死神の鎌
「この戦いに勝ったら、妹に最近開発されたばかりの薬の使用許可が出るんです。まだ正式な国の認可は下りていないんですが……凄いですよね、権力ってやつは」
そう言ってうっすらと笑った補佐官の顔を、俺はたぶん一生忘れないだろう。 * * * 「《ヴァルキュリア》は左舷に展開、《エインヘリャル》は右舷へ。指定ポイントまで移動後、予め伝達しておいた通り各艦隊を三つに分けて次の指定ポイントへ向かってください。《グリンカラムビ》は旗艦《ヴァルハラ》の周囲に展開して指示があるまで待機」 まるで機械に喋らせているかの如く抑揚の無い声でテキパキと各艦隊に指示が送られる。索敵部隊が逐次報告してくる状況をブリッジ前方に投影されたスクリーンで確かめつつ、『死神』と呼ばれる我が補佐官は着々と舞台を整えていた。これから始まる戦闘―――否、虐殺の舞台を。 「…………ああ、敵が此方に気付いたか。このままの配置でも充分に戦えるが……」 スクリーン右上に表示される赤色の三角が今までと違う動きを見せ始めた。その赤い三角つまり今回の敵艦隊の意図をすぐに悟り、『死神』がぽつりと呟く。そしてそれまでスクリーンと各艦隊に指示を飛ばすブリッジの人間との間を行き来していた視線がスイと俺に向けられた。 「准将閣下、これより少し作戦を変更させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」 「具体的には?」 「現在進行中のプランCからプランEへ繋げます。今の各艦隊の展開状況ならそちらの方が効率よく展開出来ますので」 ふむ。確かにその通りだな。 頭の中でシミュレートを行い、奴の言葉通りであることを確認する。しかもこの敵の動きとこれから此方が行おうとしてる動きを考えれば、予定よりも多くの敵艦が"アレ"に喰らいつかれることとなるだろう。げに恐ろしきは『死神』の躊躇いの無さ、か。 「許可する。これよりプランCからプランEへ移行。詳しい指示はお前に任せる」 「はっ! 了解致しました」 敬礼のポーズを取ってそう告げた後、慌しく新たな指示が飛ばされ始めた。スクリーンに映し出される青の三角(味方の艦隊)は速やかに向きを変更し、新たなポイントに向かって進軍する。その動きは実にスムーズで、彼らが訓練された良質な兵士であること、そして何よりこの作戦の指揮を実質的に握っている『死神』の能力の高さを否応にも知らしめた。 (本当に、恐ろしい奴だよ。お前は) 内心で呟く。 より多く、より効率よく敵を屠るための知識。それを身につけ、実際に戦場で能力を発揮する子供。未だ十代半ばであるはずのそいつの手は、しかし俺が知るどの軍人よりも血塗れだ。―――実に有用な味方だよ、ホント。 瞬く間に部隊は展開され、所々で敵との小さな衝突を繰り返しながら最終的には三つの十字が立体的に交差するような形になった。無論、各艦隊が向いた方向の延長線上に位置する交点には惨めに集まらざるを得なくなった敵艦隊がある。 それをスクリーンで確認し、『死神』が此方へ顔を向けた。 「では、閣下。号令をお願いします」 何の困惑も躊躇いも嫌悪も浮かばないその顔。むしろ微かに嬉しげであるそれはとてもじゃないがこれから何千何万という人間の命を奪う輩がする表情には思えない。だが事実はコレだ。俺が一声告げるだけで配置された全軍が一斉に砲撃を開始。敵艦は無抵抗のまま撃沈され、そして――― 『この戦いに勝ったら、妹に最近開発されたばかりの薬の使用許可が出るんです』 ―――そして、奴の大事な人間がまた一歩回復に近付く。 『死神』のたった一人の肉親であり、事故で長い入院生活を余儀なくされている妹。どんな奴なのか詳しくは知らないが、とにかく『死神』はその少女のためなら何だってするのだろう。たとえ一人の少女の身体を自由にするために、何千何万何十万という数の人間の犠牲が必要だったとしても。 人を殺すことを好いている訳ではない。しかし天秤に乗せられた二つの物を前にした時、奴は迷わず一方を選ぶことが出来る。 残酷なまでのその覚悟を細められた双眸から読み取って俺は口の端を吊り上げた。……ああ、いいとも。お前のそういうところ、俺は嫌いじゃないぜ。 「―――全軍、撃て!」 複数の立体十字に展開された全艦隊が一斉に主砲を発射。敵艦隊は碌な抵抗も出来ずにその身を爆発させた。推定死者数は軽く5桁に届いていることだろう。これでまた俺は次の地位に近付き、『死神』は望まずともその名をこの戦場に轟かせる訳だ。 |