「古泉っ!」
 パンッ・・・と乾いた音が響く。
 ああ銃声か、と立場上決して不慣れとは言えなくなってしまったその音と、隣に立っていた『彼』が僕の名を呼ぶのを同時に聞きながら、僕の身体は自分の意志と無関係に彼の背後へと彼自身の手で引き摺られていた。
「・・・くっ、」
 僕の代わりに凶弾を受けた彼は短く呻き、溢れ出る血が瞬く間に胸を真っ赤に染め上げていく。普通なら致命傷だ。『機関』に入り超能力者をやっているおかげでこういった命を危機に晒す事態にも耐性がついてきているが、それでもこの状況はいつまで経っても慣れない。彼が僕を庇い、血に染まるなんて。だけど、
「いきなり撃ってくるなんて失礼ですね。名乗るくらいしたらどうですか。」
 努めて冷静な声で僕は銃声の発生源に視線を送った。血を流しながらでも尚、僕を背後に庇おうとする彼がいるためにちょっと格好は付かないのだが、その辺は致し方ないとして諦めて欲しい。
 どこにでもいそうな一般人の姿をして、けれど一般人が持っているはずのない鉄の塊を右手に構えたその人物は無傷の僕と僕を庇って撃たれた彼へと視線を交互にやりながら、失敗したことに些か焦りを見せている。しかしおそらく反機関組織の一員であろうその人物は無論この場で口を割るつもりなど無いらしく、口を真一文字に結んだまま開く気配は皆無だ。セオリー通りと言えばセオリー通りかも知れない。やはり高校生二人で凄んでも迫力なんて期待出来ないということか。(解っていたことだけれど、怒ると笑顔のくせにやたらめったら怖い森さんを知っているものだから少しばかり期待が無かったとも言えない。)
「どうします?」
 喋らない人物を相手にしても意味がない。代わりに僕は目の前の彼へと話題を振り、銃弾を受けても平然と立つその姿に目を眇める。
 こちらの問いかけに彼の答えは既に決まっていたらしく、一瞬だけ僕に視線をくれた後、呼気だけで短く笑って答えた。
「黙秘ってんなら、まあそれならそれで別に構わねえさ。どうせ『上』に引き摺って行きゃ問答無用で口を割らされるんだからな。」
 重傷であるにもかかわらず、彼が余裕に満ちた表情でニヤリと笑い、視線が相手を捉える。
 ああ、何度この背に守られたことだろう。そしてこの身震いするほど恐ろしく頼もしい気配。三年前、一人の少女によって力を与えられた頃からからずっと傍にあった感覚だ。
 足元から靴とアスファルトの間で砂の擦れる音がしたのは彼が動く合図のようなもの。撃たれておいて何が出来るのかって?そんな疑問は彼にとって無意味。見据える先の人物も傷ついた彼が僕を庇う盾以外の何になれるのかと愚弄するような目をしているが、それが命取りなのだ。
「ほどほどに、ですよ?」
 あまりに酷くしてしまうと森さんに怒られてしまいます。先に治療しなければ取調べが出来ないじゃないか、と。
「ああ解ってる。喋るだけの気力は残しといてやるさ。」
 そう告げた瞬間、人間の範疇を越えた加速で彼の身体が動いた。一瞬で相手の元へ辿り着き、二発目を撃たせる間も無く銃を取り上げて己の右手で構え直す。武器を取り上げられたその人物は喉の奥で引き攣った声を出しながら、大きく見開いた目で自身を取り押さえる彼を凝視した。
 おや、その顔に走ったのは痛みか。
 視線を移動させれば、彼に拘束された腕が早くも変色し始めている。
 あのままいくとポッキリ折られてしまうのではないか。僕は別に構わないけれど。だってホラ、彼を傷つけた犯人なのだし。
 視線は逸らさずにポケットから携帯を取り出し、反機関派と思われる人間を一人確保したことを森さんに伝える。状況説明として現在進行形で『彼』が相手の腕を折りそうですと言ってみたが、それくらいなら彼女もOKだそうな。電話を切り、再びポケットに仕舞うと、それを見計らったように彼が声をかけてきた。(勿論相手を取り押さえたままで、である。)
「森さんか?」
「ええ、腕と足までならOKだそうです。肋骨は内臓に刺さるかも知れないから止めておけ、と。」
「了解。それじゃあ遠慮なく。」
 ボキン、と鈍い音がして捉えられていた腕が可笑しな方向に曲がる。大人としての矜持か、耳を劈くような悲鳴は無い。しかし恐怖の感情は相手の顔にありありと浮かんでいて、それを見た彼がふんっと鼻で笑った。
「この後は俺達よりもっと怖いお姉さんが相手してくれるからな。ま、精々頑張れよ。」
「っ・・・な、んで。きさ、ま、撃たれたはず、なのに・・・!」
「ようやく声が聞けましたか。生憎僕らの欲した答えではありませんが。」
 絞り出すような声だった。それを僕も彼と同じく一笑に付し、続いて「きさま」こと彼の身体を見る。
 撃たれた傷跡は既に出血も止まり、服の上からでは窺えないが、もう大分治ってきていることだろう。しかしながら彼のその特殊な事情を知らない相手にとっては、致命傷を受けながら人外的な動きまでして見せる彼に得体の知れないものを感じているというところか。
 ただ、地に這い蹲ったその人物に彼と僕の事情を話すなんて面倒臭いし、それ以前に勿体無い。
 相手の疑問に答えるか否か一瞬で判断を下した僕はにこりと笑って言い捨てた。
「申し訳ありませんが、あなたにこの人のことを話す理由がありません。と言うことで、さようなら。」
「だそうだ。じゃあな。」
 とん、と彼の手刀が首筋に入り、取り押さえられていた身体が力を失う。もう少し待てば『機関』の車が回されて来るだろうから、あとは車にこの人物を放り込んで終了だ。そして僕達はまた先刻と同じようにSOS団所属の学生に戻る。
「その前に制服を着替えにゃならんがな。」
「・・・ああ、穴が開いて血までついて。もう着られませんね、これ。」
 会話の内容はアレだが、既に学生らしい雰囲気を取り戻して僕らは笑った。だってこれが僕らの日常なのだ。



* * *



 彼との出会いは僕が小学校を卒業したその日にまで遡る。
 北高での生活上、僕は親元を離れ一人暮らしをしている設定になっているが、実を言うと僕は孤児だ。物心が付くか付かないかの頃に両親を交通事故で亡くし、仏教系の孤児院に預けられた。その孤児院の宗派は光言宗と言う。一般的に見れば些かどころかかなりマイナーなものなのだが、幼い僕がそんなことを気にするはずも無く、周りの人間にもそこそこ恵まれていたので問題は無かった。
 涼宮ハルヒの力によって中学卒業までお世話になれるはずのその孤児院を中学生になってから幾らもしないうちに去らなければならないのだが、小学校の卒業式を終えたばかりの(まだ一般人だった)僕がそれを知るはずもなく、不安と期待を抑えられないまま夜を迎えた時のこと。
 僕と同じくこの孤児院に預けられ、卒業式を終えた幾人かの子供達と共に夜の孤児院を探検してみようという話が持ち上がった。少し大人になったような気分も手伝い、反対意見は皆無。全員乗り気で、建物内とその周囲の庭――と言うより雑木林に近かった――を懐中電灯一つで歩き回ることになった。
 度胸試しでもあるその探検は一人で行い、時間を決めて各々が探索の結果見つけた物を持ち寄ること以外は全て自由。そして僕はこともあろうに孤児院の先生から危ないから決して近寄ってはいけないと言われていた古い祠の周辺へと足を向けたのだ。
 懐中電灯で足元を照らしながらザクザクと落ち葉を踏みつけて祠の周りを観察する。ちょっと大きめの、子供数人なら余裕で入れそうな、祠と言うよりお堂と言った方が良いような木造のそれは、閂で扉を閉ざしており、神を祭るためのものとしては些か不釣合いに見えた。そしてその不釣合い具合が僕の幼い好奇心に火をつけ―――そう、お解かりだろう。僕はその扉を開いてしまったのだ。
「階段だ・・・」
 祠の中にあったのは仏像やそれに類するものではなく、地下へと伸びる階段。闇は深く、先に何が在るのか全く判らない。しかし僕は好奇心と『何か』に呼ばれたような感覚に促されるまま、石造りの階段を下りていった。
 階段を下りきって辿り着いた先、地下であるにもかかわらず薄ぼんやりと明るいその空間は荒削りの岩が壁と天井を形作り、僕が立っている場所を含め壁に近い所以外、地面は暗い水で満ちていた。試しにその水へ腕を突っ込んでみると、ギリギリ子供の腕が水底に届く程度の深さだ。
 季節柄か場所柄か、水の冷たさが身体の芯に伝わり、ふるりと身震いする。そんな僕が次に見つけたのは、今まで足元ばかりに向けられていた懐中電灯の光が偶然照らし出した『それ』。部屋の中央に据えられた巨大な柱と、そこに縛り付けられている人影だった。
「・・・ひっ、」
 白い着物を纏った影に悲鳴が漏れる。と、その時だ。白い影が動きを見せたのは。
「・・・、・・・・・・・・・」
「ぁ・・・な、に・・・?」
 何を言っているのかは声が小さくて聞き取れない。けれど『それ』が言葉を発していることだけは判る。そして僕は恐怖で身体を硬くさせながら視線を逸らすことも出来ずに白い着物の誰かがゆっくりと顔を上げる様を見ていた。
「っ・・・れだ・・・・・・」
「え?」
「そ、に・・・いるの、は・・・だれ、だ。」
 視線が絡む。
 暗闇の奥から真っ直ぐに僕を見、その人は僕に誰かと問うた。白い着物ばかりが目立って性別まではハッキリしなかったのだが、声を聞くにどうやら相手は男性らしい。そんなに年を取っていなさそうなので青年と言い換えるべきか。けれど、そもそも何故こんな所に人間が?孤児院の先生達は"危ないから"ここに近寄ってはいけないと言っていた。けれど実際に行ってみれば、祠の周囲は僕達が遊ぶ場所と大して変わらなかったし、祠そのものも今すぐ崩れると思えるほどオンボロではなかった。ならば近寄ってはいけない本当の理由とは何か。"危ない"ものとは。
「まさかこの人が、」
 柱に縛り付けられ、声を出すことすら満足に出来ない人間を危険だと言うのだろうか。そんな馬鹿な。
 呟きは胸中だけに留まらず、無意識のうちに声となって小さく闇を揺らした。本当に微かな声だったつもりなのだが、それでも青年は僕の言葉を聞き取ったらしく「ははっ、」と喉を震わせた。
 笑って、いる?
「なんだ・・・まだ子供、じゃねえか。ここ、には・・・近寄るな、て、言われ・・・なかったのかよ、お前。」
「言われましたけど、でも、先生達が言ったみたいに危険なものなんてここには・・・」
「危険な、もの、なら・・・いるだ、ろ?・・・目の前に、な。」
 告げた青年の口元がきゅっと吊り上がる。目を眇めたその表情は嘲笑、しかも自嘲だ。
 名も知らぬその人が浮かべる自虐的な笑みに何故か僕の胸はチクリと痛みを訴える。その所為だろうか。僕は恐怖を凌駕した何かに背中を押され、「違う!」と叫んでいた。
「あなたは真っ直ぐに僕の目を見て話している。そんな人が危険な・・・悪い人だとは思えません。」
 そうだ、先生達も言っていたじゃないか。人の目を真っ直ぐに見て話せる人は心の綺麗な人だって。だったらこの青年も心の綺麗な人に違いない。怖くなんて、ない。危険であるはずがない。
「あは・・・あははっ、」
 僕がそう言うと、彼が自虐の笑みではなく、今度は楽しげに笑った。ついつい僕まで嬉しくなってしまったが、もしかして僕、変なことを言ってしまったのだろうか。悩むこちらに、しかし彼は僕の思考を拭い去るかの如く真っ直ぐな視線を向け、強い声で告げた。
「はっ・・・気に入ったよ、お前。・・・ああ、そうだ・・・気に入ったついでに、お前・・・俺と契約、しないか?」
「けい、やく・・・?」
「お前に・・・俺の、生きる理由になって、欲しい。―――その代わり、俺がお前を、守るから。」
 幼く、そして光言宗の深部を知らなかった僕に青年の言葉の意味を理解することは出来なかった。しかし真摯な瞳と身体の奥底から溢れ出す名も無き想いに駆られ、僕は首を縦に振った。


「ほう・・・キミが『狂姫きょうき』の新しい契約僧、いや、まだ光言宗うちの僧侶ではないから契約者か。まさか"災厄の姫"の契約者がこんなに幼い少年だとは驚きを隠せんよ。」
 『狂姫』『災厄の姫』
 その名が誰を指しているのか、知ったのは『彼』と契約して祠を出てからすぐのことだった。(何せまだ日付が変わっていなかったのは確かだ。)
 始めは何が何やらさっぱり判らなかったのだが、青年を見て事情を悟ったらしい孤児院の先生達は他の子供達を別所に移し、あっという間に光言宗のお偉方とやらを施設内に招き入れた。『彼』を見て、訪れたその人達は口々にその単語を告げ、明らかに畏怖の篭った瞳を僕の隣に立つ彼に向ける。そんな中、何も判らず戸惑う僕に語られた『彼』の真実。まるで漫画のような話に僕の頭は今にも熱を出しそうなほどだった。
「不死殺しの、不死・・・。」
「ああ、それがキミの隣に立つ青年―――我々は特別に『狂姫』と呼ぶが――の役目であり、存在そのものだ。」
 訪れた男は語った。僕が地下から見つけ出した青年は人間ではないと。正確には既に死んでしまった人間。この世に未練を残し、死ぬに死ねなかった者の内、特定の条件を満たした一部の彼または彼女達が『動く屍リビング・デッド』となってこの世に再び生まれ落ちるのだと言う。そして光言宗はそんな彼女ら――条件を満たすのは殆どが女性であるらしい。つまり男性である『彼』は特例中の特例なのだ――を総称してこう呼ぶ。『屍姫しかばねひめ』と。
 彼女らの仕事は彼女達とは異なる原理でこの世に動く屍として残り、生きている人間に害を及ぼす『屍』を狩ること。既に死んでいるが故に不死であるはずのその屍を108人"殺す"ことによって天国へと至ることが彼女達の最終目的なのだ。
「我々は『幸福と死の条件』と呼んでいるがね。彼女達が屍を狩り、その報酬として我々は彼女達を天国へ送る―――古来からずっと続いてきた契約だ。・・・まあ、例外もいないわけではないのだけれど。」
 苦笑を浮かべるその人は一体誰を指してそう付け加えたのか。『彼』のことかも知れないし、僕の知らない誰かかも知れない。
 今は関係ないことだとかぶりを振り、僕は先程から説明してくれている一番偉そうな男性に言葉を向けた。
「それでは何故、仲間であるはずのこの人をあんな所に閉じ込めていたんですか。」
「・・・それは、」
「俺が前の『契約僧』を喪ったからだ。」
「前、の・・・?」
 僕の問いに答えたのは男性ではなく、すぐ横にいた青年。彼は薄い笑みを浮かべ、次いで懐かしむように瞼を下ろした。
「俺が『屍姫』になったのはもうかなり昔のことだ。色々派手にやって連中に、」
 と言って彼は孤児院にやって来た大人達を一瞥し、
「『狂姫』やら『災厄の姫』やら呼ばれるようになっちまったが、とにかく他の屍姫と同じく屍を狩っていた。でも契約していた相手が死んじまってな。・・・契約僧を喪った屍姫は長く放置すると屍姫じゃいられなくなる。狩る立場から狩られる立場になっちまうんだ。でも屍姫ってやつはそうホイホイ簡単に契約僧を変えられるような神経なんてしちゃいない。なんたって生死を共にする相手かも知れねえんだからな。適当なのは勘弁だ。」
「だからあなたは、あんな所に・・・?」
「ああ。次の契約僧を早期に選べなかった俺はあそこに封印されて狩る者でも狩られる者でもなくなった。どうやら光言宗の奴らは俺が敵に回るのを嫌がったらしい。な、権大僧正殿。」
 ニヤリと笑って彼が男性――「権大僧正」とはかなり偉い位のことだと後で知った――に視線を向ける。権大僧正の返答は沈黙。どうやら肯定と受け取っていいようだ。
 彼が権大僧正に向ける表情は決して優しいものなどではなかったが、僕はこっそり彼を殺さず封印した光言宗に感謝した。何故ならそのおかげで僕は今、彼の隣に立っていられるのだから。しかもただの知人ではない、契約者という特別な繋がりを持つ者として。
 屍姫の契約者(ただしこの後、僕は光言宗に入って僧侶にならなければならないので、契約僧ということになる)は不死を殺すために危険な目には嫌と言うほど遭う。にもかかわらず、僕は真っ直ぐに人を見る彼の隣に立てることが、彼に気に入られたことが嬉しくて誇らしかったのだ。
「・・・とにかく、『狂姫』の新たな契約者が決まったことは事実。『狂姫』の選んだ者に文句をつける権利を我々は持ち得ていないのでな、キミが正しく屍姫と歩んでいけることを願っているよ、古泉くん。」
「ぁ、・・・はい。頑張ります。」
 こくりと頷き、答えた。どうやらあまり好いていないらしい権大僧正に僕が素直な返答をしたことが気に食わなかったのか、『彼』の表情がほんの少し面白そうではなかったけれど、僕が彼との契約を受け入れたと他人に表明した事実は然程悪くなかったと見える。大人になりきれていない、それでも僕よりずっと大きくて暖かな手に頭を撫でられながら僕はそう思い、また嬉しくなった。


 が、話はここで終わらない。本当に大変だったのはこの後だ。
 光言宗の僧侶になり屍姫の契約僧として仕事を開始した僕の身に、今度は涼宮ハルヒの力が及んだのだ。まさか僕までもが限定的とは言え超常的な能力を身につけるなんて・・・。
 だが、自分の意志で超能力者になったわけじゃない、などと悲嘆に暮れている暇はなかった。光言宗の僧として、『機関』の超能力者として、中学生として、二足どころか三足の草鞋を履いた僕は文字通り目が回るような忙しさの中で中学生活を送った。
 その中で唯一救われたことがあるとすれば、『機関』に『彼』の存在が認められたことだろう。どうやら僕の知らないところで光言宗と『機関』が色々話し合ったそうだが、最終的には『機関』が僕の契約僧としての仕事を認める代わりに『彼』には超能力者・古泉一樹の守護者としての役目も果たすということに落ち着いたのだ。まあ、それを知った時の彼は「んなことわざわざ決められんでも最初っからお前のこと守るつもりだったっつーの。なあ?」と苦笑いしていたが。
 そんなこんなで三足草鞋の三年間を終え、僕は高校生になった。この時、『機関』が何を思ったか『彼』を涼宮ハルヒのいる北高に入学させるなんて暴挙に出たのだが、ちょっとしたやくざの抗争的なものが勃発して今の通りの現状になった。『彼』には仮初の家族が与えられて一般人と言う名の下、僕とは違う学校で高校生活をスタートさせたのだ。その後二ヶ月もしないうちに僕が転校という形で再会出来たけれど、あの会えない期間のなんてもどかしかったことか。放課後は超能力者と守護者、もしくは契約僧と屍姫として一緒にいられたけど、不平不満が限界値にまで達していたことは確かである。
 それも今となっては笑って過ごせるものになったけれど。



* * *



 そして今宵、『屍姫』として彼が舞う。
 見据える先には土気色の肌を持ち、大きな鉤爪を振るって攻撃してくる屍が一体。ひゅん、と風切り音が聞こえるスピードで繰り出される一撃一撃を彼は最小の動きで躱すと、短く息を吐き出してその懐に入り込んだ。
「ナ゛ァ・・・!?」
「甘ぇよ、ばーか。」
 音が大きな重火器よりも刀やナイフ、素手での攻撃を好む彼は超接近戦で屍に死を齎す。楽しげに呟きニッと口元を歪ませて、右手に持っていた刀を勢いよく斬り上げた。黒色を帯びた血が空中に飛び散り、地面と彼の制服を染め上げる。
 これ程までの大量出血だ、いくら不死と言われる屍でも無事では済まない。
 もんどりうって倒れる屍へ更に一撃、返す刀でもう一撃。相手の攻撃手段である腕を二本とも斬り飛ばし、彼は血に濡れて鈍く光る刃先を相手の喉下に突きつけた。
「これで終わりだ。大人しくあの世に逝きな。」
「ダレガ・・・!」
 振り絞るような声で屍が叫んだ途端、斬ったはずの腕が瞬時に再生。そして近距離にいた彼の身体へ爪を喰い込ませる―――
「死ねぇぇぇえええ!!」
 危ないっ!
 その瞬間、僕は屍の鋭い爪が彼の制服を引き裂き、胸を穿つ瞬間を見たと感じた。ザッと音を立てて血が引いていくような、カッと頭に血が上るような、曖昧で、しかし激しい感覚。
 だが。

「だから甘いって言ってんだろ?」

 現実は僕の頭が描き出した想像と真逆を行き、屍が繰り出した腕の一方を素手で、もう一方を刀の背で受け止めた彼は、静かにそう囁いた。その姿に僕は安堵し、屍はギョロついていた目を更に大きく見開く。
「キ、サマッ!」
「はっ、誰を相手にしてると思ってんだよ。・・・それと古泉、お前も何年俺と一緒にこんなことやってると思ってんだ?」
 初めは相手を嘲笑するように、後半は僕に向け、苦笑を滲ませた声で。その声を聞き、僕は苦笑を零す。
 ああ、すみません。そうでしたね。だってあなたは―――。
 僕の言いたいことに気付いたのだろう、視線が合うと彼は頷き、次いで相手の屍に不敵な眼差しを送ってニッと口端を吊り上げた。
「俺は古泉一樹の『狂姫』、見縊ってもらっちゃ困るね。」







原作風味で『屍姫』(スクエア・エニックス)のWパロでした。