飼犬以上忠犬未満
の首輪が見えない人間の話
SOS団のマスコットキャラが着替えている間、部室の外で肩を並べて待っている時。 授業中、教室の窓からふと見下ろした運動場に体操服姿を見つけた時。 偶然、廊下ですれ違い、軽く挨拶を交わした時。 そんな高校生活の中の一瞬一瞬で、僕は普段なら気にもしないことを、驚きを持って実感するようになった。 誰もがそう言えばそうだったと感じる、何気ないこと。その対象である"彼"ならば「改めて指摘してくれるな」と非難の眼差しを向けてくるかもしれないが、周囲は殆ど気にしていない。 彼がよく一緒にいる人物達は、彼と同じかそれより小さい。何が、と言えば、身長の話である。中学時代からの彼の友人は彼より小さい。この高校で同じクラスになった賑やかな友人はほぼ彼と同じ。彼を引っ張り回す少女は彼より頭一つ分小さく、その少女が集めた少女達も似たようなものだ。 だから彼も周囲も普段は殆ど意識しない。僕もそうだった。でも確かに。 彼は僕より小柄だった。 肩を並べれば、見上げる視線とぶつかる。窮屈を嫌がって一番上のボタンを外したシャツの襟からは存外に細い首筋や健康的な鎖骨が覗く。首もそうだが――体質なのか、それとも単に運動部所属ではない所為か――腕や脚だって細い。僕よりも、ずっと。 そのことに気付くたび、どうしてだろう。ひどく、のどがかわいた。 無意識のうちに喉を鳴らしては、癒されない渇きを自覚する。その渇きは日に日に酷くなるばかりで、僕を混乱させ、苦しめた。渇きと同時に別の場所が熱を帯びていく感覚まで訪れるのは何のイジメだと問いたい気分になる。 だから僕は、本当ならそんなことに気付きたくない。でも気付いてしまうのが現状。最悪だ。 彼がいなければ僕はこんな思いをせずに済んだのだろう。けれどそれは、彼がいなくなることは、駄目だ。彼は神様のものだから。安定を望む『機関』の一員である僕に彼をどうこうする権利はない。 そこまで思考が至り、覚えた違和感に胸を押さえた。 どうして心臓が痛いのか。彼が消えてくれないから?それとも、彼が神のものだから・・・僕の、ものではなく、これからもずっとそうだから? この痛み。どうすれば消えてくれるのだろう。 縋るように何かを抱きしめれば消えてくれるのか。 ならば何を?誰を? 脳裏に浮かんだのは彼の姿で。なるほど。僕より一回りほど小さな彼なら更に小柄なあの少女達より余程抱きしめやすいだろうと思った。 「あなたを抱きしめてもいいですか?」 「気でも狂ったか超能力者。」 「・・・冗談です。」 胸が痛い。指先が冷えて感覚も無い。 どうしてだ。 微笑を顔面に貼り付けて僕は内心首を捻る。部室の扉の前で未来人の着替えが終わるのを一緒に待っていた彼が苦虫を噛み潰したような表情で「まさかこのことか。」と呟き、小さく舌打ちをした。 |