「まるで魔法、ですね。」
 稚拙な言い方ですけど、と古泉が鏡越しに微笑む。
「魔法?」
「ええ。ハサミ一つで髪形を整えていくあなたの手を見ていると、まるで魔法でも使っているように思えてくるんです。」
「そりゃお前が他人よりものすごっっっく不器用だからだろ。」
「自分が不器用なのは自覚してますので、お願いですからそうわざわざ強調しないでください。」
 眉を八の字に下げて情けない表情を浮かべても"お客様"はマジで美形だった。
 三年ほど前、こいつが初めて俺の店に来た時から(正確に言うとこいつが店に来て俺がひと仕事終えさせてもらった時から)思っていたことだが、さぞかし高校じゃモテまくっていることだろう。だが訊いても古泉本人にははぐらかされそうなので、今度ハルヒが来たらそっちに質問してみることにする。
 ハサミを動かしながらそう決めて、俺は鏡越しの古泉に笑い返した。


 古泉が初めて美容室ここを訪れた時、その手を引っ張って来たのは所謂お得意様である涼宮ハルヒ嬢だった。
「てんちょー!ハルヒちゃんからご指名っすよ!」
 店の奥に引っ込んでいた俺を呼ぶのは開店当時から働いてくれている従業員の一人。
 客から指名されることは度々あってそれ自体は大したことじゃない。けれど指名した人間――ハルヒだ――は先週、彼女の指名通り俺がカットしたばかりで、早くてももう数週間は間を置いて来るだろうと思っていたものだから、予想外のことに首を捻りつつ俺は店に出た。
 もしかしたらまた何か変なことをやらかして、それで今回は髪に被害が及ぶような事態になったのかもしれん。あいつの奇行――と言うと本人に怒られる。しかも最近はSOS団という変わった名前の集まりを作って活動している模様――はこの街じゃあ有名だ。情けないことに俺も何度か付き合わされたことがある。こちとら日々一生懸命働いてる人間だってのに。貴重な定休日くらい休ませてくれ、ってな。・・・ま、それでも憎めないところがハルヒの凄いところだろう。あの銀河が二・三個つめ込まれたような瞳で全開笑顔を向けられたらどんなに疲れていても「やれやれ」で済ましてしまう。
 で、俺を指名したハルヒは、こちらが店に出て行って目が合うなり、右手でしっかりと引っ掴んでいた男――制服姿からハルヒと同じ中学校だと判った――を前に押しやった。
「うわっ・・・」
「・・・っと。ハルヒ、危ないだろ。」
 そう言いながら、勢いを殺せずこけそうになった少年を慌てて支える。うん、見た感じは普通の男の子だよな。ただし少しばかり・・・いや、かなり(美容師から見ると)残念な髪型だが。折角髪質は良さそうなのに、手入れがなってなくてボサボサだ。これは所謂根暗くんか?
「すみま、せん・・・」
「いや、大丈夫か。」
「は、はい・・・」
 根暗くんっぽいなー。でも正面のハルヒは目をキラキラと輝かせてこちらを見ている。なんだ?まさかこいつが常々お前が会いたいと言っている宇宙人・未来人・異世界人・超能力者のどれか一人だとでも?そんな、まさかな。
「ハルヒ?お前は何がしたいんだ。」
「あたしがこの店の営業時間中にキョンを指名するって言ったら一つじゃない。髪を切って欲しいの。」
 頼んだわよキョン、とハルヒは今や本名よりも浸透してしまっている俺のあだ名を繰り返す。
 まあそれはさて置き。(決して俺がそのなんともマヌケなあだ名を認めているというわけではないので、あしからず。)
「お前の髪なら先週切ったばっかりだろう。しかも見たところ切りなおさなきゃならんようでもないし。」
「あたしはね。今回のキョンのお客さんはその子、古泉一樹くんよ。」
 ハルヒのその言葉で俺に支えられている少年に視線を落とすと、古泉くんとやらは標準よりもかなり長めな前髪の隙間からこちらを見て、
「ど、どうも。」
 俺が抱いた「根暗」という印象を更に強めてくれた。
 ハルヒが不思議大好きっ子であることは認めるが、それがどうしてこの少年に興味を持ったのだろう。人見知りが激しそうな点以外はどこを見ても一般人のように思えるんだがな・・・。かつて、俺と出会ったばかりの頃に「普通の人には興味ありません」および「恋愛は精神病の一種」と宣言&豪語してくれた彼女もついに一般男性との恋に目覚めたのだろうか。
「ちょっとキョン、あんた何か変なこと考えてるんじゃないでしょうね!」
「俺の思考を読むな。」
「読んでんじゃなくて、あんたが顔に出しやすいだけよ。」
 ハルヒの台詞に従業員も頷く。
 うわ。俺ってそんなに顔に出しやすいタイプだったのか。もうちょい精進せんとな。
「えー、てんちょーは今のままでいてくださいよ。」
「そうですよ、キョン店長。」
「分かりやすい方が可愛くて大好きです。」
 やかましい。
 ニヤつく従業員達に軽く一喝して再びハルヒに視線をやる。話を修正させてもらうからな。そんで、お前はどうしてこの少年に興味を持ったんだ?
「古泉くんの髪を切ればわかるんじゃない?」
 と、面白そうな顔で答えるハルヒ。
 ・・・あ、なんかハルヒの言いたいことが解ったような気がする。たぶんこいつが時折口にする単語と関係しているんだろう。え?どんな単語かって?それはだな―――。
 彼女からのアイコンタクトを受けつつ居心地悪そうな古泉少年を席に座らせ、カットの準備を整えていく。そして数十分後。
「どう!?すっごい美形でしょ!!」
「ああ。お前が引っ張って来たのはこのためか。」
「だって"萌え"じゃない!!我がSOS団の男用萌え要素はみくるちゃんでカバーしてるからね。次は女用に古泉くんを投入しようと思ってんのよ!」
 以前この古泉少年と同じようにハルヒに目を付けられたここまで引っ張って来られたロリ系美少女の小動物的な可愛らしい仕草を思い出しつつ――いつの間にやらハルヒの中では気に入った人間を俺に引き合わせることが決まりになっているらしい。なのでロリ系美少女以外にも無口系眼鏡キャラな少女と会ったこともある――、「例の単語」こと「萌え」を連発するハルヒを嗜める。あんまり騒ぐと他の客の迷惑になるだろうが。とは言っても、この店の店員や常連はこんなハルヒの様子に慣れっこであったりするんだけどな。
「まあ、しかし。ハルヒの言う通りだが、お前ホントに美形だな。」
 鏡に映る古泉少年にニヤリと笑ってそう告げる。隠すなんて勿体無いからこれからはちゃんと髪切るんだぞ。あと、もうちょっと堂々とすればいいと思う。その綺麗な顔で微笑んでみろ、そんじょそこらの女の子なら一発でノックアウトだ。
「え?あ・・・は、はい。」
 そう答えながら小さく頷き、目が合った美形くんは恥ずかしそうに顔を伏せた。おお、耳まで赤い。


「―――お前、昔はもっと控えめな奴だったよな。確か。」
 出会った当時のことを思い出して呟く。
「控えめと言うより極度の人見知りでしたね。あなたに髪を切っていただいてからは社交性も増しましたが。」
「そりゃ結構なことで。」
 でも少しばかり図太くなりすぎだ。ハルヒの影響か?
「それもあるでしょうが・・・」
 カットの終わった古泉が椅子から降り、俺の正面に立った。
 そして、
「・・・っおま、古泉!」
 ちゅ、と可愛らしくも恥ずかしい音を立ててから古泉のどアップが後ろに下がる。
「あなたに対して涼宮さん曰く精神病の一種を発病してしまったからでしょうね。」
 俺の唇を指で撫で、古泉は楽しげな笑みを浮かべた。
 恋をすると人は変わるものなんですよ、まるで魔法にかかったように、と。







魔法使いの美容室
その美容室の店長さんは、僕にとっての魔法使いでした。









ハルヒは一般人。
古泉もただの「変な時期にやって来た転校生」です。
あとキョンにそのつもりはありませんが、ハルヒからすれば「キョン=SOS団団員その一」なので、
新人(みくるや長門、および古泉)が入団した際には紹介するのが当然のこととなっております(笑)