見えない後ろ姿
「死神に愛された男、ですか……」
作戦参謀のために何か有用な資料は無いかと思い、それ関係の情報を閲覧していたところ、ふと目に付いた単語がそれだった。 七年前に終結した射手座の日戦争(第一次射手座の日戦争)において、当時准将だった男(戦時中、その功績で少将に昇格)。彼の能力自体、今の涼宮さんのように注目されていたようだったが、それ以上に彼の元には特殊な呼称を持つ人間がついていたようなのだ。 その人物の凄いところは、圧倒的な作戦立案能力。 僕らの作戦参謀もそれはそれは効率よく、素晴らしい作戦を立ててくれるが、僕は彼とその人物を同じ人種だとは思いたくなかった。なぜなら――― 「この人は効率的に人を殺しているんだ……」 思わず零れ落ちた言葉に、癖になっていたはずの敬語はない。それほどまでに僕にとってこの人物―――通称『死神』の作戦は身が凍るようなものを宿していた。 死神が関わった(つまりその少将が指揮した)作戦は、どれもこれも勝利ばかり。しかもその勝利はまさに「完全な」や「圧倒的な」といった形容詞がついて可笑しくないもの。効率よく敵の戦艦を破壊し、敵の拠点を潰し、敵の兵士を屠る。終戦間際、実はかなりの劣勢だった帝国が共和国と平等な和平条約を結べたのには彼らの功績が大きいという話もあるほどだ。 「その話が本当かどうかはさて置き、つまりそう言われるほど死神達の軍隊は圧倒的だったというわけですね」 呟いてモニタに次の情報を提示させる。 最初、自分達の作戦参謀のために行っていたはずの資料探しはいつの間には件の死神への興味へと移り、僕の端末を叩く手は死神に関わるものを探すようになっていた。だが判ったのは死神達のカラーが「黒」だったこと、そのかつての少将が現在は中将となっていること、そして彼らの詳しい戦歴といったものだった。その中に、『死神』の正式な名は無い。少佐であり、『機関』の人間であり、また涼宮上級大佐の補佐官である僕の権限を最大まで使用しても、『死神』のプロフィールは写真も名前も年齢も、それどころか性別さえ示されない。 もしかしてそのあまりの作戦立案能力の高さゆえに、上層部が外部への情報漏れを恐れたのだろうか。その可能性は高い。 「つまりは、これ以上調べても無駄だと言うことですね」 独りごち、僕はそれまでに調べておいた過去の戦略をまとめた資料を小型記憶装置に保管した。この記憶装置の中には死神の戦略も含まれている。死神の作戦は効率が良すぎて寒気がするが、それでも参考になる部分が多いのだ。それに、僕らのあのやさしい作戦参謀が死神の立てた作戦をそのまま再現するはずなどない。彼ならば必要なところだけを抜き出して参考にしてくれるに違いないのだ。 彼の面倒臭げな表情を思い出し、僕はくすりと笑みを浮かべた。 「では、彼の所へ持って行きますか」 □■□ 参考までにこんなものを用意してみました。 そう言って先ほど古泉幕僚総長から渡された小型記憶装置を自分の端末に接続し、中身を確かめる。過去の優秀な戦略を丁寧にまとめたそれらは、とても見やすく、作戦立案を担当する者からすれば実に有り難く思うものだろう。だがその中の幾つかに見知った作戦を見つけた俺は、きっと今の仲間達には見せられない顔をしているに違いなかった。 「昔の自分とご対面ってな」 呟きは一人の部屋にぽつりと落ちる。 端末の画面を埋め尽くしていたのはかつて『死神』と呼ばれた男が立てた、実に効率よく人間を屠る作戦だ。船員達が纏う色ゆえに『黒の少将』と呼ばれたこともある男が指揮を執り、その下で『死神』が作戦を立てる。彼らの前では敵は敵ではなく、塵に等しいとまで言われた時期すらあった。こっちの事情なんて全く知らないままで、な。 古泉には悪気なんてないんだろうが、申し訳ない。これは参考にはならねえよ。どれもこれも七年前には既にこの頭の中にあったものばかりだ。 俺は溜息を一つ零し、渡された記憶装置を端末から抜き取った。今はただ、あいつの気持ちだけ受け取っておこう。なに、心配は無い。今度の作戦だってハルヒも古泉も満足するようなものを立ててやるからさ。 「目標は船員みんなが生きて帰ること、だよな。ハルヒ」 一度この世界から離れたはずの俺を無邪気な笑顔で再び引っ張り込んでくれた幼馴染へ、届かぬはずが無いと解っていても俺は笑みを浮かべた。 |