その笑顔を守るために
「あー……こりゃちょっと無理か」
近日展開予定の戦闘に向けて作戦を練っていたのだが、現在SOS艦隊が保持している武器・弾薬・攻撃用エネルギー類、他の総量を考えるとどうにも上手くいかないという結果になってしまった。次の戦いは(実のところ)デモンストレーション的な部分もあり、またそれを考慮しつつ派手好きなハルヒの希望もあって、一斉砲火を取り入れてやりたかったのだが……前の戦闘でちと物資を使いすぎちまっていたらしい。本来ならそのまま補給基地に向かえるはずだったのだが、急に上から次の戦闘に参加するよう司令が下ってきたのだからしょうがない。 「補給できるのは作戦後。今回は節約思考で練り直すか」 様々な数値が表示されるモニタを睨みながら独りごちる。うん、何度見たって足らないものは足らない。都合よく数字が変化してくれるわけでもない。ハルヒには申し訳ないが、慎ましやかな戦闘とさせていただこう。別に派手じゃないだけで負けるわけではないんだしさ。 ふっと息を吐いて別の作戦をモニタに打ち込んでいく。数字の変更に伴ってグラフが変動し、片や別のウインドウでは簡易的なシミュレーション映像が流れ出す。 と、そんな風に作業を再開させたところで部屋に他人の気配が一つ増えた。シュンッとエアロックの開閉音の次に聞こえてきたその声の主は――― 「キョンくん、調子はどうですか?」 「朝比奈さん……」 SOS艦隊の補給部隊長・朝比奈みくるさんだった。そのほんわかした雰囲気はまさにこの艦隊の癒し。いや、帝国の癒しと言っても過言ではないね。 「今回の作戦って確か涼宮さんの希望は『派手に』でしたよね?」 「ええ、まあ。そうなんですけどね……」 先程自分で節約思考で行くという結果を出してしまったために、思わず言葉の最後が弱々しく途切れる。朝比奈さんは小動物のようにキョトンと小首を傾げて瞬きを繰り返した。 「え? 違うんですか?」 「うっ……」 そんな可愛らしく純粋な目で見ないでいただきたい。まさかSOS艦隊の物資補給を一手に担って常日頃から忙しくしておられる『補給部隊長』朝比奈さんにこれ以上の迷惑(と言うか我侭)は言えんだろう、流石に。 とか思っていると。 「なーんて。ごめんなさい、ちょっとイジワルしちゃいました」 「へ?」 呆気に取られて口を開ける俺を前に、朝比奈さんは可愛らしくウインクをしてみせる。 「物資、足りないんでしょう? わたしは補給部隊の隊長なんです。それくらいちゃんと把握しておかなきゃ、ね」 いやいや、"それくらい"なんて軽くおっしゃいますけど、ウチの艦隊の全物資量を考えればそう簡単にはいかないはずですよ、朝比奈さん。何せ俺だって戦闘用の武器・弾薬・エネルギー関連を調べるだけで結構時間喰ったのに、『補給部隊』が担うのはそれらを含めて更に食料・水、その他細々とした日用品や嗜好品にまで及ぶんですから。 「そうなんだけど、ホラ。わたしの隊の人達って本当に優秀だから。とても解りやすいデータを上げて来てくれるんで、物資の状況も把握しやすいんです」 にこりと微笑む顔に誇張や虚言は見当たらない。 「それで、キョンくんのプランを成功させるには何がどれくらい足らないの?」 補給部隊長として朝比奈さんがシミュレーション中の画像を覗きこんでくる。しかしながら現在展開中のそれは俺が後で考え出した『節約作戦』の方だ。 「すみません、朝比奈さん。そっちはハルヒが嫌う地味な作戦ですから。あいつが喜びそうなものにするには……」 そう言って別のウインドウを立ち上げ、数式や数値を再入力する。こっちは他の画面と連動している訳ではないので、画面の端っこで動いている簡易シミュレーションには影響しない。 「これ、ですか?」 「ええ。なんつーか、我ながらこの状況で物凄い量を消費しようとしてるでしょう?」 数値を読み取った朝比奈さんが少々驚きに目を瞠る姿に、こちらも苦笑を漏らす。 流石に物資の『把握』は出来ても、これだけの量を『確保』するのは容易なことじゃ無いだろう。 「ですから、ハルヒには申し訳ないけどこっちの作戦で―――」 と、俺が一旦引かせた『節約作戦』を示すウインドウを前に持って来ようとしたのだが。 「ちょっと時間をもらえないかしら。一日……ううん、半日でなんとかします。作戦の練り直しはそれからで」 普段の可愛らしさとはまた違って、今朝比奈さんが纏う空気にはどこか凛々しさが漂っていた。 画面の数値を見つめたまま朝比奈さんは確かめるように小さく頷き、それからしっかりと俺を見る。 「あさひな、さん……」 「ねえ、キョンくん。半日だけでいいから」 真ん中に一本芯が通ったような強い眼差し。 そうだ。伊達や酔狂、はたまた冗談でもなく、この人は確かにこのSOS艦隊の補給部隊『隊長』なのである。人をサポートし、また人を動かす役目―――ハルヒがその役目に相応しいと選んだ人間なんだよな、この人も。 俺は静かに頷き、次いで少しばかりほっとしたように笑みを浮かべた朝比奈さんへこちらも口元を緩めた。 「では、願いします。朝比奈『隊長』。あなたからの吉報をお待ちしております」 「はい! お任せください、作戦参謀」 さて。 そんな風に我らが艦隊の『補給部隊長』と約束をした訳だが、先も述べたように、この状況でハルヒを満足させられるほどの物資を確保するなど容易いことではない。何か特別なツテでもないと無理なんじゃないだろうか。だが朝比奈さんにそこまで強力なツテ(という名の裏ルート)があったかどうか……。むしろそれ以前にあの人があまり表沙汰にならない物事に関与しているとはとてもじゃないが考えられない。古泉幕僚総長ならともかく――と本人に訊かれたら黒微笑だな、この発言は――曲がったことが嫌いなハルヒとはまた別の意味で、朝比奈さんには清廉潔白なイメージがある。 「……しかしまあ、結局は待つしかないってことなのかね」 お任せくださいと言った時の強い視線を信じて。あの時の朝比奈さんが纏っていた雰囲気にはそれだけの理由がある。 物資の『把握』と『確保』は別物で、後者の方が凄まじく難易度の高いものだと理解しているけれども。 「…………」 ふと息を吐く。 昔の俺なら意味の無い上司からのオーダー(今で言うなら『派手にする』ってこと)を叶えてやりたいと思ったり現実的でない約束事を守ろうとする気なんて全く起こらなかっただろう。(尚、「だろう」と推測するのは、かつての黒服上司が実に現実的なものの見方をする人間で、そういった無茶な注文や約束をしなかった、あるいは周りにさせなかったからだ。)だが今はこうしてハルヒの希望をなるべく叶えてやりたいと思い、そして朝比奈さんを信じようとしている。 自覚してしまえばその変化がどうにもむず痒い。が、決して悪いものじゃないのも事実だ。 …………きっとハルヒ達のおかげなんだろうな。 そんな考えに至って俺は苦笑を零し、未だシミュレート中の『節約作戦』を停止させた。 「いっえーい! SOS艦隊、大勝利!」 キラキラした笑顔で喜ぶハルヒが旗艦のブリッジ状況を示すモニタに映し出されている。またその声はたとえこうして違う艦に乗っていようとも充分過ぎるほど彼女の満足度が伝わってくるものだった。 あの約束からきっちり半日後、朝比奈さんが素晴らしい成果を示してくださった時にも告げたのだが、それでも俺はもう一度だけ彼女に向けて感謝の言葉を紡ぐために回線を開く。 「朝比奈さん……」 手元に小さく開かれたウインドウに視線を向け、画面の向こう側で小さく笑う朝比奈さんに感謝の念を告げた。 「ありがとうございます。あなたのおかげでこの作戦は大成功でした。本当に感謝してもし足りないくらいです」 「いいのよ、キョンくん。それこそがわたしの仕事だし、それにね―――」 ちらりと彼女が視線をやったのは、おそらく俺が居る艦のブリッジと同じくデカイ画面に映し出された涼宮ハルヒ上級大佐の輝かしい笑顔。それを満足そうに、また優しげに眺めた後、朝比奈さんは再びこちらに視線を戻して、 「わたし『も』、涼宮さんのこの笑顔のためだったら何だってしたくなっちゃいますから」 ふわり、と微笑んだ。 「もちろんキョンくんの力にもなってあげたい。大好きなこの艦隊の皆の力に」 「そうですね。俺もですよ、朝比奈さん」 ハルヒだけじゃない。この優しい微笑を守るためにも、無垢で澄んだ瞳を守るためにも、如才ない笑顔が偽りで塗り固められないようにするためにも。やれることは出来る限りやってやりたい。むしろ不可能だって可能にしてやりたいと思う。 つまりはそういうことですよね。朝比奈さん。 |