小さな救いを
目的:
新しく開発された技術『不可視化領域』を採用した機体の実験投入。 注意点: 『不可視化領域』は帝国軍の最高機密に位置するため、共和国に情報が漏れることは絶対に避けねばならない。 したがって、今回の作戦では敵の生存率を『零』とすること。 指揮官: "黒衣の准将" 作戦概要: レーダーに捉えられぬ『不可視化領域』採用機体が敵の旗艦に接近し、これを撃破。 尚、敵艦隊の目を欺くために旗艦《ヴァルハラ》を囮として使用。 ジャミングを行うため、通常回線は使用不可。 結果: 敵艦隊の生存者 0人 ジャミング効果により、通信での情報漏洩は無しと考えられる。 補足: 救命艇は全て破壊。 降伏の意思を示した敵兵士は捕虜にせず、各個撃破。 * * * パンッと乾いた音が一つ。旗艦《ヴァルハラ》の一画にある会議室では先の戦闘に対する戦果報告がなされていたのだが、それに出席している誰もが驚愕も露わに大きく目を見開いて音の発生点と着地点を見遣っていた―――いや、『誰もが』じゃないな。 右手に握った鉄の塊から音を生み出した本人―――俺は銃口が向く先を特に何の感慨も無く見据えているだけだし、それにもう一人、俺の上官でありこの艦隊のトップに立つ准将閣下は面倒そうに溜息を吐いていた。 シンと静まり返った中、硝煙の香りは高性能の空調システムによってあっという間に判らなくなる。 「それなりに使える奴だったんだが……」 沈黙を破り呟いたのは准将閣下。その視線は薄いレンズ越しに心臓を撃ち抜かれて絶命した男に向けられている。 「『死神』の作戦に付いて行けない奴は、どのみちこの戦争でも生き残れはせん」 声には哀憫も嘲弄も無い。ただ淡々と事実のみを告げる響きを持っていた。 閣下の言葉に従うように、やがて硬直していた出席者達――この艦隊に属する各小艦隊の代表者、他諸々――も緊張を解いて頷いたり目を伏せたり、あるいは死体の処理を部屋の外の者に指示し始めたりと、各々動きを再開する。 ゆっくりとざわめき出した会議室の最奥に座っていた閣下が、他の者には聞こえない、ただし閣下のすぐ傍で控えていた俺には聞こえる程度の音量で小さく笑った。 「お前も容赦が無いな」 「まだ殺される訳にはいきませんから」 答え、銃をホルスターにしまう。視線は死んだ男―――『死神』を殺そうとして返り討ちにあった人間から閣下へと移す。 「そんなに虐殺が嫌なら軍人なんて辞めてしまえばいい……そう思いますよ。彼は私と違って辞められる立場でしたから」 「一応自分のやっていることが『虐殺』だという自覚はあるのか」 とぼけるように言って閣下はくっと喉を鳴らす。 意地の悪い人だ。そんなに『私』がこうして眉間に皺を寄せるのが楽しいですか? 「お前はいつも無表情で淡々としていやがるからな」 だからってこういう場面で遊ぶのか、あんたは。 「…………。お戯れは相応の場所でのみなさってください。ここは適しません」 「それは誘いか?」 「ご命令とあらば」 感情を滲ませること無く答えれば、再び閣下が喉を震わせた。もし周りに人が居なければ、もう少し分かりやすく笑ったことだろう。 「に、しても」 一言紡ぐだけで笑みとからかいの気配を完全に消し去り、准将閣下は双眸を細めた。 「こういう奴が出て来るから名前が出せんのだな、お前は」 「そう……ですね」 味方にさえ恐れられる、俺が立ててきた作戦の数々。口で何と言おうとも、やはり死んだ男の方が人間的には正しかったのだろう。だが、ここは戦場。名前を隠さねばならないほど非道な作戦を立てて実行するのが今の俺の役割であり、大切なものを救うための代価となるのだ。 でも、それでも。もし許されるならば――― 「俺だって人殺しになんかなりたくなかったさ」 思わず零れた小さな呟きは、この人には珍しくガタリと少し大きめの音を立てて閣下が椅子から立ち上がったことにより、呆気なく消されてしまう。 「閣下」 「今のは聞かなかったことにしてやる」 「……ありがとう、ございます」 まいったな。 視線を逸らしたままそう告げる上官に、俺はほんの少しだけ救われたような気がした。 |