愛してる。愛してる?
「だから嫌だって言ったのに・・・」 うんざりと呟き、俺は同じ惨状を見つめる男を睨み付けた。 俺達の目の前に存在するのは冷めてぐしゃぐしゃになったシーツ。それから真っ白いはずのそこに広がる赤黒いシミ。―――横の男が吐き出した精液と混じって固まった俺のものだった。 「いやあ・・・まさかこれほどとは思いませんでした。」 眉尻を下げ微笑みながら告げるその顔はかなり整っている。だが俺にだって文句の一つも言っておかなきゃ許せないことはあるんだよ、うん。 先述の通り、俺は確かに嫌だと言ったんだ。こうなることが分かっていたからな。 「アホかお前。お前が所謂"盛んなお年頃"だってのは俺も重々承知しているが、それでもヒトが生理中の時くらい自重しろよ。」 そう。こいつは―――古泉一樹は、あろうことか俺が生理中だということを知っていながらことに及んだのだ。そりゃまあ、俺とこいつはそういうことをやっても可笑しくない関係ではあるがな?それでも、だ。いくら互いが互いの仲をきちんと認識していると言っても抑えるべきところは抑えるべきだろう。俺だからこうやってジト目を向けて多少詰るだけで済んでいるが、普通の女の子だったら即行で縁切りされてんじゃないかね。 「本当にすみませんでした。反省していますから、どうか許していただけませんか。」 「・・・ふん。許すも何も、別にぎゃあぎゃあ怒るつもりはないがな。一般論くらいはちゃんと判っておけよ?じゃないと俺以外の相手を見つけた時、お前が一番困るんだからな。」 「え・・・?」 古泉が目を丸くして俺を見た。 ん?なんだ。俺、何か変なことでも言ったか?とは思いつつも、まだもう少し言っておきたいことがあるので続けさせてもらう。 「それでだな、俺もまあお前に"そういう"衝動をすべて抑えろとは言わん。生理現象でもあるんだから仕方が無い。だから俺はこう提案させてもらいたい。・・・俺が生理だとかでお前の相手をしたくない時、それでもお前がヤりたくてしょうがないなら、いっそのこと別の女でも適当に引っ掛けて処理してこい。お前のその顔なら別に金を払わんでも相手くらい見つかるだろう?」 流石にこんな美形を捕まえて「マスでも掻いてろ」なんて言えないしな。それに正直なところ俺はこいつが俺以外の相手を何人持っていようが構わん。むしろこんな平々凡々な俺がこいつの相手をやってるなんてことの方が常軌を逸していると思う。つまり俺は自分の分をわきまえたいのさ。 「な。いい考えだろ?」 にこりと笑って古泉を見る。・・・おいおい、どうした古泉。そんなに顔を青くして。別にこのめちゃくちゃ落ちにくそうなシーツの汚れを(生活破綻者予備軍の)お前に洗えなんて言うつもりは無いし、俺が口にしたのはお前にとって何ら不都合の無い条件だろう?ああ、それとも。ヤるヤらないとは別の話で、閉鎖空間で危ないことをやってる割には血を見るのが意外と苦手だとか。はは、しょうがない奴だな。 「あ、の・・・」 「ん?なんだ、やっぱりシーツは洗うより買い替えちまうか?」 「え?いや、そうじゃなくて・・・」 「言いたくないなら言わなくていいが、言いたいことははっきり言え。ちゃんと聞いてやるぞ?」 「ぁ・・・、やっぱりいいです。」 「・・・そうか。で、シーツはどうする?」 「代わりがあったはずですから、ちょっと取ってきます。あなたはそれをベッドから剥がして適当に畳んでおいてください。シーツの処分は僕がやりますから。」 「そうか。じゃあ頼む。」 「はい。すぐ戻りますね。」 そう言って古泉はようやく微笑らしきものを浮かべ、少し急ぎ足で部屋を出て行った。・・・ふむ、やはり血は苦手なのかもしれないな。シーツはなるべく赤い部分が見えないよう畳むべきだろう。 胸中で呟き、俺はあいつが戻って来る前に作業を終えるため早速シーツ剥がしに取り掛かった。 □■□ 「・・・ぅ、」 思わず漏れ出てしまいそうな悲鳴を抑えるかの如く、僕は手の平で強く口を覆った。そんな、(わかっていたけど、)そんな、(彼女がそういう人だって、)そんな、("アッサリ"した人だって、)そんな、(彼女のそんな清々しい部分に惹かれたのは僕自身だけれど、)そんな、(自惚れなんかじゃなく彼女だって僕を好いてくれているのは解ってるけど、)そんな、そんな、そんな! 「まるで僕だけがあなたを愛しているみたいだ・・・」 呟きにはまるで力が無い。今にも泣き出しそうな声に情け無さが更に積もった。 生理中だと嫌がって行為を拒む彼女を半ば無理やり(それでも出来る限り優しく)押し倒したのは、この臆病者でどうしようもなく情けない僕を彼女が好いてくれていることを確かめるためだった。どこまで彼女は僕を許容してくれるのだろうか、と。 その結果は御覧の通り。彼女は僕の行為を許してくれた。まったく怒らないし、多少咎める口調ではあっても縁を切るなどとは言い出さない。しょうがない奴だな、と苦笑するだけだ。でも。 「僕があなた以外の女性を抱く・・・?そんなこと起こるはずがない。僕が愛しているのはあなただけなんです・・・!」 彼女の突然の提案に僕はまるで地獄に叩き落とされたような心地になった。 それは確かに彼女の優しさなのだろう。僕のことを思ってのことだ。それでも僕はそんなこと言って欲しくなかった。だって愛しているなら相手を別の人間と一緒にはさせたくないはずだろう?僕なら嫌だ。彼女が別の男と一緒にいる姿を想像しただけで全身を灼熱の怒りが満たす。きっと彼女の隣に別の男がいるのを見たら僕はその相手に殴りかかってしまうのではないだろうか。 でも、彼女は違うのだと言う。それは僕と彼女の想いが違うということなのか―――嫌だ、考えたくない。僕は彼女を愛している!そして彼女だって(恥ずかしがって滅多に言ってくれないけれど)確かに僕を好きだと言ってくれるんだ!それが真実。真実なんだ!! ぐっと拳を握り、手の平に爪を喰い込ませる。 大丈夫だ。僕らは愛し合っている。僕らは恋人で、身体だって繋げて、彼女は僕の無理な願いだって受け入れてくれる。そうだろう?古泉一樹。ならば何も不安に思うことは無い。この吐気も、手で押さえなければ叫んでしまいそうな衝動も、すべては不要なもの。今の僕がしなければならないのはさっさと替えのシーツを探して彼女の元へ持って行くことだ。そして微笑を浮かべてすみませんと誤りながら彼女を手伝う。あとは二人で一緒のベッドに寝転がり、共に朝を迎えればいい。僕にはそれが許されている。 一度大きく息を吐き、吸う。よし、と呟いて僕は行動を再開した。 大丈夫。彼女は僕を好いてくれている。大丈夫、だ。 |