒したとは思えない爽やかかつ整った笑顔で。 それを見て、俺は。 「まるで狂犬だな」 「あなたが主なら僕はいくらでも狂った犬になってみせます」 「……そうかい」 これが奴の本気だって言うんだから、マジ正気じゃねえよ。
綺麗な顔に牙と爪
(御主人様には噛み付きません。だからどうぞご安心を) |