「煙草を吸った後で俺に触るなって前に言いましたよね?」
 頬に添えようとしていた手をパチリと払い、少年は目を眇める。叩かれた方の男はと言えば、しかし口端をゆるりと持ち上げ、生徒会長と言う肩書きには少々不似合いな表情を浮かべて、くつり、と笑った。
 少年の眉間に皺が寄る。
「そんな顔をするな。気にすることでもないだろう、どうせ俺の匂いが付くほど大それたことをするわけじゃない。・・・ああそれとも、」
 男は今度こそ少年の頬に手を添え、その顔を自分の方に向かせた。
生徒会室ここで"それ"をお望みか?」
「そう言う冗談は嫌いだ。」
 吐き捨て、少年は至近距離でレンズの向こうにある双眸を睨み付ける。
 見上げてくる強い視線を受け、男は喉の奥で低く笑った。こいつは自分のこの表情がどれほど男と言う生き物の欲情を煽るのかちっとも解っちゃいない、と。こういう瞳を向けてくる者ほど余計に組み伏せて蹂躙したくなるのだ。
 よって、男が次に取った行動は、男本人にしてみれば当然のことと言えた。
「・・・ふ、ぁっ、」
 艶を含んだ声と共に、くちゅり、と水音が立つ。
 相手の口腔に差し込んだ舌で歯列、上顎をなぞり、その度に自分より一回り小さな身体が震えるのを男は目を細めて満足そうに見つめた。
 視線の先では先刻まで強い光を宿していた瞳が瞼の下に隠され、目元には薄らと朱が刷かれている。きっと今その瞼が開かれたなら、涙に濡れてさぞかし綺麗に見えるだろう。想像して、男はぞくりと中心に熱が集まるのを感じた。
「・・・視線だけで俺を煽るなんてお前が初めてだな。」
「は・・・?何か、言ったか?」
 深い口付けから解放され荒々しく息をつきながら、少年は男を見上げる。どうやら男のキスを受けるのに精一杯で、その台詞を聞き取るまでには至らなかったらしい。
 そう考えながら、男は想像した通りの双眸が目の前に晒されたことで、獲物を前にした獣そのままに口唇を舌でなぞっだ。
「・・・な、に?」
 良くない気配を感じ、少年は訝しげに男を見る。だがその切れ切れの問いかけですら既に男の劣情を更に煽るだけだった。
 男は少年の腰に一方の腕を回し、もう片方の手で顎を掴む。
「何、って。・・・匂いつけ、だろうな。」


「っあ、・・・ん、んん・・・・・・は、ちょ・・・急きすぎ、だ!」
「あまり長引くと、っ、困るのは・・・お前の方、だろ。」
 相手を壁に押し付けてその後ろから覆い被さるように身体を触れ合わせ、男は荒い息をつく。制服はどちらも最小限に乱されただけに留まっており、前戯と称すべき行為が殆どなされていないことを示していた。
 しかし慣れとは恐ろしいもので、然程執拗な準備を行わずとも少年は男を受け入れ、確かに快楽を感じ取っている。奥まで侵入させた後も萎えない前を擦り上げれば、少年が切なそうな吐息を漏らした。
「だ、ったら・・・最初、から・・・・・・する、っなァ!」
 避難の意を込めて少年は視線を後ろへと向けるが、同時に男がその耳を舐ったことで瞳は瞼の奥に隠されてしまう。
 赤く染まった耳殻に舌を這わせ、時折甘噛みし、くちゅくちゅと水音を立てて聴覚からも犯す。その度に中心を包む熱がドクリと蠢いて、締め付けられた男も締め付けてしまった少年も双方共に息を詰めた。
「するなって言っても、お前だって、反応、してるだろうが。」
「だれの、せい・・・だと、」
「俺の所為、か?」
 男はそう言ってくつりと喉の奥で笑い、「当たり前だ!」と答えた少年を諌めるように一際強く突き上げる。
「ひ!・・・あ、あ、あ・・・・・・っ、くぅ・・・ン、」
「はっ・・・確かここ、だったよな。」
「ちょ、やめ・・・ァ、ああっ!」
 ある一ヶ所を突き上げると、少年の身体がビクリと跳ねた。
 首筋に唇を寄せながら男は笑う。
「早く終わらせてやるから・・・っ、今は、あまりこっち見んなよ。」
「は、あ?・・・やっ、ま・・・まって、ぇ、・・・ゃあ、あっ、」
「お前の目、見てると、余裕が無くなるんで、なっ!」
「ああっ!ァ、やめっ・・・、んな、わけ・・・わかん、ね・・・はっ、ん、ゃあ!」
 どうしてこちらの目を見るだけで相手が余裕を失くすのか少年には理解出来ない。しかし問おうとすれば激しく突き上げられ、その度に意味のない言葉しか音にならなかった。
 奥へ侵入されるのと連動して脳内が白く染まっていく。もう絶頂が近い。そんなことを考えながら少年は腰に添えられた男の手に爪を立てた。
「い、く・・・あ・・・ッ!」
「・・・っ、」
 頭の中が真っ白に弾け、言い様もない解放感に包まれる。耳元で聞こえたのは抑え気味の呻き声で、下肢の感触から少年は男が己の体外で達したことを知った。
 今にも崩れ落ちそうになる身体を壁に縋ることでなんとか立たせ、少年は背後の男を見る。
「頼むから、学校で盛るのは止めてくれませんかね。」
「だったらお前も学校には眼鏡を掛けて来いよ。」
「あんたとお揃いなんてごめんだ。」
 手早く身嗜みを正す男にそう吐き捨てる。と言うか、どうして眼鏡なのだ。
 その疑問が顔に表れていたのか、男は自身に続いて少年の身嗜みをも正しながら――少年もそれを当然のように受け入れている――小さく苦笑して告げた。
「言っただろ、その目が原因だってな。・・・俺にヤられたくなけりゃ、簡単にそういう目を見せないこった。」
「理解不能だな。」
「出来なくても事実だ。仕方がない。」
 最後にネクタイをゆるく結び直して男が少年から離れる。
「ほい、終了。これからまたあの馬鹿女に扱き使われるんだろ。」
「それは団長様の気分次第だ。・・・じゃあもう行っていいっすか、会長。」
「ああ。それじゃあまたな。」
 そう言って、男は少年を送り出した。
 部屋を出て行くその彼の背が、先刻まで不健全な行為に耽っていたなど微塵も感じさせない様子を漂わせていることに、感心と幾許かの不満を感じながら。



□■□



「キョン、あんた煙草吸った?」
「そんなわけないだろ。俺はまだ未成年だ。」
「でもなんだか臭いわ。」
 文芸部室改めSOS団団室の団長席付近において交わされた会話に、古泉一樹はほんの少し片眉を上げた。
 現在、ボードゲームの対戦相手となるべき少年は古泉の机を挟んだ向かい側ではなく、パソコンが置かれた団長席に腰を下ろし、横に立った涼宮ハルヒの指示に従ってホームページを弄っている。それは本日、少年が団の活動に遅れた罰として涼宮ハルヒが科したものなのだが、彼女を観察対象の一人としている古泉からすれば、少年の遅刻に付け込んだ少女のちょっとした想いの現れでしかない。しかしそれにしては少女の機嫌が芳しくないことに内心首を傾げていた古泉は、先の少女の発言でやっとその理由を理解した。
 さてあなたの回答次第で久々に閉鎖空間が発生するかもしれませんね・・・と、微笑を浮かべたまま古泉は少年を視界の中央に納める。本来最も注視すべき存在である少女をその場に据えないのは、己の未熟な精神に寄るものとしか言い様がない。つまるところ、古泉一樹は現在進行形で生まれて初めて同性に恋心を抱いているということだ。
 閉鎖空間云々を建前にし、古泉が見つめる先で、少年は飄々とした態度を崩さずに告げた。
「ここに来る途中で生徒会顧問の・・・誰だっけ、あの煙草臭い教師。そいつに荷物運び手伝えって言われてしばらく捕まってたんだよ。だからたぶんその時についたんじゃないか。」
「生徒会ですって!?」
「落ち着けハルヒ。言っとくが、あのインテリ眼鏡は関係ないぞ。」
 肩を怒らせる団長をすぐさま少年が抑えに入る。少女が目の敵にしている生徒会長をさりげなく貶める辺り、少年も相手の扱いに慣れたということだろうか。
 宥めすかして今度こそその光景に相応しく少女の機嫌を上昇させ、パソコンでの作業を再開させた少年を眺めながら、しかし古泉はふと微かに眉根を寄せた。
 近年、学内で教師の喫煙を禁止している学校は多々有り、北高もその一つである。よって教師が生徒の傍で煙草に火をつけるということは有り得ない。その状況下において、少年が荷物運びを手伝っただけで果たして匂いは付くのだろうか。近くにいただけではなく、抱きしめられでもすればまた話も変わってくるのだが、『機関』の息がかかったその教師が『鍵』にそのようなことをするはずがない。
「・・・まさか、」
 呟きはちょうど涼宮ハルヒの歓声――二人はいつの間にかネットサーフィンを始め、その中で何か面白い発見があったらしい――によってかき消された。しかし古泉はそのことに安堵を覚える間も無く、思考を占める新たな予感に悪態をつきたくてたまらなくなっていた。
 脳裏に浮かび上がってきたのは生徒会顧問の教員の顔ではなく生徒会長本人。敏腕生徒会長を装いながらも、本当は未成年にもかかわらず常時ブレザーのポケットに煙草を潜ませている人物である。
 まさかあの男が彼を・・・?想像するだけで拳に力が入った。
 男も少年もその性癖は至ってノーマルだと知っているはずなのだが、どうしてもその考えが捨てきれない。あの男の手が彼に触れたと考えるだけで気が触れてしまいそうだ。
 少年をこれ以上見つめていられなくて、古泉は視線を逸らした。考えすぎだ、と必死に自分を宥めながら。







彼 は  ら な い


『彼』は《彼》の想いを知らず、そして《彼》は『彼』の現状を知らない。
ただ、それだけのことであるのだが。









この後、会長と顔を合わせた古泉は相手の手の甲に付いた傷を見て不審に思うわけですね。