「もし"彼女"がいなくなれば、"彼"は僕らのものになるのでしょうか。」

 珍しく二人きりになった部室の中で、唐突に古泉一樹が口を開いた。
 所謂『宇宙人』である長門有希は静かに告げられたその言葉を耳にし、分厚い本から顔を上げる。情報統合思念体の端末として現状維持を望んでいるはずの彼女の瞳は、しかし『超能力者』の危険思想に対し、警戒するような色は一ミリたりとも持っていなかった。
 しばらくの間、少女は黙って少年の顔を見ていた。ただ物を眺めているような、その一方で何も見逃すまいと観察しているような、また視線だけ向けて実際には思考の海に沈んでいるような、外からでは判断しがたい表情である。
 そんな少女に少年はいつも通りの微笑を浮かべていた。一歩間違えば危険分子と見なされ、少女とその上位者により文字通り消去されるかも知れない状況であるにもかかわらず、である。だが実のところ少年にはある確信があった。
「・・・可能性は高い。"彼女"が消えれば、わたしもあなたも"彼"にもっと近づくことが出来るようになるから。」
と、少女が答えることを予想していたからだ。
 己と同じ感情を同じ人物に抱くその少女の顔を眺めながら少年は笑みを深める。
「未来からの干渉など取るに足りないものですし、気を付けるべきはあなたの親玉ですが・・・そちらはあの冬と同様に行えば充分ですよね。」
 少年の声に少女が小さく頷く。
 未来人、宇宙人への対策と来て、残るは少年が属する組織だけであるが、こちらは所詮ただの人間の集まりに過ぎない。少女と少年の行く手を阻むほどの力は無かった。
 けれど、と少年は表情を苦笑に切り替える。
「最大の問題は"彼"本人なんですよね・・・」
「そう。わたしたちが本当に"彼女"を消した場合、"彼"は―――」
 らしくなく少女は言い淀み、少年が眉尻を下げつつその後を続けた。
「悲しむでしょう、きっと。・・・僕らにとって、それが一番辛い。」
 だからいつも自分達はこの先に進めない。全てはただの妄言に終わってしまうのだ。
 そう呟き、少年は目を伏せた。それに倣い、少女も視線を再び膝の上の本に戻す。
 少年がギシリと音を立てて定位置であるパイプ椅子の上で一度だけ身じろぐと、後はもうそれ以上、少女が本のページを捲る時を除き、部屋から音が生まれることは無かった。
 文芸部室に残りの三人がやって来るまで、もうしばらくかかるだろう。








手に入らないものがある








僕らは、
彼に悲しまれるのが怖い。
彼に詰られるのが怖い。
彼から負の感情を向けられるのが怖い。

そう、ただどうしようもなく臆病なのだ。






















「・・・あ、今のは冗談ですからね。」

「知ってる。わたしも冗談。」

((そう言うことにしておこう。))
















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