未成年の主張・別バージョン










 なあ、ちょっとばかり俺の話を聞いてくれないか。いや、大した時間は取らせないから。一つだけこちらの疑問に答えてくれればいい。ん?ああ、いいって?礼を言う。それじゃあ、あんたの意見を聞かせてくれ。今まで同い年だと思っていた奴が実は年上だったと知ったら、一体どうする?


「古泉よ、お前が四年以上前から現在に至るまで散々苦労してきてストレスが溜まっているのだと言われれば納得出来る。いつもスマイルゼロ円やってんのも相当だろう。しかしな、だからと言って俺達はまだそれを許可されている年齢じゃないんだ。しかもここは神聖なる学び舎。あの悪徳生徒会長みたいな真似はハッキリ言って推奨出来ん。一年の夏休みに酒を呑んでた俺が言えた義理じゃないがあえて言わせて欲しい・・・煙草は二十歳になってから、だ。」
「まったくその通りですね。」
 屋上での喫煙シーンを目撃されて一瞬目を瞠っていた我らがSOS団副団長こと古泉一樹はそう言って薄らと微笑む。その指に煙草を挟んで。
 その通りですねと言う割には煙草の火を消す気配が全くもって感じられない。吸殻をその辺に捨てるようなことは断じて見逃すべきではないのだろうが、だからと言ってそのまま火をつけて持っていて欲しいものでもないんだぞ。ここは一応外だから副流煙がどーのこーの煩く言うまでには至らんが。
 と思っていたら。
「おい、」
「ご心配なく。」
 のほほんと言ってのけ、古泉はその口から新たに白い煙を吐き出した。おいお前、何そんな悠長に煙草吸ってんだよ。だからやめろって言ってるだろ。俺達はまだ十七歳の高校二年生。煙草と仲良しこよしになれるのは三年後だ。
「そんな顔なさらないでください。」
 そんな顔ってどんな顔・・・いや、いい。言うな。自分でも判ってるさ、今、己の眉間の皺がとてつもなく深くなっていることくらいな。
 眉間に寄った縦皺を指で揉み解しながら眺めやった先の優男は、しかし、
「ですから大丈夫なんですって。」
 肩を竦めるなんていうオーバーリアクションを取った後、とんとんと長くなった煙草の灰を慣れた手つきで地面に落とし、フィルター部を口に咥えた。ブレザーを着ている所為で多少の違和感はあるものの、それなりに様になっているのが忌々しい。
 女子が見たらキャーって叫び出しそうな見た目だからか?いいや違うね。その仕草の一つ一つが、こいつが喫煙という行為を始めてから決して短くないということを証明しているからだ。
「ああ、そう言えばあなたは知らないんでしたね。」
 ふと今気付いたという表情で古泉が呟きを一つ。お前に関して俺が知っていることなんて殆ど無いんじゃないかとは思ったが、口を挟むような感じでもなかったので、無言で相手に続きを促す。ほら言ってみろよ、俺が何を知らないんだって?それを知っていれば俺はこうしてお前を見ながら顔を顰めんでも済むということか?
 さて、一体どんなことを教えてくれるのやら。どうせまた、しょうもない、かつ、ろくでもないことなんじゃないんだろうな、と今までの経験を振り返り胸中で呟くが、どうせ相手には届くまい。
 古泉が秘密を明かすように楽しげな笑みを浮かべた。
「実は僕、今年で二十一になるんです。」
 ほらな、やっぱりしょうもないこと・・・・・・。え?
「すまん、なんだか聞き間違えたようなんでもう一回言ってくれるか。」
「構いませんよ。」
 こちらとは対照的に微笑みの貴公子と化した古泉が口を開く。
「僕、今年で二十一になるんです。」
「・・・俺の聞き間違いってわけじゃないんだな。」
「信じられませんか。」
 そんなことはないが・・・。正直、反応に困る。
 そりゃあ二十歳超えてりゃ喫煙もするわな。でも俺は先刻までこいつが自分と同い年――身長及びその他諸々の部分で大敗を記していることは解っているから指摘しないでくれ――の同級生だと何の疑いもなく思っていたわけで。
 古泉がこの高校に編入してきた理由及びバックにいる『機関』のことを考えれば、確かに有り得ないことじゃない。世界に十人程度しかいない超能力者の中からハルヒと同じ高校に通っても違和感の無さそうな人材を選び出せたことの方が拍手もので、もとより俺達とぴったり同い年の人間がたまたまそう都合よくいる確率などとても低いものなのだ。
 ああ解っていたさ。しかしだな、やはりそんな可能性もあると考えているだけの時と実際にそうであると明かされた時とではこちらの心情に天と地ほどの差が生じるのもまた事実なんだよな、これが。
 さて、それでは冒頭に戻ろう。同い年だと思っていた奴が実は成人済みだと判った今、一体どんな反応をすりゃいいと思う?相手はにこにこスマイルゼロ円を継続中だし、冗談ですなんて言ってくれそうにない。今更ではあるが冗談だと言ってくれた方がまだ対処もしやすかったんだろうがな・・・。なに、ただ「アホか!ふざけんな!」とでも軽く罵倒してこの場を立ち去ればいいだけさ。屋上に来たのはハルヒに言われて古泉を探していたからなんだが、手ぶらで帰ってもハルヒが閉鎖空間やらその他おかしな現象を発生させるまでには至らんだろう。あいつはそこまで子供じゃないんだし。
「その信頼関係が正直言って妬けますね。」
「うるさい。勝手に人の心を読むなエスパーめ。」
「嫌だな、僕にそのような力が無いのはご存知でしょう?ただあなたの表情から察して言ってみたまでですよ。あとは思考のトレースだとか。」
 それは暗に俺が単純で解りやすい性格であると貶されているということか。むっとしたこちらを見つめて古泉は苦笑を浮かばせた。
「・・・・・・。」
 だめだ、こんな所にいたって何にもならん。さっさと部室に戻ってハルヒの罵倒に晒されつつ、朝比奈さんが淹れてくださったお茶をいただいて心身ともに落ち着かせよう。古泉年上設定にどう反応すればいいのか困るよりもずっと有意義じゃないか。ま、ハルヒの罵倒そのものは歓迎出来かねる事態だけどな(朝比奈さんのお茶があるからこそ甘んじて受け入れられるというものだ。言い方を変えれば「聞き流す」と表現出来なくもないぜ)。
 そうと決まれば、善は急げ。しかし、くるりと背を向けた俺に古泉が待ったをかけた。
「戻られるんですか?」
「ああ、お前はもう少しここにいるだろ。」
 煙草の匂いをさせたままハルヒの前に出るなんて愚行をこいつが犯すはずもない。せめて何かしら対処した後で遅れてやって来るだろう。だから俺は先に行かせてもらう。
 もともと古泉を探して来いと言われていたが一緒に来いとまでは言われてないし(いや、屁理屈なのは解ってるが)、俺自身としても何が悲しくて男と連れ立って部室に向かわねばならんのだ、という心境だ。加えて反応に困る事実を明かしてくれやがった直後だしな。
「そのつもりですが・・・。つれないですね。」
「つれなくて結構。じゃ、俺は行くぞ。朝比奈さんのお茶が待っているんでな。」
 そう告げて一歩踏み出した瞬間、今度は勢いよく腕を引っ張られた。
 ちょ、お前いきなり何を―――!
「嫉妬心ゆえですので、許してくださいね。」
「は?何が・・・ッ!?」
 どアップの美形が目を眇める。他人の瞳の中に自分が映っているのを見るなんて滅多に無い機会だ。でもそれならこんな同性じゃなく、朝比奈さんのような可愛らしい女性がよかった。
 一瞬の間にそんな思考が頭を駆け巡ったが、続いて襲われたえもいわれぬ感覚に俺はとりあえず咳き込んだ。
「ぅ、・・・ごほっ!げほっ・・・っあ、げほっ・・・はっ、・・・・・・古泉、何のつもりだ!」
 肺いっぱいに広がる煙草の香り。やわらかな感触が残る唇を思わず袖でごしごしと擦った。
 この野郎、いきなり何を。キスなんて、嫌がらせにしちゃあやりすぎだぜ。
 涙目になっているのを自覚しながらこちらに口づけて煙を吹き込んだ犯人をキッと睨み付ける。すると古泉は僅かにうろたえるような反応を見せたが、しかしこれもすぐに普段通りの似非スマイルへと戻って、奴は飄々と告げた。
「これであなたももうしばらく部室には行けませんね。」
 誰の所為だ!!
 叫んでやりたいがまだちょっと煙の影響で苦しく、思うように音にならない。代わりに吐き出した呼気からは古泉と同じ紫煙の香りがした。






















本当に最後しか違いませんでした。すみません。

今はこれが精一杯!(ぇ)
















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