五年後の君は













「まさかまた、ここでお前の顔を見られるとはな」
 上官命令でこの部屋に呼びつけられ、直立不動で敬礼の姿勢をとる青年に向け、俺はうっすらと微笑んだ。テーブルに肘を付き、組んだ手の上に顎を置くのは、この伊達眼鏡と同じく、「若輩者の癖に地位ばかり高くなりおって」と蔑みと嫉妬の眼差しを向けてくるクソジジイ共へのポーズなのだが……こいつには不要だよな。しかしながらこの五年で癖になっちまったものはしょうがない。
 溜息を苦笑の吐息に換え、こちらの戯言を受けてもまだ敬礼を解かずに無言を貫くそいつを見つめる。
 かつては俺と同じ黒の軍服を纏っていたそいつは、けれど今、鮮やかな青を身につけていた。各方面が有望株だとして目をつけている涼宮ハルヒ大佐の希望により、彼女直属の四人の部下にはそれぞれ己のカラーというものが与えられたらしい。で、こいつはその女の独断と偏見により青になったというわけだ。
 しかしながら俺ははっきりと思うわけだよ。
「……お前にはやっぱり黒だろ。なあ、俺の愛しい『死神』?」
 青色に目を眇めてそう言うと、ピクリと奴が初めて身動ぎした。そして、
「私は別にあんたの所有物になったつもりも、愛された覚えも、加えてあんたの通称のように愛した覚えもありません」
 奴の今の仲間ならば決して聞いたことなどないだろう冷たい声と眼差しで静かにそう答えた。ああ、これだよこれ。かつて俺の傍に在り、そして五年前に離れて行ってしまった、俺の大事で愛しい『死神』殿は。
 自然と笑みが零れ、く、と喉を鳴らす。奴はそれが不快だとでも言うように片方の眉だけを器用に上げてみせた。
「にしても、今は中尉だったか?凄い凄いと持て囃されてる女の下についた割には低い地位だな。……もしあの時退役せずに俺の下で働き続けていたら、今頃大佐以上にだってなれていただろうに」
「ハルヒのことを悪く言うなら、いくらあんただって容赦しませんよ」
「おお、怖い怖い。そんなに幼馴染とやらが大事か」
「……仲間、ですしね」
 躊躇い混じりにそう呟く理由なんて簡単だ。何せこいつは―――
「昔のお前がどんな奴だったのか、それを知られちゃどうなるか。お前も予想はしてんだろ?」
「当たり前です。まさかそのネタで俺を脅す気ですか?」
 僅かだが敵意の滲む視線を向けられ、俺は再び苦笑を洩らした。そんなわけねーだろ。何せお前は俺の"愛しい"死神なのだから。
「いんや。俺はいつだってお前の意志を優先してきただろう? あの時だって退役するって言ったお前を引き留めなかった。その気持ちは今も変わらない。……ま、お前がそっちに居られなくなった時には俺が両手を広げて歓迎してやるから安心しろ」
「…………、余計なお世話だ」
「そうか?」
 その割には視線が泳いでいるし、目元だってどうも赤くなっているように見えるけどな。言葉遣いだって素に戻っている。が、それを指摘してもこちらに益は無いだろう。むしろこいつの機嫌を損ねるだけ損ってもんだ。
 俺は組んでいた手を解き、椅子から立ち上がった。そして見た目重視の机を迂回し、奴の前に立つ。
「……大人になったな」
「何ですかいきなり。……でも、そりゃまあ二十歳は越えましたし」
 呟くその頬に手を添える。五年前はまだ、既に成長期を終えていたこちらとは違って、俺より頭一つ以上小さかったって言うのにな。今じゃ俺の顎より上にこいつの頭が来ている。成人男子の平均よりもやや小さいか同じくらいってところか? 育ち盛りだったはずのあの頃、戦場で碌な睡眠時間も取れずに働いていた割には大きくなりやがったよ、本当にな。
「だから何なんですか、その久しぶりに会った息子を見る親のような目は」
「……せめて兄くらいにはならんのか。俺とお前じゃ6つしか違わんだろうに」
「でもそう言う目をしてますよ」
「あーそうかい」
「ええ、そうです」
 そんな軽い応酬に俺と奴、どちらからとも知れず笑いが零れた。あの時―――まだ射手座の日戦争真っ只中だった時には滅多に見られなかったこいつの笑みが、今は簡単なことで俺の前に現れてくれる。今だって決して楽観視できる状況ではないのにな。
 それはやはり、こいつが籍を置いている環境の違いによるものなんだろう。悔しいが、そういう環境に居られることを嬉しくも思う。本当なら俺の下でそういう環境を作れれば良かったんだが……。
「はぁ」
 溜息の主は俺じゃない。目の前の我が愛しき『死神』だ。
「ん? どうかしたのか」
「どうかしたのはそっちですよ。……まったく、なんて顔してるんですか」
「顔?」
「嬉しそうな、悲しそうな、悔しそうな、無茶苦茶いろんなものが混ざった表情してますよ。折角のクールな美形が台無しになるくらいには」
「お褒め頂き感謝する」
「そうじゃないでしょ」
 ツッコミを入れる手に声を出して笑う。
 それにしても、あぁしまったな。どうやら考えが顔に出ていたらしい。
「そんなに簡単に気持ちを顔に出してたら、あんたが言うクソジジイ共に足元すくわれますよ?」
「平気さ。こんな顔するのはお前の前くらいだからな」
 何せお前とこうして再び顔を合わせるまでの五年間、俺は一度として感情をそのまま表情に変換させたことなどなかったのだから。
「あー……やっぱりお前が欲しい」
 その卓越した作戦立案能力だけじゃない。敵の多い俺には心を許せる人間だって必要なのだ。
「嫌ですね。私―――いえ、『俺』の直属の現上官は涼宮ハルヒ大佐殿ですから」
「まったく。幼馴染ってのは本当に強いねぇ。厄介極まりない」
「でもその幼馴染のおかげで、今こうして俺達が顔を合わせているのも事実ですよ」
「それが余計に気に食わんのさ。一度退役したお前を、知らないとは言え、またこっちの世界に引っ張り込めるんだからな」
「あいつの我が侭には逆らえませんから。それに求められる作戦の種類も昔とは全然違う。……今は、殺すことじゃなく生かすことを考えればいいんですからね」
 表情を緩め、元死神が笑う。まるで五年前に浮かべられなかった分を補うように。
 そのことをやっぱり悔しく、そして嬉しく思いながら、俺も釣られるように口元に弧を描いていた。


















(2009.04.04up)















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