あーなんだこれ。これは一体どういう状況だ?もしかしなくてもまたハルヒの力とやらなのだろうか。なんと厄介な。だがまあいい。ハルヒの引き起こす厄介事をドタバタしながら収拾するのが俺の現時点での役目と言っても差し支えないからな。
「・・・で、今回は何をすりゃいいんだろうねえ。」 「こういう状況で溜息をつけるあなたは余程強靭な精神の持ち主なのか、それともただ鈍感なだけなのか。」 「どっちもハズレだ。驚きすぎて逆に落ち着いて見えるだけだろう。」 「ほう。そうですか。」 にこりと笑みを浮かべるそいつ。見慣れた造形が目を細めて口端をゆるく持ち上げる様は一年ほど前によく見かけていたものだ。具体的に言うと、我がSOS団の副団長殿が転校してきたばかりの頃に絶えず被っていた仮面のような笑顔である。しかし美形の副団長殿もこの一年で随分この集まりに溶け込んだらしく、最近では――相変わらずスマイルゼロ円ではあるが――作られたとは到底言えない自然な笑顔を浮かべるようになっていた。 だから俺の目の前に現在進行形で晒されているイケメンスマイルはある意味懐かしいものでもある・・・なんだけども、対象が纏っている衣服と半年ほど前の記憶のおかげで懐かしさを感じる余裕は無く、ぐだぐだ頭の中で喋りつつ眉間に寄りそうになる皺をなんとか押さえ込むのが精一杯というところだ。 「一応尋ねさせてもらうが、ここは俺がもともといる世界、だよな・・・?」 「でしょうね。以前お邪魔した文芸部室とは置いている物も雰囲気も違いますから。それと僕自身もさっきまで光陽学園にいましたし。」 ブレザーではなく黒の学ランを着た副団長、いや、『古泉一樹』が肩を竦めながら言った。しかも物凄く至近距離で。 状況説明が遅れたな。とりあえず、俺と"向こうの世界"の古泉がいるのは夕暮れの文芸部室改めSOS団団室。体勢は・・・ああ説明したくない。しかし俺が言わなきゃ状況説明にならん。まあなんだ、俺は椅子に座っている。いつもの指定席と言っても差し支えない位置だな。で、古泉だが、あいつは自身の指定席である俺の向かい側の席、ではなく、机を回って俺のすぐ傍に立っていた。両手は俺の肩の上、顔はまさに「近い!」と文句を言わねばならんほどの位置というオマケつきだ。 付け加えると、学ラン古泉がこの体勢に持ち込んだというわけではない。俺からすれば瞬きの間にブレザー古泉が学ラン古泉に変化したといったところである。はい、聡明な皆様なら俺とブレザー古泉が先刻までどういう状況だったのか理解してくださっていることだろう。まさにその通りだ。忌々しいことにな!ああくそっ!どうしてわざわざ羞恥プレイをせにゃならんのだ!開き直るぞ!?実は俺達付き合ってますvとかもうホントうわぁぁあああ!痒い!なんか全身痒い! 「思考を飛ばすのは構いませんが、ちゃんと戻ってきてくださいね。あなたがそのままでいて一番困るのは僕なんですから。」 笑みを消し、約半年ぶりになるであろう冷たい視線を投げかけながら古泉一樹は俺から距離を取った。とは言っても、近すぎる顔を離し、両手を地震の脇に降ろした程度であるのだが。 なにやら酷く不機嫌そうな顔だな。無理もないか。気付いたら気に食わない奴――つまり俺――と物理的な意味で急接近、しかもどうやら周囲は自分がいた世界ではないらしい、と。さらに付け加えて唯一頼れそうな人間――これもまた俺――は混乱の極みときたもんだ。 「・・・うん、まあ。スマン。」 先刻の体勢のこともあり、後ろめたさバリバリの俺としては邪険な態度を取り難い。こいつのことだから気付いてるんだろうな、どうしてこんなにも距離が近かったのか、なんて。ああ、なんだか久々にズドンと一発で脳天に風穴を開けてくれそうな銃の一丁や二丁落ちてないか探してしまいそうだ。 「それで、僕はどうすればいいんです?ここがあなたの世界で、かつあなたが以前僕らに話してくださった馬鹿みたいな話が本当ならば、万能宇宙人や無自覚神様がいらっしゃるのでしょう?その方達の所へでも行きますか?」 万能宇宙人と無自覚神様って・・・。おい、あと少しでも嘲りの含んだ声音で言ってたら俺はなんの躊躇いも無くお前のその整った顔に拳の一発でも見舞ってやっていただろうよ。 「長門とハルヒ、だ。・・・まあハルヒはともかく、今回は――いや今回も、か――長門に頼るのが一番ってか唯一なんだろうな。」 ということで、早速連絡。ん?長門を頼りすぎるのはあまりいい気がしないはずだったんじゃないかって?まあな。確かにその通りだ。しかしこのまま放置ってわけにはいかんだろう。学ラン古泉が目の前にいて、あいつはどこにもいない。これはつまり、こっちの古泉があっちに行っちまった可能性が高いってわけで。もし戻ってこれなかったら・・・そんなの考えたくもない。 「ちょっと失礼。」 「なっ、」 長門に連絡を取ろうと携帯電話を弄っていたら他人の手が伸びてきてそれを奪い取りやがった。誰だなんて問うまでもない。対処を求めたのはお前だろうが、古泉。なのにどうして邪魔をする。 「今あなた、一体誰のことを考えていらっしゃったんですか。」 「はあ?話の繋がりがさっぱりだ。いいからさっさとそれを返せ。」 「質問に答えてください。それとも答えられない・・・答えたくないものが答えなんですか?」 理不尽さに苛立ち始めた俺よりも明確にイライラした物言いで古泉はこちらを睨み付けてきた。だから一体何なんだよ。つーか俺が誰のことを考えていようと俺の勝手だろうが。 「・・・気に入らない。」 ぼそっと呟かれた言葉は俺達二人しかいない部室に意外と大きく響いた。が、その意味は非常に量りかねる。 「じゃあ気に入らないならそれでいいから、とにかく携帯を返せ。そんで今から長門に連絡するから静かに待ってろ。でなきゃ話が進まん。」 目の前の人間の真意を探ろうと思うには俺の余裕はまだ十分ではなく、とにかく優先事項であろう長門への連絡およびそのために必要な機器を奪取すべく俺は手を突き出す。が、古泉が次に行った動作は俺の手に電話を返却するというものではなく、 「・・・ッ!?」 携帯電話を持っているのとは逆の手で俺のネクタイを引っ張り顔を近づけるというものだった。しかもそのまま相手のとの距離が縮まり、っておい待て待て待て!マジで近いからっ・・・! 「―――よか、った。」 「・・・へ?」 突然やって来た危機的状況に俺はいつの間にやら両目を閉じていたらしい(防衛本能がやらかしてしまうやつだな)。だが聞こえてきた穏やかかつホッとしたような声と、一瞬前まで漂っていた苛立たしげな気配が慣れ親しんだものに変わったことで、俺は再び目を開いた。そして見たのは。 「こいずみ、」 「はい。」 学ランではなく、ブレザーを着た古泉。 「もど、った?」 「そのようです。・・・いや、驚きましたよ。突然周りが黒服一色になるんですから。」 どうやら本当にあっちとこっちの古泉が入れ替わっていたらしい。(と言うか、あっちの世界は消滅したわけじゃなかったんだな。今更だが。) 「さっきまで僕が飛ばされていた世界、あれが以前あなたの言っていた・・・?」 「たぶん、な。」 「そうですか・・・。貴重な体験と言っておくべきなんでしょうね。しかし、」 古泉はそこで一旦言葉を止め、窺うように俺を見た。そして、苦笑。 「もう二度とこんな体験はごめんです。誰も『僕』を知らない、それに『あなた』がいない世界なんてぞっとしますよ。」 情けなくも眉をハの字にして古泉は俺の肩口に頭を乗せる。ああそうだな。俺もほんの数分であっただろう今の体験で改めて思い知ったさ。 「俺も『お前』のいない世界なんてゴメンだ。」 例え俺の知ってるハルヒや長門や朝比奈さんがいたとしても。お前が欠けている世界なんて。 しなやかな腕が背中に回ってこの身を抱きしめる。痛みすら感じられる強さだったがそれに対する文句が口から出ることは無く、また「SOS団の誰か一人でも欠けてる世界なんて認めねえよ。」と言ってしまうのも興を削ぐような気がして、俺は黙って自分の腕を相手の背に回すにとどめた。
たとえば世界が一瞬だけ交わったとして、
(生まれたのは悲しみか、喜びか。) 細かい設定等は全く考えていないという(…) 消失古泉が可哀想な展開に。す、すみません。 拍手用に書いていたら異様に長くなったので、こちらでアップ。 |