飼犬以上忠犬未満










 俺を一般人と称して去って行った奴の背中を眺め、思わず阿呆かと呟いた。他人の所とは言え、その情報収集能力の無さには泣けてくるね。俺が一般人?んなわけないだろ。
 宇宙人・未来人・超能力者からそれぞれアプローチを受け終わり、そのトリであった古泉の姿が見えなくなった頃、俺は冷めたコーヒーを胃に流し込んで腰を上げた。
 タイミングを見計らったように振動を始めた携帯電話のディスプレイには見慣れた番号が表示される。"関係者"の情報をアドレス帳に登録することは禁止されているので、三年前からずっとこの番号はこの番号のまま俺の携帯電話に表示されてきた。おかげで同じく"こちら側"の関係者達の電話番号は大抵、諳んじることも可能だ。
 声を聞かれる範囲内に他人がいないことを確認して通話ボタンを押す。ピ、と小さな電子音の後、携帯電話を耳に当てて「はい。」と告げれば、良く知る――むしろ知りすぎて少々嫌気が差すほどの――男の声が鼓膜を震わせた。
『キヨくんお疲れさまぁ!どうだった?各勢力からのアプローチは。何か気になることや面白いことはあった?』
 相変わらずテンション高いな、この男は。
「いえ、特に何も。あちらから告げられたことは全て知っていることでしたから。まあ強いて言えば、未来人のエージェントと『機関』所属の能力者が持つ情報量の少なさが気にならなくもないですが・・・。どちらも俺のことは知らないようでしたし。やはり彼らの上も俺達のことを知らないんですかね。」
『未来人の方は"たぶん"としか言えないけど、『機関』は十中八九そうだろうね。僕達の集まりのこともキヨくんのことも知らないんじゃないかな。向こうの情報収集能力は彼ら自身が思っているより随分低いから。』
 手に持った小さな機械を通して聞こえる軽めの声が、そう言ってくすくすと楽しそうに笑う。
『でもさ、そっちの方が僕達には都合が良いし、問題は無いよね。キヨくんも、何も知らない人間を操る方が楽でしょ?』
「操る、とかそんな。人を人非人みたいに言わないでくださいよ。」
 そりゃあ確かに、これからSOS団に集まった人間を利用して俺達の目的を果たそうとしているわけだが。
 電話の向こうの男はこちらの苦情を耳にすると、視認せずともニヤニヤしていることが判るような声音で、
『謙遜しなくていいよぉ。キヨくんは僕らの中で一番の人非人さ。他人を操ることに最も長け、そしてそのことにほんの少しの罪悪感も抱かない。まるで元々そういう生き物であるかの如く、ね。』
「謙遜してません。ってか、何ですかそれ。俺そんな酷い人間じゃありませんってば。」
『そうやって無自覚なところがまたキヨくんの凄さだよねぇ。周りも自分がキヨくんに操られてることに気付かないし。いや、気にしないって言った方が適切かな?まあとにかく、天賦の才って怖い。』
「・・・あんまりふざけたことばかり言ってると切りますよ。電話。」
『えー。僕もっとキヨくんとお話したい。』
「わかりました今すぐ切って差し上げます。」
『ちょ、ちょっと!そんなこと言わずに!せめてあと一言くらい何か・・・』
 情けない声を出す男に、こいつ本当に俺より年上なのか?と何度目になるか判らない台詞を胸中で繰り返す。しかし相手はこんな喋り方でも一応"中央"にいる者達の一人なので、例えふざけた物言いであっても、その言葉は絶対的な命令になり得る。・・・一応。あくまで一応な。
 そう言うわけで、願われたからにはあと少しだけ何か言うとしますか。ちょうど訊きたいこともあったし。
「古泉一樹の話が終わって奴がこの場を離れてすぐにこの電話がかかってきましたけど、些かタイミングが良すぎませんか。」
 偶然だったならそれで構わないが。
 男は俺の問いかけに僅かな沈黙を挟むと、「えへっ」と笑って(気持ち悪い!)、
『だってキヨくんに盗聴器つけてるからv』
 ぶっちゃけやがった。
 いつからだ。いつからンなものを・・・!
「お前そこを動くなよ。今すぐ行ってぶん殴ってやる。」
 上の者に対する礼儀?なんだそれ、食べられるのか?
『そんなぁ!盗聴器は恋する乙女の嗜みだよ?』
「そんな嗜み聞いたことありません!つーか貴方は三十路前の男でしょうが!」
『恋に年齢も性別も関係ないよー。』
「良いこと言ってるつもりでしょうが気持ち悪いだけです。」
 そう答えておきながら、しかし恋云々は盗聴器を仕掛けた「嘘の理由」にしかすぎないのだと俺にも理解出来ている。全ては"上"が俺を本気で信用しているわけではないという事実の表れだと。だから別に気色の悪いフォローなんて不要なんだけどな・・・。
 とにかく、所詮は俺も見張りをつけられ首輪と鎖でしっかりと繋がれたイヌでしかない、と言うことさ。そのイヌの飼い主である男は未だに「気持ち悪い!?酷いよキヨくん!」と情けないことを言っているわけだが。
「酷くて結構です。じゃあ切りますよ。」
『しょうがないなぁ。それじゃあまた、SOS団の活動が終わったら僕の所においで。』
「・・・承知致しました。それでは。」
『うん。』
 最後に機嫌が上昇した男の声を聞いてから俺は通話終了ボタンを押す。
 なんだかこう、どっと疲れたように思うのは気のせいだろうか。






















『男』がキョンを「キヨくん」と呼んでいるのはわざとですよ。(他人とは差を付けたい男心)

男→キョンなのですが、キョンはそう思っていません。男の台詞の数々はあくまで自分をからかっているものとして認識。

操られてる=キョンに惹かれてキョンのために動きたくなる、くらいで解釈して頂ければ。
















BACK