きょびっツ
ショーウィンドウを覗けば、ガラスの向こう側に鎮座する"商品"。それらの形の有り得なさに内心溜息を吐き、僕は何事も無かったかのように歩き出す。 まったく、涼宮さんにも困ったものだ。僕をこんな世界に飛ばすなんて。今日の放課後、彼とのゲームにウキウキしていたのがバレてしまったのだろうか。それで嫉妬を・・・いや、そんなわけないか。 ぐるぐる思考を巡らせながら足が向かうのは、この世界で僕が住んでいるマンション。涼宮さんが神的力を持つ世界の住人であるはずの僕は、しかし現在、本来の記憶とこちらの世界で暮らすための記憶――むしろ知識か――を合わせ持つ状態にあった。 この世界は、基本的には僕達のところと同じ作りになっている。世界地図や情勢が思い切り変わっているわけでも、宇宙人が大々的に移住して来ているわけでもない。しかしただ一つ、決定的に違うものがあった。それは―――。 「これがこの世界でのパソコンか・・・」 先刻とはまた別のショーウィンドウ。元の世界でもよく名前を耳にした家電量販店、そこにでかでかと設置された一枚ガラスの向こうにはパソコンという名の人型の機械が並べられていた。 僕達の世界では一般的に四角いディスプレイや無骨なハードディスク、キーボード、マウス等を持つものがパソコンとされている。しかしこちらでは大概、パソコンはこの人型のそれを言った。 街を歩く人ゴミの中にも"パソコン"は普通の顔で存在している。それらはあまりにも人間そっくりに出来ていて、表情や仕草からパソコンか人か見分けるのが難しいものも何体か。しかし人間と大きく違い、一目でパソコンと判る特徴もあった。それが耳。自作パソコンではどうか知らないが、市販されている等身大のパソコンには機械的な耳――コード等をそこに繋ぐのである――がついている。おかげで僕も街を歩く人とパソコンの区別をきっちりつけることが出来ていた。それと、 「ままぁ。あのひと、パソコンさん?」 「ガラスの向こうに座っている子達ね。ええそうよ。」 「ちがうよママ。そのパソコンさん達を見てるヒトだよ。」 きれいな顔してるし、とパソコンではなく僕を指差して無邪気に笑う小さな女の子。彼女くらいの年齢ではまだ人とパソコンの見分けがつかないらしい。けれどその母親は僕にあの「耳」がついていないことを確認してさっと顔を赤らめ、娘に「あの人は人間さんよ。」と嗜めていた。いやいや本当に、一目で見て判る違いとは大事なものだ。 少女の台詞からも推測出来る通り、パソコンとは総じて見目の良いものばかりだった。美形ならばパソコンというわけではないが、パソコンならば美形と表現することが出来る。これはやはり、パソコンが商品だからだろう。人は皆、見た目の良い方を取りたがるものだから。 そのパソコンと間違えてもらえる程度には良いらしいこの顔も、少し前までは僕にとって何の価値もないものだった。所詮これも神によって創造された紛い物なのかもしれないのだし、と。 しかし僕は「彼」と出会って変わった。 本人は何も言わないが、彼は意外と面食いだ。そしてそんな彼は僕のこの顔が案外好みらしい。だからたとえこれが作られたものであったとしても、彼に気に入ってもらうための要素の一つとなり得るならば歓迎しようと思ったのだ。 ああでも、この世界に「彼」はいるのだろうか。その不安要素が一番この胸を締め付ける。元の世界に帰れるかどうかよりも、まずそちらの方が。 * * * 「疲れた・・・」 暗い道で弱々しく輝く星を眺めながら呟く、アルバイト帰り。アルバイトと言っても元の世界で行っていた神人狩りではなく、ここでは普通に塾講師のバイトをしている。 現在の時刻は午後十一時。僕の記憶としてこちらに来てから今日で一週間が終わろうとしている。しかし未だSOS団の誰にも会えず――つまり「彼」の存在を確認することも出来ず――、僕の不安は大きくなるばかり。 胸の奥に溜まった嫌なものを吐き出せないかと溜息を吐いた。 と、その時。 「―――ッ!?」 電柱の陰に人の足らしきもの。ゴミの収集日は明日なのに、とその辺に転がっているゴミ袋を眺めている余裕も無く、息が止まった。ゴミに埋もれた生足だなんて、一体どこのバラバラ殺人事件だ。数年前にニュースで取り沙汰されていた某都市での事件が脳裏を過ぎる。洒落にならない。 しかし見つけてしまった限りそのままにしておくことも出来ず、僕はその足の持ち主が酔っ払うか何かで、電柱の陰で寝ているだけでありますように、と願いながらゆっくりと近付いた。 近付くにつれ相手の全貌が見えてくる。踝から下の部分しか見えていなかったのが膝まで見え、更に・・・って、ちょっと待ってください。もしかして実は素っ裸という展開じゃあるまいな。しかも足の形はそれ程ごつくないが、どう見たって男のもの。若々しいから同じ年くらいかもしれない。 彼のものならともかく、それ以上の男の裸なんて見たくありませんね。 本人に聞かれたらドン引き確実な台詞を零しながら更に近付く。死体より素っ裸で寝ている青年(仮)の方がまだマシだと念じながら。 そして、僕は相手の顔を確認し―――。 「 ッ!!」 思わず口を突いて出たのは彼の本名。それだけ焦っているということだ。 ゴミの中に埋もれていたのは僕の想い人で、しかもぐったりとした彼の身体を白い包帯がぐるぐる巻きにしている。両腕を拘束する形で胴体から太腿の上部にかけて。 ザアっと血の引く音がする。 足を縺れさせながら駆け寄って安否を確かめるべく顔に手を伸ばし・・・そこで僕ははたと気付いた。彼の「耳」に。 「え?・・・え、ええ!?」 パソコン!? こちらの世界の彼は人間ではなくパソコンなんですか涼宮さん!! 「何なんだこの耳は!!」 ごもっともです。 苦笑しながら答えると、困惑と羞恥の混ざった目で睨み付けられた。「冗談じゃない。お前はまだいいよな人間なんだから。なのに俺は機械って・・・!」等々。そう言われましても、この世界を作った(もしくは僕達をこの世界へ飛ばした)のは僕ではなく涼宮さんなのですから。どうしようもありません。驚愕かつお手上げ、と言ったところでしょうか。 そう。驚愕、である。この『世界』で出会った彼は、なんと本当に"彼"だったのだ。 ゴミ捨て場に放置されていた彼を持ち帰って電源を入れ(その際、僕が彼の身体のいたる所に触れまくった挙句、最終的に本人に言えないような箇所に触れてしまったことについては墓の下まで誰にも言わず持って行くつもりだ。でも仕方なかったんですよ!「そこ」にある電源をオンにしなければ彼が目覚めてくれないのですから!決してやましい思いがあったわけでは・・・いや、ありましたけど。)、そして目覚めに放った一言が、 「・・・古泉?」 である。(正直、内心では悶絶しておりました。) 彼は最初、自分がどこにいるのか、どうしてここにいるのか理解出来なかったようだが、僕の話を聞くうちに「またハルヒの奴か・・・」と溜息を吐きつつ納得してくれた。この部屋で目が覚めた時に自分が全裸だったことも、僕が服を出すと言えば一応落ち着いてくれたし。しかし問題はその後だ。 思い出して欲しい。現在、彼の頭にはアレがついている。人間には無い無機質な接続端子が。そうとは気付かずに彼が僕の渡した服を頭から被ろうとした時、彼はおかしな抵抗感を覚えた。引っかかるはずの無い部分で服が引っかかってしまうのだ。 僕が「あ。」と思った瞬間にはもう遅く、ぺたぺたと服が引っかかっている己の側頭部に触れた彼は一度固まってその後氷解すると、 「古泉、鏡はどこだ。」 「・・・あちらに洗面所が。」 そう答えるや否や、彼は上半身裸のまま僕が示した方向へ駆け出し、辿り着いた先で冒頭の台詞を発したわけである。 遅れて後からついて来た僕と鏡に映る自分の姿を見比べて彼は小さく毒づく。それをなんとか宥めて解決策を検討するが、一般人の彼(今はパソコンであるけども)と限定的超能力者の僕ではどうしようもない。長門さん達の助けを待つしかない、といったところだ。 「とりあえず、俺達は俺達が出来ることを地道に探していくしかないってことか。」 「そうですね。・・・でも、一人じゃなくて本当に良かったです。」 うっかり出た本心からの言葉に彼が少しばかり目を見開く。だがそれをからかうなんてことを実は優しすぎるくらいに優しい彼がするはずもなく、それどころかこちらが素直になったためか、彼も視線を他所にやりつつ、 「・・・まあ、そうだな。俺も一人じゃ混乱しまくってどうしようもなかっただろうし。」 そう告げた彼の耳は少しばかり赤味を帯びていた。 キョンデレですか!これがキョンデレというものですね!ご馳走様です!! 思わず手の平を合わせてしまいそうになったが、流石にそこまですると不審な目が向けられそうだったので思いとどまる。 「それじゃあ、よろしく頼むな、古泉。頑張って元の世界に戻るとしようぜ。」 「はい。」 チラリと向けられる視線(流し目万歳!)に今度は「ブラボー!」と拍手喝采をしたくなる衝動を抑え、僕は努めて平静に言葉を返した。念のため言っておくが勿論、肯定は本心である。彼と二人きりというのもそれはそれで魅力的だが、やはりSOS団の一員として皆と一緒の世界の方が何倍もいいものに思えるから。 「頑張りましょう。」 そんな素振りは見せずともきっと不安がっているであろう彼に、そう言って僕は微笑んだ。 |