「死にたい・・・」
 でろり、と上半身を長机に預けて俺の正面に座る男は呟いた。いや、こちらにも聞こえるよう言っているのだから"告げた"と表現すべきか?・・・まあどうでもいいか。
 ああ、まず最初に説明しておくべきだったな。俺ともう一人がいるのは皆様お馴染みのSOS団団室。女性三人組は現在外出中である。俺らは居残りだ。ま、よくあることさ。
 最初、暇を潰すために始められたボードゲームは今や情けなくも途中放棄され、机の隅に追いやられている。言っておくが、俺が「つまらない」とか何とか言って放り出したわけじゃないぞ。始めたのも突然終わらせたのも、もう一人の方だ。
 手持ち無沙汰になった俺は長門セレクトの中から薄めの一冊を手に取り、流し読みの真っ最中。男はゲームを放り出したままの状態を維持し続けて現在進行形ででろでろだらだらしている。普段見せている姿とは正反対だ。
 そんな様子で正面の男は死にたいと一言呟いた後、視線を窓の外にやっていたのたが、俺が何の反応も示さずだんまりを決め込んでいると首から上だけを動かしてのろのろとこちらを向いた。
 じとり、と爽やかさの欠片もない視線が送られる。何もおっしゃらないんですね、ってお前、この俺に意見を求めるのか?それともそれ以前に驚いておけば良いとでも?はん、お前と違ってそこら辺のエキストラが精一杯の俺に今更驚愕の演技なんて期待したって無駄だぜ。そこに僅かでも本当の驚きや焦りを感じられたならまだしも、"慣れきった"この状況じゃあな。
 しかしまあ、目の前にいるのは一応これまでの高校生活で最も会話量が多かった男子生徒だ。慣れきってダルささえ覚える状況ではあるが、相手くらいはしてやろう。
「で、今日はなんで死にたいと思ったんだ?古泉よ。」
 ポツリと問い掛ければ正面の男―――古泉一樹がほんの少しだけ嬉しそうに(気色悪い!だが普段の「古泉一樹」が浮かべる表情より幾分マシ、ああいや、気にするな。なんかそういう表現をする自分が気色悪くなってきた。)目を細め、ただしその表情はすぐに暗くじめじめしたものへと取り繕って口を開いた。
「昨夜、久しぶりに神人が出たんです。」
 ほう。
「大した理由ではありません。たまたま彼女の生理三日目と派手なCMの割にくだらない番組が重なっただけのことなんですがね。」
 いやいや、後者はともかく前者の理由をくだらないとか言ったら世の女性からフルボッコにされるぞ。
「それでまあ、僕も赤玉超能力者の一人ですからね。完成間際の夕食を放置して閉鎖空間に行きました。」
 偉いと言ってやるべきか?それとも怪我をしなかったか今更ながらに聞いてみようか?
「あなたに褒めていただけるならたとえそれが形だけのものでも嬉しいですね。それと幸いにも怪我はありませんよ。」
「そうかい。そりゃよかった。」
「心が籠もっていませんねぇ・・・あなたらしくて好感が持てます。」
 そう言って一瞬だけニコリと微笑む古泉。まあその直後にゃまた元の暗い顔に戻ったがな。
「神人退治に関しては特に何もありませんでした。僕がこんなにもショックを受けているのはそのあとに起こったことが原因です。」
 ひときわ声のトーンを落とし、重大かつ最悪の事態を語らんとするように古泉は静かに呼気を吐き出して間を置く。その大仰な仕草とこれまでに蓄積された経験を照らし合わせた俺は溜息を吐く以外にこれと言ってすることなどない。
 はいはい、そんで続きは?
「悲劇は家に戻ってから判明しました。」
 その時の光景を思い出してか、古泉の顔に浮かぶ絶望はいよいよ色を強めた。
 そして、
「夕食が伸びてたんです・・・!」
「念のため聞いておくが、お前の昨日の晩飯は?」
「カップ麺ですよ。」
 さも当然と言わんばかりの表現で古泉は答える。
 が、奴の晩飯に関しては別に驚くことでも、また"友人"として「不健康だ!」と怒るようなことでもない。こちらはただ呆れるだけだ。ん?その前に古泉の死にたい理由に関して呆れるなり怒るなりするべきだって?いやいや、そんなのはこいつの死にたがり現象に何度か付き合ってりゃ、そのうちマヒしてどうでも良くなっちまうのさ。
「相変わらずだな。」
 食生活的に。
「違いますよ。」
 むっと口をへの字に曲げて、古泉。なんだ、何が違うって?
「昨日は奮発していつもの倍の値段のラーメンだったんですから。それなのに。」
「あーはいはい。そりゃ悲惨だったな。」
「まったくです。」
 そう言って、薄幸(発光でも可)美形元転校生改め死にたがり不思議ちゃん古泉一樹は大げさな仕草で頷いた。
 まあ、これでこいつの話(愚痴)も終わりだろう。言いたいことは言い切ったという顔で古泉が立ち上がる。で、向かう先は団長席の向こうに存在する窓。ちなみにこの部室は三階にある。・・・うむ。やはり今回ももう一仕事する必要があるようだ。
 窓枠に手を掛けて古泉はこちらに振り返る。実に清々しく、同時に情けなく暗い、胸糞悪い笑い顔だな。
「それでは、僕はこれで。皆さんによろしくお伝えください。」
 古泉が開け放った窓に足を掛けた。ああもう、ホントにお前は死にたがりだな。しかも冗談みたいな理由のくせに本気と来たもんだ。しかしこのまま無言で眺めていられるほど俺も人非人じゃない(つもり)なんでね。てなわけで、今にも飛び降りんとする背に俺は一声掛けた。
「今日、うちで晩飯食ってくか?」
 視線の先で夕日を浴びた両肩がピクリと揺れる。
「確か出掛ける前におふくろが中華だって言ってたな・・・」
 そしてゆっくりと下ろされる足。
「どうする?」
「お邪魔します。」
 即答する古泉の顔に先刻までの影はなかった。あ、別に古泉が顔に似合わず食い意地が張ってるってわけじゃないからな。そこんとこよろしく。今回は晩飯(しかもラーメン如き)に対してだったが、この前はお気に入りのシャーペンを失くして首を吊ろうとしていたし。(でも試しに俺のを渡したら元気になりやがった。単純、なのか?)
 さっきとはまた別の意味で気持ち悪い笑顔を浮かべ、古泉は再び俺の正面に腰を下ろす。
「それじゃあゲームの続きでもしましょうか。三人が戻るまでまだ時間もあるでしょうし。」
「はいよ。」
 答えて、机の脇に追いやられていたボードゲームを引き寄せる。これで一見落着、と。







冷めたキミ、死にたがり屋のボク。







 それは、無意味に繰り返される意味のある行為。








深読みしてくださっても、そのまま捉えてくださっても、どちらでもOKですので(笑)