prologue -AC515-
人間が地球だけに住んでいたなど、今では遠い昔のこと。暦も変わり、何世紀と過ぎた現在、人間は科学技術の進歩と共にその住処を宇宙に広げていた。しかしどれだけ科学が発展し、生活の場が変わっても、人間は戦うことを止めようとはしなかった。地球上で行われていた領土争いの規模が宇宙へと広がっただけだ。己と己の国のために他の国を喰い潰す。それはもう、まるでそうすることがDNAに刻み込まれているかの如く。
「……まあ、戦いは人間の本能とも言いますし」 独りごち、僕はパソコンの電源を切る。シュン、と小さな音と共に正面に写し出されていた画像――『帝国』とその長年の敵である『共和国』の銀河規模の領土図――も消え去った。 AC508に終結した射手座の日戦争から七年。一時的であることなど誰もが暗黙の了解として知っている和平が、ついに崩れた。先日、中立地帯である地球で行われた平和記念式典にて我が帝国を統治する皇帝陛下の御命が何者かに狙われたのだ。皇帝ご本人は無傷だったが、それを庇った秘書官が凶弾を受けて即死。そして僕が所属する帝国軍機密情報管理局・通称『機関』が突き止めた犯人は案の定と言うべきか、共和国の人間。しかも軍人だ。 未だ帝国・共和国の両国とも宣戦布告はしていないが、近日中にそれは確実になされるだろう。 「これから忙しくなりますね」 零れ落ちた声に震えは無かった。 無論、戦争が怖くないはずなどない。しかし僕個人としては戦争で死ぬ気などさらさら無かった。何故なら僕には天才と詠われる常勝の女神を始めとして素晴らしい仲間達がいるからだ。 その優れた頭脳と身体能力ゆえ、士官学校卒業と同時に異例ながらも大佐の地位に任命された涼宮ハルヒ。 幼い頃から特殊な教育を受けていた情報操作のスペシャリスト、長門有希。 小柄な体躯と年齢の割に幼さを残す顔付きで周囲の庇護欲を誘いつつも、その容姿からは考えられぬほどしっかりとした一面を見せる朝比奈みくる。 そして、決して目立たないし周囲もそんな認識など持っていないだろうが、実はかなりの作戦立案能力を有しているらしい――加えて、時折自身の能力を無茶苦茶な方向に使おうとする涼宮さんの軌道修正役でもある――『彼』 『機関』とは別に僕が身を置くその場所・SOS艦隊が負けるなんて、僕には考えられない。他人が聞けば夢物語だと鼻で笑うかも知れないが、実際にそう感じてしまうのだから仕方が無いだろう? 口元に小さな笑みを刷き、席を立つ。さあ、これから作戦会議に参加しなければ。きっと涼宮さんがいい意味でも悪い意味でも皆の驚くような案を出し、それを『彼』が上手い具合に纏めてくれるはずだ。(この二人の一風変わったコンビネーションのおかげで、SOS艦隊は常に良策を編み出してきた。) 「さて、行きますか。勝って皆で生き残るために」 + + + + + 全人類の故郷・地球から見て射手座の方向で開戦された「射手座の日戦争」が終結。帝国と共和国に束の間の平和が訪れる。 AC510 戦争の爪跡が徐々に消えてゆく中で帝国軍第二統括課第三分室が帝国軍機密情報管理局(通称『機関』)へと名称を変更及び再編成。 AC511 帝国軍士官学校第31期生、古泉一樹が三年のカリキュラムを終えて士官学校を卒業。と同時に『機関』へと配属される。 AC512 帝国軍士官学校第32期生が卒業。 その卒業生で涼宮ハルヒという少女がその優れた頭脳と身体能力ゆえ、卒業と同時に異例ながらも大佐の地位に任命される。また彼女の要望により同じく第32期生である三名が彼女の元に中尉として配属される。ただし彼女と比べて他の三人の地位が低すぎると言う意見が上がり、涼宮ハルヒの能力の高さに注目した『機関』がこれを好機と見て、古泉一樹を涼宮大佐つき幕僚総長(地位は少佐)とする。 そして、射手座の日戦争終結から七年後のAC515 それまで毎年、中立地帯であり帝国・共和国両方の故郷である地球で行われていた平和記念式典において、帝国の頂点に立つ皇帝が何者かに銃撃を受ける。皇帝本人は無傷だったが、それを庇った秘書官が凶弾を受けて即死。その後、銃撃は共和国の軍人によるものと『機関』が突き止め、再び帝国と共和国の戦争が始まった。これを「第二次射手座の日戦争」と呼ぶ。 |