深刻ゴキゲンコールで呼ばれて、振られたあなたを慰める。僕はここぞとばかりに優しさをアピール。
 ねえ、これはチャンスだと思ってもいいんでしょう?だって邪魔者はもういない!





[ s í : d ]






 僕達を出会わせた神様。その力が失われたのは高校の卒業と同時だった。
 卒業式が終わった途端、僕はオフにしていた携帯電話の電源を入れ、一も二もなく彼に電話。相手も電源を切っていたはずだからその時はメールの方が確実に届いただろうに、けれど声が聞きたい、自分の声で直接伝えたいと思ってコールの数を数えていた。そして電話に彼が出た瞬間。
「涼宮さんの力が失われました。僕は、自由です。」(あなたがすきです!)
 さすがに馬鹿だと思った。何を言っているんだ古泉一樹。彼に伝えたいのはそんな言葉じゃないだろう?
 だがその一方で、咄嗟に自分の口から出た言葉がそれであったことに安堵もした。だってそうだろう。いきなり同じ部活の仲間(しかも同性)から電話がかかってきて、何かと思えば告白だったとか、そんなの、凡人を自負する彼にすればとんでもない話だ。
 そんな僕の内なる葛藤も知らず、彼は「え・・・」と呟き、それからしばしの沈黙を挟んで、
『そっか・・・。よかったな。』
 穏やかで、それゆえに聞いてるこちらの胸がいっぱいになるような声を零した。
 熱くなる目頭を押さえて「はい。」と答える。「これからもどうぞよろしくお願いします。」とも。
 涼宮さんの力が失われて僕は一般人に戻り、これからは普通の学生として(春からは大学生として)この地で暮らしていける。けれど長門さんと朝比奈さんに関しては絶対にこの地に残るとは限らない。それが解っているからこそ僕達は大声で喜び合うわけにもいかず、そんな未来への一縷の不安と、普通に戻れたこのへの喜びと、もうあのはちゃめちゃな騒動と出会うこともないのかというちょっとした寂しさが混ぜ合わさった感情を胸に抱いた。
 それからもう二言三言交わしてから、僕達は電話を切った。
 その時は、それで十分だと思ったのだ。想いを伝えられなくてもいい。これからも同じ世界で、今度は完璧に対等な人間として彼と接することが出来るのだから、と。


 そんな風にややSOS団がバラバラになるであろう未来に切なさを感じ取っていた僕(と彼)だけれども、現実は「まだ涼宮さんの力が残っていたのでは・・・?」と思えるくらい調子よく進んでいった。
 彼女の力が失われたことをどの派閥もが感じていたけれど、それでもいきなり監視を打ち切るのには不安要素が多すぎるということで、もうしばらく彼女の周りに存続することを決定したのだ。だから童顔の上級生はこの時代で大学二回生へと進級したし、寡黙な宇宙人は『神』ではなくなった少女(いや、「女性」と言うべきか)に付き添って世界へと飛び出していった。
 余程のことが無い限り高校卒業と同時に『機関』が彼女の担当を僕ではなく別の人間に切り替えることは既に決定していたので、僕の役目はそれまで。よって一応自分の成績に見合った大学へ。
 そして『鍵』だった彼は同じではないけれど僕が通う所とそれほど離れていない大学へ進学した。これは『神』の摩訶不思議な能力によるものではなく、正真正銘彼とその彼を支えた(机に縛り付けた、と『神』なら表現するだろう)女性陣の努力の賜物だろう。
 大学進学に伴い、僕らは揃って引っ越した。
 と言うわけで、僕は相変わらずの一人暮らし。加えて彼も一人暮らしを始めることになった。「古泉くん、この子のことよろしくね。」と、互いのマンションがそれほど離れていないことを知った時に彼の母親から告げられた台詞は、その直後の彼の苦い表情と共に一年経った今でも鮮明に思い出せる。
 それにしても、あの時あんなに苦い顔をしていたというのに、あなたはこうやって僕に連絡を入れてくださるわけですね。
「嫌味か。」
「いえいえとんでもない。むしろ光栄だと思っていますよ。」
 大学生になってから一年が過ぎ、今は春休み。
 桜の芽が膨らむ前にかかってきた電話は、僕をこの寒空の下へ引っ張り出すのに十分な威力を持っていた。
 普段利用する所とは別の喫茶店で待っていたのは、まさに「傷心」の文字がぴったりな彼。何事かと思って駆けつけた僕の胸をちょっと他人には言えない意味で更にドキリとさせてくれる。それからぽつぽつと話し出す彼に耳を傾けていると、なるほど、同じ大学に通う彼女に振られたわけですか。
 ここで「彼女」と表現した女性は、勿論涼宮ハルヒ、ではない。涼宮さんは今頃砂漠か、密林か、深海か、とにかく電波の通じない所にいるはずだ。よって今この場に提供される話題の中の「彼女」とは、彼が大学入学当初から交際してきた「彼女」さんである。
 彼とは高校卒業後も連絡を取り合い、時折顔を合わせていたので、僕もその彼女さんの存在くらいは知っている。ただ、彼が僕に彼女さんを紹介するような出来事はなかったし、『機関』は現在、涼宮さんの監視を続けていても『鍵』までは注視しておらず、僕が『機関』経由で――力から解放されたと言っても未だ微細な繋がりを持っているのだ――彼の詳細を知る機会もなかったので、顔や性格といった部分までは知らない。まあ別にどうでもいいし。(いや、彼に秘めたる想いを持つ者としては気にかかるが・・・。)
 その彼女さんと彼が別れた、とは。しかもこの様子から察するに、あなたが女性を振ったわけではない。・・・あなたを振るような女性がいるとは驚きです。
「・・・さっきとは別のことを指して、あえて同じ言葉を言わせてもらおう。嫌味か。」
 じと、という効果音が似合いそうな視線が正面から向けられる。
 嫌味だなんてとんでもない。これは僕の本心ですよ。あなたのような包容力があって素敵な男性を振る女性がいるなんて、僕には本当に信じられないのです。付き合っているからこそ、あなたの内面の素晴らしさを殊更理解出来るはずなのに。
「・・・・・・。その、お前が言う俺の内面とやらが、相手は気に喰わんかったらしい。」
 ぽつりと零し、彼は深々と溜息をついた。
「好き、だったんですね。」
「大切だったよ。大切にした。」
 こちらが好きの一言を音にするのにどれほどの労力を使ったのかも知らず、彼は視線をテーブルのグラスに固定したまま答える。その声が彼の落ち込み具合を如実に表していて、僕はそんな顔をさせる「彼女」に嫉妬を覚えたり、けれど同時にこうやって愚痴る相手に僕を選んでくれたことを嬉しく思ったりと忙しい。
 いやしかし、彼の何が気に喰わなかったのだろうか。その彼女さんは。『神』でさえ手に入れられなかった彼を出会ってすぐ手に入れたくせに。
「相手の方は何か言っていましたか?」
 愚痴る相手に選ばれたのだからいっそ何もかも話して欲しくて、僕は思わずそう口にしていた。切羽詰った声ではなく十分穏やかだと称すべきそれが出たことは、顔を上げた彼の表情と合わせて安堵すべき事項だろう。
 胸に溜まったものを吐き出せる相手が見つかったからか、彼は落ち込み具合を多少軽減させ、苦笑を浮かべる。
「みんなに与えられる優しさなんていらない。優しくするなら私だけにして、だとさ。それが出来なかったからアウトってわけ。」
 それは・・・はっきり言って、別れて正解だと思いますよ。そんなことを言う人間なんて、あなたには相応しくない。その人は、あなたに愛されることがどれほど尊いことなのか全く理解していないんだ。・・・なんて台詞は言えず、結局僕は無難な言葉しか返せなかった。
「随分と独占欲の強い方だったようですね。」
「それは相手も自覚してるみたいだったけどな。だからそんな自分と俺じゃあ、自分ばかりが疲れるからって・・・」
 折角苦笑を浮かべるまで持ち直していたというのに、彼の視線は再びテーブルへと向けられて言葉尻も小さくなっていく。
 そんなに落ち込まないでください。そんなことであなたが落ち込む必要なんてないんです。あなたの素晴らしさは高校で三年間共に過ごした僕達がよく解っている。ただ相手が悪かっただけなんです。あなたの優しさを受け止められなかった相手が。
 嗚呼。僕なら絶対、あなたにそんな思いはさせないのに。
「・・・慰めて、さしあげましょうか。」
「え?」
 彼が顔を上げた。その目は驚きに見開かれ、真っ直ぐに僕を見つめている。
「お前、今、何て・・・」
「ですから、傷心のあなたを慰めてさしあげます、と。」
 可哀想なあなた。傷つけられたあなた。
 そんなあなたの目の前にいるのは、あなたを傷つけた女よりずっと前からあなたを想っていた僕。
 そして今、僕達の間には『神』も『機関』も『彼女』も何も無い。邪魔者は、もういないんですよ。
「行きましょう。ここからなら僕の家の方が近い。」
「え、ちょ・・・古泉っ、」
 手を取られそのまま引っ張られる形となった彼は慌てて僕の名を呼ぶが、聞き入れずに伝票を持ってレジへ向かう。さっさと代金を支払い、混乱する彼の片腕を拘束したままタイミングよくやってきたタクシーを捕まえた。
「おい、古泉?」
「ご安心ください。何も問題はありません。・・・○○までお願いします。」
 タクシーの運転手が告げられた場所までの距離の短さを考えて僅かに嫌そうな顔をするが、僕には全く関係ない。さっさと行ってくださいよ。
 車が走り出しても僕は腕の拘束を解かなかった。混乱中の彼はそれでもこちらの気迫に圧されたのか、やがて口を噤み、タクシーから降りた後も大きな声を出すことはなかった。
「古泉、」
「どうぞ、入ってください。」
 部屋の扉を開けて中に招き入れる。
 彼も何度か足を運んだことがあるのだが、今日ばかりは初めて入る部屋のように緊張しているのがわかった。すみません、僕がいつも通りではないからなんですよね。
「じゃま、する。」
 それでも彼は入室し、続いて僕も。扉を閉めると、目の前の肩が小さく揺れた。
 そんな態度にくすりと笑って奥に進むよう促す。
「今、お茶を淹れますね。」
「ああ、すまん。」
「ふふ。どうぞ思い切り寛いでください。そして好きなだけ僕に愚痴ってくださいね。ここなら人目も気にせず出来るでしょうから。」
「古泉、お前・・・。そっか。すまん。」
 この部屋に連れて来られたのは、己の愚痴を吐き出せるだけ吐き出させるためだと思ったのだろう。彼は顔面に張り付いていた緊張を解き、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべる。今は状況が状況なだけに、多少不恰好ではあったけれど。
 そうですよ。思い切り愚痴ってください。僕がそれを全て受け止めてさしあげます。だから何も気づかずに甘えてください。優しくしてあげますから。そして願わくば、
「謝罪なんていいですよ。あなたと僕の仲ではありませんか。それよりもあなたが落ち込んでいると僕まで気分が低迷してしまうんです。ですから今日は・・・そうですね。まだ日も高いですがこの部屋にも缶ビールくらいはありますので、」
「ちょっと待て未成年。日の高さ云々よりもまず、お前も俺もまだ19だろうが。」
「しかしあなただってコンパ等に参加すれば呑んでいらっしゃるのでは?」
「うっ・・・」
 言葉に詰まった彼に微笑を向け、お茶の代わりに冷蔵庫からビールを取り出す。エアコンのスイッチはすでに入っているから、それを飲んで寒くなるなんてこともないだろう。
「お酒が入ると素面の時より沢山吐き出せそうですしね。」
「・・・・・・じゃあ、お言葉に甘えて。」
 僅かな逡巡の後、冷えた缶に手が伸ばされる。触れた指は温かく、相手の緊張が事実解けていることを表していた。対して僕の指先はきっと冷え切っていたのだろうけど、彼にはそれが缶を持っていた所為だと思ってもらえるだろうし、もとより彼は指先の温度が相手の緊張具合を見極める一つの指標であることを知らないのかもしれない。
 それでいい。どうせもうすぐ僕の想いは彼の前に晒されるのだ。
 そう。僕を止めるものは、邪魔者は、もういない。






















元ネタはジャンヌダルクの「seed」

なので曲の通り進めばこの後はバッドエンド行き。

ただこのキョンは愚痴るだけ愚痴ったらそれで終わりそうです。

いくら傷心キョンでも古泉の甘言に素直に頷いたりはしませんよ。

あと古泉もヘタレですし。黒くなりきれないヘタレ。

だからこそ、時間をかけつつハッピーエンドになる…かもしれません。
















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