闘う少年










 そいつがハルヒの持ってる力の所為で現れたのかどうかなんて俺の知ったこっちゃない。事実としてあったのは、最近この学校の近くで不審者が見かけられるようになったこと、その話をハルヒが耳に入れたこと、加えて(おそらくはノリが大部分で)ハルヒが朝比奈さんと長門に「もし変な奴が出て来てもあたしがみくるちゃんと有希を守ってあげるわ!」と笑って言ったこと。ただそれだけだ。
 でもまさか、女子三人男子二人で集団下校中にその不審者が出て来るとは。
 下り坂の途中で俺達の行く手を塞ぐように立つそいつ。誰よりも早くまず長門が反応して一歩前に出る。するとそれに気付いたハルヒが長門と朝比奈さんを守るように前へ。「なによアンタ。」と気丈な振る舞いを見せるが、その声は確かに震えていた。
 長門がいれば所詮ただの人間でしかない不審者の一人や二人、なんてことはないだろう。だがしかしな、長門だって女の子で、その後ろで突っ立っている俺と古泉は男。自然の摂理に則り、こんな時くらい身体張って盾になるくらいせんでどうする。しかも我らがSOS団の団長様のことだってある。
「・・・あなたはここに。僕が行きます。『鍵』であり僕の友人であるあなたを危険に晒す訳にはいきません。それに僕は副団長ですし。」
 俺の考えを読み取ってか、古泉がにこりと笑って告げる。阿呆。その理論で行くならお前だって俺の友人だし、それに俺はSOS団の下っ端。他の団員の手を煩わせちゃいかん立場だろうが。
 限定空間でしかエスパーになれないエスパー少年が走り出そうと足を踏み出した。その背中が視界に入る前に俺も地面を蹴る。だんっ!と自分でもちょっと半端ない音を立てて――古泉もハルヒも振り返ったからな――俺の身体は一気に加速する。目標まで5mも無かった距離を一瞬で0にし、その勢いを全て振り上げた右脚に乗せた。
「はぁっ!」
 知ってるか。人間って何か動作をする際に声を一緒に出すと、普段より強い力が出せるらしい。オリンピックで砲丸投げの選手が叫んだり、テニスプレーヤーがラケットを振るのに合わせて何か言ってんのもそれが理由なのだとか。でまあ、俺も腹から出すような声を伴って脚を相手の側面に叩き付ける。がつ、という鈍い音。くそ、不審者のくせに防御するとか腹立つな。大人しく吹っ飛ばされてろってんだ。
 チッと短く舌打ちをして右足を地面につける。でもって今度はそれを軸足にして上半身を捻りながら左脚を。・・・おいおい、また防ぐか、こいつ。
 とその時。なんだか背筋を嫌なものが駆け上がり、俺は咄嗟に身を退いた。
 ひゅん、とこちらのネクタイを掠めていく銀光。赤い布に僅かな切れ目が入っていた。
「・・・はっ、それでハルヒ達を傷つけるつもりだったってか。」
 吐き捨て、俺はその銃刀法違反者を睨み付けた。
「正当防衛決定、だな。」
 こちらがニッと口端を持ち上げたのを、相手は見ることが出来ただろうか。大技であり隙も大きい蹴りは避け、前方に駆け出しつつ左手で手刀を作り、ナイフを持つ方の手首を弾く。相手がナイフを手放すまでには至らなかったが、その銀光の動きを邪魔するには充分。俺は左手をそのまま盾代わりにして右の拳を固めた。
「ぐっ・・・!」
 初めて耳にした不審者の呻き声。こちらの動きに反応し切れなかったそいつは見事俺の拳を鳩尾に受け、身体をくの字に折り曲げた。俺はその隙に盾代わりだった左手で相手の右手首を掴み、思い切り捻り上げる。そのまま背中に回り込めば、再び呻き声が漏れ出てきた。カラン、という高い音はナイフが落ちたからだ。
 足で相手の膝裏を蹴りつけて地面に膝をつかせたら、続いて勢いを殺さずに頭と未だ掴んだままの右手首を前方に押して這い蹲らせる。ちょうど不審者の頭がハルヒ達の方に向くようになり、そこでようやく俺はSOS団員の顔を再び視界に入れることとなった。・・・おお、驚いてるか。やっぱり。
「ハルヒ、怪我とかしてないな?」
「え?・・・う、うん。あたしもみくるちゃんも有希も、みんな大丈夫よ。」
 俺の先刻までの様子に唖然としていたが、さすが団長と言うべきか、朝比奈さんと長門の様子を素早く確かめてハルヒが答える。俺は不審者の背中に片膝を乗せて半ば馬乗りの状態を保ち、そうか、と頷く。いやいや、何事も無くてよかったよ。男ならともかく、三者三様の美人と言えるSOS団の女性陣に傷の一つでもついてみろ。もしそんなことになったら・・・なぁ?
 ぐっと膝に体重をかけ、なんとかして俺の下から逃げ出そうと身動ぎする相手の背中を押さえつける。ふむ、こりゃ後ろ手に縛るくらいしておかんとな。
 右手で自身のネクタイを解き、それを縄の代わりにして不審者の両手を背中で縛りつける。あとは足もなんとかしておきたいんだが・・・。そう思ってくるりと周囲を見渡せば、携帯電話片手の古泉と目が合った。
「どうぞ。よろしければ僕のもお使いください。」
「ああ、すまん。それから古泉、ちょっとここ押さえておいてくれるとありがたいんだが。」
「了解致しました。ここですね?」
 古泉はこちらが指示した通りの箇所に手を置いて力を込める。拘束が強まって不審者の動きは更に小さなものになった。古泉、お前上手いな。
「お褒めいただき光栄です。それと先程警察に連絡を入れておきましたので、間も無くパトカーが来てくださると思います。」
 後半の台詞は俺だけでなくハルヒ達にも向けて。古泉が如才ない笑みを浮かべて言った。
 奴の言う"警察"が本物の警察官なのか、それとも『機関』の人間が扮したものなのかはさておき。時間ゆえか古泉の発言ゆえか、ようやくいつもの調子を取り戻し始めたらしいハルヒの「よくやったわキョン!お手柄ね!それから古泉くんも迅速な対応ナイスよ!」という声を聞きながら、俺は両足も縛り終えた不審者の背中を今一度強く踏みつけた。あ、古泉。お前も踏むのか。よし、もっとやれ。



* * *



「昨日はお手柄だったね、キョン。」
 翌日、登校して来た俺に開口一番そう語り掛けてきたのは国木田だ。あれから15時間ほどしか経っていないと言うのに情報が早いな。
「そう?でも結構みんな知ってるみたいだけど。」
 と言われてぐるりと周囲を見渡せば、なるほど。道理で視線が突き刺さってくる訳だ。ここに来るまでは、またうちの団長殿が何かやらかしたのかとでも思ったが、どうやら今回の原因は俺自身にあるらしい。
「にしても、一人でナイフ持った不審者を捕まえたんだって?怪我は無いみたいだけど・・・」
 窺う様子の国木田に俺は「ホラこの通り。」と笑って見せ、昨日の唯一の被害者であるちょっとばかり切れ目の入ったネクタイを指で摘まんだ。生憎家には予備のネクタイが無かったため、仕方なく今日はこれを着けて来たのである。
「昼飯食ったら購買までひとっ走りだ。まったく迷惑この上ない。」
「でも怪我が無くて本当に良かったよ。いきなり喧嘩とか・・・高校入ってからのキョンってずっと大人しかったしね。昔と比べて。だからブランクもそれなりだったじゃない?」
 ふむ。そう言えばそうだな。つーか昨日のことを「喧嘩」と言うか、国木田よ。喧嘩と言うものは基本的に同レベルの存在がやるもんじゃないのか?だがあの時の俺は素手で、相手は武器持ちだったぞ。
「勝った方が何言ってんのさ。それに僕みたいに"あの"キョンを知ってたら喧嘩で済ませられると思うなぁ。」
 いや、そんなしみじみと。
 思わず突っ込むが、その言葉に触発されて過去回想なんぞしてみた瞬間、俺は中学時代の自身の所業に苦笑するしかなくなってしまった。ああ、そうだな。確かに一時期俺は今からじゃ想像出来ない人間だった。
「もっと端的に言っちゃえば?グレてましたって。」
「反抗期の割には荒れ過ぎだったようにも思うがな。」
「家の中で問題起こさない代わりに夜の繁華街に繰り出してストリートファイトだなんて、どこの漫画の世界だって言いたくなるようなことしてたよね。」
 あはは、と軽く笑う国木田。ただしその台詞がかなり潜められた声でもって発言されたのは、こいつなりに色々と配慮してくれた結果なのだろう。まあ、中坊が粋がって暴力沙汰を起こしていたことに変わりはない。ちなみに当時の俺は喧嘩を買うが、売る方ではなかった・・・はず。警察のお世話にならなかったのはただ運が良かっただけだろう。荒れてた期間がそう長くなかったのも理由の一つか。
「あと、ストリートファイトって言うのは止めてくれ。そこはかとなく恥ずかしいから。」
 喧嘩で済ませられるのもアレだが、過去の行いをそういう風に呼ばれるのも、こう背中の辺りが痒くなってしょうがない。ついでに誰彼構わずごめんなさいと言って回りたくもなるのでマジで頼む。
「そうですか?格好いいじゃないですか。」
「はあ?あれのどこが・・・・・・・・・っていつから居やがった古泉!!」
「結構前から居たよね。」
「ええ。あなたがあのような動きが出来た理由も粗方判りました。」
 にこり、と国木田と示し合わせたかのように微笑むのは九組にいるはずの古泉だ。気配なんてこれっぽっちも感じなかったぞオイ。
「その辺がブランクの影響なのかな。」
「いえ、ただ単にこうして僕が近くに居ることに慣れてしまったからではありませんか?」
 勝手な予測を立てる古泉に全力で否定したやりたい気持ちが先立ちまくっているのだが、それはとりあえず脇に置いておくとして。なんでお前がこんな所に居るんだ。ホームルームが始まっちまうだろうが。
「それでしたら・・・なるべく早くこちらをお渡ししようと思いまして。」
 と言って古泉が差し出したのは本日俺が昼休み中に購入予定だったもの。この学校指定の赤いネクタイだった。
「何だこれは。」
「昨日、少し切れてしまっていたでしょう?それに縄代わりにも使いましたし。ですから新しいのが必要になるだろうと思いご用意致しました。」
 そう言って微笑む副団長殿。
 古泉君ってやっさしーと笑っているがな、国木田。おそらくこれは古泉のポケットマネーからではなく機関から必要経費として落とされる(もしくは予備用に古泉の所に元からあった)ものだと予測するぞ、俺は。
 なんて考えが解っているのか、胡乱気な目を向ければ古泉は一瞬だけウインクをして見せ、「涼宮さんに見つかってしまうと『SOS団副団長だからってあんまり団員を甘やかすのはだめよ!』なんて怒られてしまいますからね。どうぞお早く。」とこちらを促す。俺は溜息を隠すことなく吐き出し、とりあえず礼の言葉だけは告げてそれを受け取った。確かにその分の代金だけ得したはずなのに、ひしひしと感じる敗北感は何なんだろうな。






















古泉の方が8センチ高いのに、キョンの方が1キロ重いという設定から。

それならキョンの方が古泉より筋肉質ってことでいいじゃん!

⇒ってことはキョンの方が運動神経いいとかでもいいよね。

⇒いっそ喧嘩に強いってのもアリか。

そして出来上がったのはどういう訳かストリートファイター・キョン(違)

お家ではいい子(兄)。外では悪い子。

ちなみにキョンのネクタイ代は古泉自身のお財布から出てます。
















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