手のひらの温度
「手が冷たい人は心が温かいんですよね。」 鶴屋さんに教えてもらいました、と朝比奈さんが天使そのものの微笑を浮かべて言った。 このお方からそのお言葉が出るに至った経緯は何だったか。・・・ああ、そうそう。ハルヒがこの時期になると手が冷たくなってしょうがないと愚痴ったのだ。それから凶器じみた厚さの本を読む長門とお茶を淹れてくださっていた朝比奈さんの手を順に握って、案外冷たくないのね、と少しばかり驚いたり、あったかーい!みくるちゃん、あたしのカイロになって!と手を握るどころか腰に抱きついたり。羨ましい・・・じゃなくて。朝比奈さんの邪魔をするんじゃない、ハルヒ。 でもってハルヒを腰に巻きつけたまま、そうとは感じさせない可憐さで朝比奈さんが冒頭の台詞を口にしたのである。 「キョンと古泉くんは?」 朝比奈さんの腰に抱きついたまま顔だけをこちらに向けてハルヒが問う。 「僕は温かくも冷たくもないですね。外に出たときや水に触れた直後はもちろん冷たいですが。」 実に古泉一樹らしい回答だな。 しかしこんな所で嘘を吐いても実際に触れられてしまえば判ることだから、それは事実なのだろう。美形は指先の温度まで"らしい"のか。 「キョン、あんたは?」 朝比奈さん(の腰)から離れ、ハルヒがオセロの駒ごと俺の手を握る。・・・って、なんだその顔は。そんなに意外だったか?俺の手の温度は。 「子供体温なの?」 「んなワケあるか。」 小学生のガキじゃないんだから。 俺の手は冬でもまぁそれなりに温かいものなんだよ。うちの両親もそれほど冷たくならないらしいし。あと、お前の手が冷たいから余計に俺の手が温かく思えるんじゃないのか。 「そんなものかしら。」 「そんなものだろ。ほら、ゲームの続きをさせてくれ。」 解放された手を緑色の盤上に移動させ、予め決めていた場所に駒を置く。元々多かった黒の割合が更に高くなった。 ゲームの行方に興味が無いらしいハルヒは再び朝比奈さんで暖を取ることにしたようだ。まあ、二人とも見た目が良いから、ああしてじゃれついているのを眺めるのは悪くないな。朝比奈さんも笑っておられることだし。 ところで古泉よ、そろそろ自分の駒を置いたらどうだ。長考するまでもなく、もうお前が置けそうな所なんて限られているだろう。それとも何か別の考え事か? 「いえ、ただ少し僕も意外だと思っていただけですよ。」 それは俺の手の温度に関することで合っているのだろうか。 「ええ。朝比奈さんがおっしゃった言葉は僕らもよく耳にしますが、あれも所詮は迷信だということでしょう。」 そう言って微笑み、古泉は盤上に白の駒を置いた。が、いくらもひっくり返らない。ゲームの序盤ならまだしも終盤でこれじゃあ、今度の勝敗も決まったようなものだな。 「涼宮さんも僕と同じように感じていらっしゃるはずですよ。きっと。」 声を潜めて話すのは構わんが、顔が近い。だからお前はもっとパーソナルスペースというものを考えて行動しろと言うんだ。 それにしても「手が冷たい人は心が温かい」ね・・・。古泉は(と古泉が言うにはハルヒも)、それは所詮迷信でしかないと感じたらしい。だが、案外その言葉は正しいかもしれないぞ。 「お前がどう思おうと、俺には関係ないことだけどな。」 告げて、また黒の面積を増やす。 「照れ隠しですか?」 「そう思いたきゃ勝手に思ってろ。」 おい、微笑ましそうな顔をするな。気色悪い。 「今回も俺の勝ちだな。」 「また負けてしまいましたね。」 「負けたくせにちっとも悔しそうじゃないその顔はいい加減見飽きちまったんだが。」 「まぁそう言わずに。」 ゲームが終了し、他愛無い言葉を交わす。 俺と古泉の間に挟まれたその盤面は、ほぼ全て黒で覆われてしまっていた。 |